05 アゼリア視点 分岐
マハがユーリに夢中になっているのでアゼリアは部屋を出た。
彼女はずっとユーリに会いたがっていたのだ。邪魔をしてはいけない。
今回の婚約破棄騒動も、新しい婚約者はぜひユーリにしてくれとマハに泣いて頼まれた。
別にマハのいう事をきいたわけではないが、アゼリアは結局ユーリを選んだ。
マハはアゼリアの幼馴染で唯一の心許せる友人だ。ローガンとは早く別れろと散々諭された。
いろいろな条件を考えた末、ユーリに婚約を申し込んだ。今ではアドバイスをくれたマハに感謝している。
本邸のサロンで茶を飲んでいると兄がやって来た。
「ユーリ殿下のお相手はいいのかい?」
別棟にマハと放置しているので、心配そうに聞いて来る。
「大丈夫です、今マハと話が盛り上がっているようですから」
「アゼリア変わったね。ちょっと変だけれどマハは一応女性だよ。気にならないのか?」
と兄が心配そうに言う。
ちなみに兄の好感度は60。マハによると普通の家族はそれぐらいの数値だと言う。むしろ貴族令嬢にしては家族に愛されているらしい。
家族から愛されているせいか父もユーリとの婚約をすぐに承諾してくれた。
ローガンの一件でコーリング家の第一王子への好感度は地に落ちているのだ。特にパーティでアゼリアのエスコートすらしなかったローガンは家族に嫌われている。
しばらくするとアゼリアのいるサロンに疲れ切ったユーリが入ってきた。
「ひどいなアゼリア、あれと二人にするなんて。彼女はかなり強烈だね。優秀なようだけれど」
とユーリが不平をこぼす。
「ええ、それで聞きたかった話は聞けましたか?」
アゼリアが微笑み、ユーリのために茶を入れる。ついでにパラメーターを確かめるとやはりゼロだ。
「ああ、驚くべき話がきけたよ。
何でもここは、マハが前世でやっていた乙女ゲーム『スクパラ』の世界で、君は悪役令嬢というものらしいね。
そして僕は氷の王子と言う恥ずかしい二つ名で呼ばれているらしい」
ユーリは柳眉をしかめるが、パラメーターはゼロ。
「ええ、残念ながら現実でもユーリ殿下はそう呼ばれています。
まあ、私も自分の生きる世界が、ゲームの世界などという話は信じたくありませんでした。パラメーターを見なければ、全否定していたでしょう」
「ヒロインはリリア嬢。彼女が第一王子ルートに入れば君はバッドエンドで下手すれば死ぬ。
それで、僕の元にやって来たという事なんだね?」
マハの話を聞いたときはショックだったが、妙に腑に落ちた。
リリアが現れてからは、更にローガンには嫌われるようになった。
「はい、そうなんです。それに何よりユーリ殿下が揺るがないパラメーターの持ち主だったので」
「しかし、いまの君の状況はマハがいた世界では、悪役令嬢のメリバエンドというらしいけれど?」
とユーリが言う。
「違います。わたしにとってもあなたにとってもウィンウィンの関係です」
アゼリアの言葉にユーリが苦笑する。
「それで、そんな君にあまり良くない知らせがあるんだ」
「何でしょう?」
彼の言葉にアゼリアは身構えた。
パラメーターはゼロだが、彼はローガンが面倒になってアゼリアの元を去るつもりなのかもしれない。
「リリアから頻繁に誘われている。兄上にバレて勘繰られたら面倒だ。全く憂鬱だよ。君もそのうち兄上に何か言われるかも知れない」
アゼリアが眉を顰める。
「その話、マハにしましたか?」
「いいや、していないよ」
「分かりました。リリアに心が動くことがあればすぐにお知らせくださいませ」
悔しいが、これは覚悟しておいた方がよさそうだ。
「リリアに心が動く? なぜ? 君は『僕は浮気の心配がなくていい』と言っていたじゃないか?」
ユーリが不思議そうにアゼリアを見る。
「リリアはヒロインなので例外です。ヒロインに心が動かない攻略対象者はいないと思います」
ユーリが驚きに目を見開く。しかし、パラメーターはゼロ。
「僕が彼女を好きになるというのか? 信じられないな」
「ユーリ殿下が攻略されれば、私は……世をはかなんで修道院に行くことになります。つまりマハ的には、悪役令嬢のバッドエンドですが、私的にはOKです」
そうは言っても、せっかくユーリという安住の地を見つけたと思ったのに彼が攻略されてしまったら、がっかりだ。
死にたくないから婚約者になってもらった相手だったが、ユーリはローガンより穏やかで頭もよく顔もいいし話も合う。
そしてパラメーターはこちらの言動に左右されず、常にゼロからぴたりと動かない。
理性的で合理的な彼は浮気などしないだろう。
そんな楽な相手は他にいないのに残念だ。
――マハは、常に無感動なユーリはヒロインのリリアに惹かれて、初めて心を動かすと言っていた。
「僕にとってはハッピーエンドではないよ。伯爵家は後ろ盾としては侯爵家より全然弱い。それにあそこは伯爵家の中にあっても家格は低いし。それでは困る」
ユーリは顎に手をあて柳眉をひそめた。表情だけならば、嫌そうに見える。
「とおっしゃられても、ユーリ殿下次第なので。
前に言った通り私の心は死にました。しかし、肉体的に死ぬつもりはありません。それに浮気をする殿方は、邪魔になった私を消そうとするので怖いです」
とアゼリアは自分の思いをきっぱりと告げた。
「怖い」というのは本当だ。ローガンはリリアと一緒にいたいがために、アゼリアを陥れるような嘘を吐いた。それが恐ろしい。
「結局、リリアは兄上の愛を手に入れ、次に僕。一体何がしたいんだろう?」
ユーリが不思議そうに首を傾げる。
「さあ? 乗り換えか、逆ハーエンドでしょう」
「逆ハー? さっぱり、わからないよ」
そんなユーリにアゼリアは逆ハーエンドを説明した。
「逆ハーって何人にもの男に好かれること? ばかじゃないの? だいたいこの国は一夫一婦制だよ。国王ですら、妻は一人しか持てない。いったい何の得がある?」
アゼリアも首を傾げる。
「マハが言うには、逆ハーエンドもハッピーエンドの一つだそうです。どのような形におさまるのか、見てみたい気もしますが。
とりあえずあなたがリリアと関係を持つことがなければ、このまま婚約続行ということで。
しかし、関係を持つのならば、私は修道院へ行きます。浮気云々というよりもあなたが感情をもったら怖いのです。
好感度が動きますから。
ユーリ殿下の不動のパラメーターがマイナスに動くところを見たくありません」
アゼリアは感情が安定しているユーリが気に入っている。その彼が感情を持ち、パラメーターがマイナスになるとなどさすがに耐えられない。
しかし、それを聞いたユーリが目を細め薄く笑う。
「大丈夫。なぜか、リリアはそれほど好きではない」
「好きではない? 嫌いってことではないですよね? 私と同じように無関心ということですか?」
ユーリがため息を吐く。
「あのさ、僕たちは生きているよね? ここがゲームの世界とは思えないよ。
君がパラメーターが視えるというのを否定はしないが、ここは現実だよ」
それはもちろん、ユーリの言う通りだと思う。
だが、その現実が、マハの言うゲームのストーリーと同じ展開をみせる。
「はい、私も現実だと認識しています。しかし、視えているものを否定することはできません。ユーリ殿下のパラメーターゼロがマイナスに振れるのを見たら、きっとたえられません。ずっとゼロだからこそ安心してお付き合いできるのです」
ユーリは紅茶を一口飲み、再び口を開いた。
「君はリリアがヒロインだと言ったね。それならば、君が見たパラメーターはヒロインに対するものだったとは思わなかったの?」
「え? それはどういう? ヒロインが主役だからということですか?
いえ、私に対するパラメーターのはずです。私の言動で動きますから」
確かにユーリの言う通りだ。なぜそれを今まで疑わなかったのだろう。これはヒロインの為のゲームなのだから。
「マハが言うには『スクパラ』のなかにはメインゲームの他に悪役令嬢が主役のミニゲームがあったそうだ」
「そんなこと初めて聞きました。マハは今までそんな事一言も……」
悪役令嬢が主役だとしたら、ヒロインは誰……悪役令嬢?
なぜ、マハは言ってくれなかったのだろう? アゼリアはユーリといて、初めて不安を感じた。
それと同時にマハへの信頼がゆらぐ。
あとでマハに確認しよう。ここが、そのミニゲームなのかと。
「それから、ひとつ気になっていたんだけれど、君に視えているパラメータは、本当に好感度なの?」
そう言ってユーリが身を乗り出す。
「え?」
「もしかして人によってパラメーターの色が違ったりしない? もしくは僕だけ色が違うとか?」
ユーリのいう事に心当たりがあった。
「そう言われてみれば、ユーリ殿下のものだけ色が違います。他の方は赤なのに、ユーリ殿下は青です」
「やはり思った通りだ。マハによると赤は好感度、青はバグだそうだ」
「バグ?」
「そのゲームでは設定されていないパラメーターが、青色で空の状態で表示される。早い話が誤って表示されている意味をなさないパラメーターだ」
「え?」
「ちょっとマハを締め上げ……じゃなくて、詳しく聞いたら、思い出したといっていたよ」
「そんな……」
アゼリアは驚きに大きく目を見開いた。
「つまり君が今まで見ていた僕のパラメーターはもともと空でこれから先も動くことはない。
それと、これは自己申告だけれど、僕は痛みも悲しみも喜びもきちんと感じる。よって感情はあると思うんだ。
で、君が信じ縋っていた好感度ゼロは根底から覆されてしまったわけだけれど、これからどうしたい?」
微笑むユーリにアゼリアは呆然となった。
彼のパラメーターは視ることは出来ない。
ソレデモ コンヤクヲ ゾッコウシマスカ?