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06 続 アゼリア 視点

 コーリング侯爵家のサロンには、緊迫した雰囲気が漂っている。


「つまり君が今まで見ていた僕のパラメーターはもともと(から)だから、これから先も動くことはない。


 それと、これは自己申告だけれど、僕は痛みも悲しみも喜びもきちんと感じる。よって感情はあると思うんだ。


 で、君が信じ縋っていた好感度ゼロは根底から覆されてしまったわけだけれど、これからどうしたい?」



 この国の第二王子ユーリは、このまま婚約を続ける気があるのかとアゼリアに問うている。



「その決断はいま必要ですか?」


 アゼリアの心臓はドキドキとなった。僅かな沈黙を挟んだ後、ユーリが美しい顔をふっと綻ばせる。


「いや、待つよ。ただ期限を切らないか?」


 確かにいつまでも待たせるものではない。


「学園を卒業するのはニ年後です」


 時間を稼ぎたいと思っていた。しかし、彼の考えは違うようで、

「ニ年は長いな、きみは修道院に行く気満々のようだけれど。僕はそうはいかない。どこか他の後ろ盾を探さなきゃならないんだ。そこら辺の事情はわかっているよね?」

と言う。


 それも当然の話だ。

 アゼリアが欲しいのは、浮気などせず、自分を邪魔だと思わないでいてくれる相手。

 ユーリが欲しいのは強い後ろ盾。この婚約は利害の一致だ。


「ええ、承知しております。あのそれと一つ確認しておきたいのですが」

「何?」


「コーリング侯爵家は派閥を持っています。それを利用して国王になりたいとお考えですか?」


 ユーリが苦笑する。


「やだな。やめてよ。そんな気ないから。どこで誰が聞いているかも分からないのに君にしては不注意なことをいうね」


 にこにこと微笑んでいるが、彼のブルーグレイの双眸は相変わらずガラス玉のように表情をうつしていない。無駄だと分かっているに、ついパラメーターを確認してしまう。


「わかりました。では一年後に」

 ユーリは不満なようだ。かすかに眉根をよせる



 マハの言い分を信じるならば、彼は損得勘定しかなく、心をもたないらしい。

 有事には平気でひとを切り捨てる人間だとも言っていた。「そこがクールでいいのよ。『スクパラ』いちの美形だし!」などとマハは、能天気に笑う。




♢♢♢



 ユーリが帰った後、早速別棟に住むコーリング家お抱え魔導士マハの元に向かう。

 アゼリアの姿を見たマハが慌てていた。


「どうしたの急に?」


 周りに誰もいないとき、彼女たちは友人同士として砕けた口調で話す。


「マハ、ミニゲームって何のこと?」


 彼女がどきりとした顔をする。


「いや、可能性があるだけよ」

 マハは慌てて言い繕っているように見えた。


「可能性って、あなたそんな事一言も」

「いえ、ユーリに問い詰められて思い出したのよ。もう、あの人理詰めでくるからまいっちゃう」

 そう言って肩をすくめる。


「マハ、気を付けて。私にはいいけれど。彼は『ユーリ殿下』よ。彼はあなたの『推しキャラ』ではないの。忘れないで」


 マハが悪戯が見つかった子供のようにぺろりと舌を出す。


「でも、アゼリアが自分の言動で、相手のパラメーターが上下すると言っていたんでしょ?


 ローガンだって、リリア相手に好感度マイナス30なんて表示しないわよ。

 パラメーターはあなたに対する数値で間違いないから、大丈夫よ」


とマハが太鼓判を押す。


「それで、ミニゲームというは?」

「それもユーリに問い詰めらてゲロっただけよ。多分ミニゲームなんかじゃないわ。あれしょぼかったもん」


「ユーリ殿下よ。気を付けて」

 もう一度念を押す。


「ごめん、前世で私の最推しだったから」


 アゼリアはそれを聞いてため息を吐いた。マハはちっとも分かっていない。どこかふわふわしている。


「まさか、ユーリ殿下の御尊顔を近くで見たかったから、私に勧めたわけではないわよね? 他に何か私に隠している情報はない?」


幼馴染のマハを疑いたくはないが、この状況を楽しんでいるように見えて、不安だ。

しかし、マハはアゼリアの言葉に慌てて首を振る。


「隠すなんて人聞きのわるい。だた思い出せなかっただけよ。

 まあ、彼に会いたかったのは確かだけれど。


 それに初めに言ってあったはずよ。王族は兄弟揃って鬼畜って。


 ローガンはワイルド系で情熱的な愛を捧げるけれど、自分サイドではない者には残酷で冷酷。

 ユーリはサイコパスで感情がない。いらなければあっさりと切り捨てる。

 でもね。ユーリはよそ見はしないの。ちゃんと計算できる子だから。

 ただちょっとこの世界のユーリって、バグってるのよね」


「『殿下』よ。彼らは攻略対象じゃないわ。失礼よ。きちんと敬称をつけてちょうだい」

 

 もう何度目かの注意をする。人払いをしてあるが、誰かが聞いたら大変なことになる。


「でもさあ、ゲームではないとはいえ、アゼリアにはパラメーターが見えるんでしょ?」

「何が言いたいの?」


 アゼリアが目を眇める。


「いえ、大丈夫。ゲームだなんていわない。


 私にもこの世界が現実だってわかっているから。不敬罪だなんだって、虫けらのように、死にたくない。

 そうだ。さっきユーリ……殿下と話したときに思い出したのだけれど」


「どうしてあなたの前世の知識って小出しにでてくるのかしら」

 アゼリアが天を仰いで、ため息を吐く。


「悪役令嬢がバットエンドのルートに入る直前に逃げ道があるのよ。最悪に突っ込む前の分岐ってやつ?」


「まあ! それは朗報ね。で、どうすればいいの?」


 アゼリアがぜひ聞きたいとばかりに身を乗り出すと、マハが申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん。アゼリア、思い出したのは逃げ道があるってところまで。どうすればいいのかは覚えてない。ただね、緩やかなメリバエンドにいくのよ」


 メリバエンド。やはりマハの中でこの世界はゲームなのだろう。それにアゼリアもマハの言葉を信じ振り回されてしまう。


「……いいわよ。あなたはよくやってくれたわ。ローガン殿下とは婚約を解消して、ユーリ殿下と婚約を結べたわけだし。だけどリリアがユーリを誘惑し始めてしまった」


 がっくりきたが仕方がない。


「アゼリア、返事を保留したのならば、まずは彼を見極めないと。でも十中八九、リリアに落ちるわね」


 残酷なことをさらりと言う。しかし、それは前からマハに聞いていた。攻略対象である以上リリアに迫られたらおちると。


「リリアがそんな恥知らずな真似をするとは思わなかったわ。攻略対象以外にすればよかった」


 アゼリアがポツリと弱気に呟く。


「攻略対象以外? 

 そうすると婚約者が決まっていたりして、好物件がいないじゃない。それにモブとアゼリアが一緒になるなんて、絶対に嫌よ」


 またマハから新しい言葉飛び出す。


「え? モブって何?」

「私にみたいな存在よ。芝居でいえば、脇役……というより書き割りが近いかしら」

「そう? マハは私の中では大きな存在だけれど」


 それにマハの漆黒の髪と紅玉の瞳をもち、かなり人目を惹く容貌だ。


「ありがとう、アゼリア。少しは落ち着いた? お茶でもいれましょうか?」


 マハがアゼリアに茶を入れてくれる。一口飲むと落ち着いた。するとまた疑問がわいた。


「ねえ、リリアが可愛らしいっていのうは認めるけれど。なぜ次から次に殿方はおちていくの? とくにユーリ殿下の心が動くなんて」


 ユーリを知れば知るほど、納得がいかないし混乱する。


「乙女ゲームを知らないあなたにそれを説明するのは難しいね。

 まあ、ヒロインチートってやつよ。

 ある条件をクリアするとヒーローが攻略できちゃうの。課金すればぬるゲーなのよ『スクパラ』は」


「課金?」

 また、初めて聞く言葉にアゼリアが首をひねる。


「あ、違っ! スラングよ。前世の悪い言葉なの。気にしないで。ほんとに何でもないから」


 慌てて言うマハに、何かをごまかされた気がする。


「まあ、とりあえず。ユーリは落としにくいキャラだけれど、もう攻略が始まっているのなら、危険だわ。多分、課き……じゃなくて、三ケ月くらいで、リリアが落とすだろうから、その時は私に相談して」


「……うん、わかったわ」


 アゼリアは呟くように言うと、マハの部屋を後にした。


 マハの言葉は意外にショックだった。第一王子元婚約者のローガンはまたアゼリアにちょっかいをだしてきているが、リリアを愛しているのは分かりきっている。


 そこにユーリが割り込んだら、彼の立場も危ないだろう。

 リリアを中心にローガンとユーリの三角関係が出来上がる。


 ローガンの事だ。きっと邪魔なユーリを排除しようとする。アゼリアを陥れたように。


「ユーリ殿下が、そんな危険を冒すだなんて……」


 だが愛する者の愚かさは、アゼリアが一番よく知っている。愛は知性も理性も奪ってしまう。


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