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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第1章 信太
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水妖



2(2)


「きっと、転勤地の行く先々で書き記したものと思いますが、かなりいたんでいて読めるものはと言えば、この実家で書き綴った数行だけです。」

 父がぺらぺらとめくるのを信太は横目で見ながら、読めるところはごく一部であると認めざるを得ない。

「あ、このところ、読める。」と信太が言葉を発すると父は読み始める。

「九州から北海道、更に樺太まで転勤を余儀なくされる。吾人、日本をほぼ縦断せしが、樺太にて病む。帰郷せざるを得なくならば、今や床に臥して余命幾ばくか。逝いて吾の意志を継ぐ者、子孫に委ね給ふ。吾は南北に縦断せしが、吾が子孫、東西に横断せよ。殊に西に赴け。舵を取れ。吾、羅針盤とならん。四海天下は廣し。北の海は冷たく南の海は熱し。東は温暖疑わざるなれば、西は知られざる処なり。」と、ここまで父が読む。

 信太の祖父は九州の人であるが、公務上の要請によって北海道に転勤し、信太の父は北海道で生まれた。父の妹はというと樺太生まれで、当時、樺太は自由に行き来できる未開の地であった。

「西と言えば、西欧と言ってもいいですね。舵や羅針盤と言ってるのだから、海路を指しているのは確かですね。」と親戚の人が解説を加える。

 これを聞いて信太は奇妙な偶然の一致に驚く。なぜなら二週間後に彼は西洋を目指して横浜港を船で出発するからだ。

「これはきっとおじいさんが日本を縦断して何か新しい未知なるものを発見したのだけども、それでは不十分と感じて後裔に続きを委ねた」とおじさんは信太を見ながら言う。

「つまり遺言みたいなものですね。まあ、勝手な頼みごとと言えば、そうなのですが、、、」と言葉を続ける。

 父はこっくり頷く。信太は何だか自分の身に当てはまるような気がしてきて、未来に思いを馳せた。

「次のところは、弱々しい筆蹟で読めません。」

「山河に水妖、棲みし、、、」と信太の父が瞳を凝らして読んで「ここで終わっていますね。」と言う。

「水妖って水の化け物ですね。」

「西洋では水の妖精と言って、いい妖怪もいるようですよ。」

「妖怪でも、いい化け物が西洋にはいるんですか。」と驚いたような様子だ。

 丁度、その時「どうぞお召し上がれ」と言いながら熱燗とツマミを奥さんが運んで来てくれた。

「今夜は信太君の旅立ちを祝して乾杯しよう。」とおじさんは信太に酒を勧める。

 翌朝早く、おじさんと奥さんに別れを告げて二人は帰路についた。


 信太には幼少の頃から海外に行きたいという夢があった。とにかく「海外雄飛」などと聞くと、いても立ってもいられない情熱がみなぎって仕方がなかった。又、クラーク博士の「少年よ、大志を抱け」という勇気を鼓舞する言葉が好きであった。これらは彼の運命を決定づける二つの要因であったかも知れない。


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