17 マハの独白1
物心ついたときから、前世の記憶を持っていた。
ここは私が前世で夢中になってプレイした『スクパラ』の世界だ。
しかし、残念ながら、私はモブだった。悪役令嬢アゼリアのそばにいられるだけで満足しよう。自分にそう言いきかせた。
♢
最初ヒロイン役のリリアが転生者かどうか判別がつかなかったが、アゼリアからローガンを奪ったところから、転生者だと分かった。
普通の貴族令嬢ならば、そんなはしたなく恐れ多い真似はしない。
それから、ある日突然アゼリアが、パラメーターが視えるといいだした。
いよいよゲームの開始だ。私はわくわくした。
悪役令嬢であるアゼリアが少しも意地悪ではなく高飛車でもないから、『スクパラ』と似た別世界なのかと思い始めていたところだった。
正直ヒロインに転生したリリアが羨ましかった。私ならば、ユーリを攻略するのに。しかし、失敗すると監禁エンドか処刑だが。
ユーリは兄のローガンと同じくらいには苛烈な人物だ。
顔がよくスペックも高いが、サイコパスで、母親を失ったことがトラウマになり重度のヤンデレ仕様。このキャラを忌避する人も多い。
しかし、私は違う。たとえバッドエンドだとしても高スペックイケメンに愛され、閉じ込められ、何不自由なく暮らせるなんて、こんなに楽で幸せなことはない。前世でも今世でもコミュ障の私には最高だ。
だからユーリの次に推していた悪役令嬢アゼリアに彼を勧めた。ひと目でいい。推しをこの目で拝みたい。
乙女ゲームに彼とアゼリアが結ばれるエンドはどのルートでもなかったと思うが、ゲームの世界に介入してみるもの面白そうだ。
しかし、第二王子ユーリのパラメーターはバグっていた。
そういえば、アゼリアもなぜか性格が悪くない。初めは転生者かと疑い子細に観察したが、どっからどう見ても生粋の貴族令嬢だった。ただの高スペック美少女だ。
おそらく彼女もどこかバグっているのだろう。
しかし、ヒロインが調子に乗り、逆ハーエンドを目指した頃から状況は悪化した。
逆ハーエンドは難しく、全員のパラメーターを同じように上げなければ、バッドエンドが待っている。
特にユーリは攻略が難しく失敗するとよくて監禁、たいてい処刑エンドが待っている。
どうやらリリアは無謀な人物のようだ。
しかし、ヒロインにはリセットボタンという最終手段がある。いざとなったらそれを押して何度でも挑戦できるのだ。だから、いくらでも大胆になれる。
ただ、この世界のアゼリアはゲームと違い、気さくで善良なキャラなので、処刑されるのはかわいそうだと思った。
いざとなったら、彼女には修道院エンドをお勧めするつもりだ。そして時々面会に行って慰めてあげよう。
夜更けに、色々と夢想して楽しんでいると突如私の部屋のドアが激しく叩かれた。ゲームに翻弄されているアゼリアだろうか? それにしては力強いノックの音だ。
ドアを開けると第二王子のユーリが立っていた。
あまりの美しさに息を飲む。何度見ても見慣れない秀麗さ。
この王子の美貌は本当に心臓に悪い。
しかし、彼は驚くほど痩せて、やつれた姿をしていた。何かあったのだろうか?
だが、そんな姿でも彼は眩いほど麗しい。
表情に翳りがでてさらに色気を増している。
これがヒーロー補正なのかとホクホク顔で鑑賞する。
しかし、彼はなぜ突然私の部屋に? それになぜか激昂しているようす。
「貴様、学園がああなることをわかっていて傍観していたのか?」
どうやら苦情が私のところに持ち込まれたようだ。私は表情だけは冷静さを取り繕う。
「私は貴族でもないし、ただの一介の魔導士にすぎませんから、何かを知っていたとしても、出来ることなどありませんよ」
殊勝な表情で、事実をそのまま述べた。彼だってそれは分かっているはずだ。
「アゼリアはお前をたった一人の友人だと言っていたんだぞ」
ユーリが悔しそうに言う。アゼリアにはユーリがリリアに落ちたと聞いていたが、違うのだろうか?
この様子だとまだアゼリアに心が残っているようだ。
ということは、ヒロインのリリアは逆ハーエンドに失敗したのだ。
いや、攻略の猶予は学園卒業まで、ヒロインにはまだチャンスが残っているはず。
だが、この王子は少しバグっているようなので、どうなることやら。
所詮は他人事だ。
「友人とはいっても、推しキャラのお友達ポジションですよ。ほんとモブの立ち位置なんです。だから、私はこのゲームには何の影響力ももちませんよ?」
そういって肩をすくめるしかない。
ユーリが何に腹を立てているのかさっぱり分からない。
怒鳴り込んでくる先が違うと思う。リリアの方に行けばいいのに。
「少なくともお前がアゼリアに信頼されている間にすべてを話していれば状況は変わっていたのではないか?」
なるほどそういうことか。他人のせいにしようとしているのだ。意外に人間臭いキャラ。
「だから、先ほども言ったように、私には何の力もないし、貴族ですらありませんから」
そう彼の言っていることはお門違いだ。
「アゼリアは違う。コーリング卿も聡明なお方だ。貴様のいうところのヒロインを早くに排除していれば、いや、それが無理でも学園が入学許可を出さなければ、事態はこれほど大事にならなかったはず」
幾ら推しキャラでもこれはひどい言いがかりだと思う。メインキャラでもない自分に言われても困る。
確かに私はユーリを勧めたが、最終的に選んだのはアゼリアだし、ヒロインの魅了にかかったのもユーリであって、私のせいではない。
悪役令嬢なのだから、攻略対象を選び、ヒロインの邪魔をする。これはそういうゲームなのだ。
「それって私のせいなんですか? 私は前世の乙女ゲームでこのストーリを知っていただけですよ? リリアに騙されたのはあなたの方でしょう」
彼は悔しそうに唇を噛む。
「リリアの事なのだが、魅了の力を持っている。しかし、それだけでは説明がつかない強力な力だ。貴様何か知っているだろう? 洗いざらいすべてを話せ」
王子様の命令だ。しかたなくヒロインは課金というものをすれば縁日で強力な魅了の力を持つアイテムが手に入ることを話した。
「それから、そのゲームでは、アゼリアは今後どうなる?」
矢継ぎ早に聞いて来る。これでは尋問だ。
「アゼリアは……」
「アゼリアではない。友人ではないのなら彼女はお前にとっては主の娘だろう? この国にいる以上常識には従ってもらう」
ユーリの迫力に気圧された。
腐っても王子様なのだ。
誤字脱字報告ありがとうございます。
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