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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第6章 タイムトリップ
46/75



4(4)


 薄明かりの中、先ほどの岸壁の近くまで辿り着くと大きな岩のようなものが道を塞いでいる。

「さっきはなかったわね。」と女ボスが訝しげに言う。

「落石かなんかではないの?」とハイジが即座に女ボスの警戒心を解きほぐすかのように言う。


 その時、その得体の知れないものが動いたような気がして、はたとみんなはその歩みを止める。部外者や侵入者の気配を感じた獣が注意深く周りの様子を窺うように、はっきりと目の動きが見て取れる。目の色は赤褐色であり、時折り、こちらのほうを向いては不気味な眼光を放つ。

「気付かれはしないんだろうね?」と信太は息を殺して女ボスに尋ねる。

「有り得ないわ。異次元の世界だもの。」


 信太は女ボスの説明を聞いて安心はしたが、その獣のようなものが蛇やカマキリのように鎌首を擡げてくるので、彼は思わず上体を反らす。その後、その獣はやにわに立ち上がって翼と思われるものを広げ始める。体長は三メートルぐらい、両翼の長さは合わせて優に十メートルを超える。体色は薄暗いので判然としないが、輪郭は読み取れる。飛び去る時の凄まじさはまるで突風が吹きつけたかのようだ。四人は漸くほっと吐息を漏らし、急いで岸壁の下に向かい、壁の向こう側を目指して身を投げ入れた。



 翌朝、九時ごろ、信太はリュックサックを片手にレストランの戸口前まで来ると、一ヶ月前に働いていた皿洗い人に出くわした。お互いに再会を喜び合って、次に、挨拶のために三人の女性コックのいる調理場に行く。

「気を付けてね。」とハイジ。

 女ボスは別れを惜しむかのように、何も言わないでハイジの言ったことに頷く。

「又、会えるわね。」と可愛いちゃん。


 その後、信太は店の主人と奥さんがいるレストランのカウンターに向かう。彼は夫妻に丁重に別れを告げる。

「この次、機会があれば又、ウチで働いて欲しい。」と主人は信太に親切に言ってくれる。

「ダンケ(有難う)。マドモワゼルに宜しくお伝え下さい。」と店の主人に伝言する。


 ルームキーパーはマドモワゼルの呼び名で慕われている。彼女は今年に入ってまだ働きに来ていない。主人がホテルの玄関口まで送ってくれた。彼が扉の後ろに隠れると信太はリュックサックを背に運び、ホテルから十数歩ある道路の脇で親指を立てる。ヒッチハイクの続行である。


 時々、道路前にある、この一ヶ月を過ごしたホテルを信太は振り返り見ては感慨に耽る。ふと見ると、マドモワゼルが窓越しに「アウフ・ビーダーゼン(さようなら)」と言っているような口調で手を振っているではないか。今正面の二階の部屋を清掃しているのかなと彼は思ったが、彼女はまだ働いていないはずだ。彼女の純粋な心、無邪気さが頭にこびり付いて離れないものだからこういった幻想を抱くのも無理はないかも知れない。一台の車が彼の前で止まった。

「どこまで行くんだい?」

「ミラノまで。」

「ミラノまで行かないけど途中まででいいかい?」

「オッケー。」


 車が走り出して木立ちの間から見え隠れするホテルも、ゆるやかな起伏のある丘陵に入ると彼の視界から完全に消え失せた。


挿絵(By みてみん)

獣 ー ケモノ


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