モロッコ風クスクス
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タンジェからラバトまで距離は二百キロ前後なので、二時間ぐらいで着いてしまう。主の家は大きく、見た感じは邸宅だ。玄関に着くと一人の召使いが小走りにやってきて二人の女中と合流し家族を迎える。そのうちの一人が信太を今夜寝泊りする部屋に案内する。彼の持ち物といったらリュックサックしかないものだから、このだだっ広い部屋は不釣合いという気がしないでもないが、片隅に一つのベッドと幾つかの小さな家具がある。そうこうするうちに、家主が部屋にやってきて、もうすぐ夕食だから一緒に食べようと言う。案内されたのは四、五十畳の部屋で、そこにこの家主より年配と思われる二人の男性が絨毯の上に座っていて彼を迎えてくれる。
「おじだよ。英語が話せるので招待した。」と家主。モロッコはアラビア語とベルベル語(方言)が公用語だ。
「信太と言います。」
「アリです。」と一人が名前を告げる。
「ムスタファ。」と二人目。
アリという名前は蟻という単語が日本語にあるので覚え易いが、ムスタファは覚えられるかどうかは疑わしい。
そうこうするうちに、女中が鍋物と陶器の皿を携えてやってくる。
「これはクスクスという食べ物だよ。」と家主。
「クスクス?クスクスは覚え易いです。日本で笑う時に、クスクスと言う擬態語があるものですから。」
アリとムスタファはその時、声を合わせてクスクスと言って笑う。信太は面白い人たちだなと思う。
「このクスクスはモロッコではポピュラー。みんなで食べるものだよ。」と家主が説明する。
みんなで食べると言うので、信太は日本のすき焼きか、しゃぶしゃぶみたいなものかなと思う。テーブルはなく、その代わり絨毯の上に銅製の大きな盆があるが、フォークやナイフはない。もちろん、箸もない。手で掴んで食べるのだ。手食文化と言われるものである。手食文化は何もモロッコだけではない。西洋ではパンやサンドイッチなど、日本では寿司、おにぎりに見られる。アルコールは供されず、飲み物はと言えば日本でいうお茶である。しかし、香りがあり糖分を多く含んでいるのか甘い感じがする。彼は初めて口にするクスクスなので、慣れない味であったが、後年パリに住み出してからは、このクスクスの大ファンになる。
「明日はどこへ行くのだね?」とアリが信太に尋ねる。
「マラケッシュに行きたいと思います。」
「その後は?」
「スペイン領サハラ(当時)に行って、大西洋岸に沿ってコートジボワールやカメルーンまで行けたらなと思っています。」
「なんで行くのだね?」とムスタファ。
「バスで。バスがなければ誰かの車に乗せてもらって。」
「サハラ砂漠以南、大西洋岸沿いにずっと中部アフリカまで道があると思えないが、」とアリが言うと、三人がアラビア語かベルベル語で何やら話し出す。
「サハラ砂漠の下にあるモーリタニアという国と、そのまた下にあるセネガルの国に道路があるかも知れないと言っていたのだ。」と家主。
「その先はきっとジャングルだね。」とムスタファ。
「ジャングルで寝る時は必ず、大木か何かを背にして寝ることだよ。獣は後ろから襲うものだからね。」とアリが心配そうに言う。
「それから、寝る時は、足を揃えて横にならないこと。」とムスタファ。
「どうしてですか?」と信太が尋ねる。
「大蛇に両足を呑み込まれたら動けないからだ。たとえ片足が呑み込まれて切断という憂き目にあっても、生活するにはさして不都合はあるまい。」
そう言われてみるとそうだが、片足をなくすのは矢張り不便極まりない。冗談で言っているのか、実際にあることなのか、真偽の程は知る由もないが、彼は何か不安めいたものに襲われる。とにかく、紀州(和歌山県、三重県南部)海岸沿いドライブと夢見るコースは、この北西アフリカにはないと肝に銘じる。
明朝、家主に丁重にお礼を言って家族に別れを告げ、マラケッシュ行きのバスに信太は乗車する。
モロッコ風クスクス ー 一人分




