16 帰郷
帰国の日取りがきまった。
その頃には無機質で無骨な鉄枷は、宝石をちりばめた贅沢なプラチナの腕輪に代わっていた。
二人は馬車で帰途につく。もうすぐ国境だ。
「ユーリ殿下、とても美しい腕輪ですが、なぜまだ私はあなたと繋がれているのです? この期に及んで逃げるとでも? 逃げるとしてもあなたに隣国に攫われた私には修道院しかありませんが」
プラチナの美麗な腕輪に鎖がついているのは相変わらずで、ユーリと繋がれている。本当にこの人には呆れてしまう。
「君を信用していないわけではないよ。ただ昔、僕の母が奪われたから。君まで奪われてしまうのではないかと恐ろしいんだ」
彼に病的なところがあるのは分かっている。
普段はものに執着しない癖に、いったん執着すると限度がない。
それもあって、彼を信じる気になった。
「お亡くなりになったのは存じておりますが……。私も母が随分前に病気で亡くなっているのでお察しします」
「違う。毒殺されたんだ」
「え? まさか、そんな」
アゼリアは驚きに目を見開いた。しかし、それにまつわる黒い噂は聞いたことがある。現王妃の陰謀説だ。しかし、囁かれているだけで証拠はない。
「そのまさかだよ」
虚ろな目をして仄暗い笑みを浮かべる。
「それからだ。大切なものを持つのが怖くなったのは。僕の大切なものは兄上に必ず奪われ壊されるから」
「まさか、ローガン殿下が?」
「いや、彼が直接手を下したとは言わないが、恐らく兄の手のものだろう。女癖の悪い父だが、あれでも母を愛していた。僕を見ると母のエリゼを思い出して辛いと言っていた」
「……」
気の毒だとは思うが、ユーリは少々いかれている。
「母の生まれ育った場所に、一度住んでみたかったんだ」
「ええ、それは理解できますが、ユーリ殿下の私への執着はよくわかりません」
ユーリは苦笑する。
「愛と言ってほしいところだけれど。だが、確かに病的な執着なのかもしれない」
彼の美しい顔に憂いの表情が浮かぶ。一応自覚はあるようだ。治らないものなのだろうか?
「それで、今国の方はどうなっているのですか?」
「ヒロインのリリアを苛めた不届き者の令嬢を探してる」
「え? それは、まさか私を探しているということですか?」
「ああ、だが君は馬車で隣国に逃げ出すところを襲われて行方不明という事になっているので、断罪からは免れた」
思ったより、いろいと酷い話になっている。
「それでは……。誰かが私の代わりに断罪されたという事ですか?」
「君は話が早いね。おそらくこのままではいずれリリアが処刑されるだろう」
「どうしてそういう話になるのです?」
アゼリアは驚きに目を見開いた。
「あれだけのことをして許されるわけがない。まあ、マハによるとヒロインのバッドエンドだそうだ。結局のところ魅了が解けた結果だよ。」
「そうですか……」
マハの話を受け入れざるを得ないようだ。
「リリアを失った兄上は恐らく君を追いかける。だから、僕は君を離すわけにはにいかない」
そういってお互い身に着けたプラチナの腕輪を指し示す。だからといって人を鎖で繋ぐなど、正当化できるものではない。
「ならば、国へ帰るのを見合わせればいいのでは?」
アゼリアは彼の執着に心底呆れている。
「僕は、これでも王族のはしくれだからね。いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。国王から帰国命令が出たし、混乱の後始末をせねばならない」
ユーリが固い決意を込めて言う。その顔はきりりと引き締まり凛々しい。
「立派なご決断だとは思いますが、この腕輪は情けない限りです」
すげなく言うアゼリアに、ユーリが困ったように眉尻を下げる。
最近ではこの状況に慣れ過ぎて、うっかり許してしまいそう。
♢
翌日国境を越え、久しぶりにイーリヤ王国に戻ってきた。
結局ユーリはアゼリアを王宮に連れて行くのは危険だと判断し、久しぶりに鎖を解かれコーリング侯爵邸に帰されることになった。
その代わり、アゼリアのいる場所を特定できるという例の魔道具を腕に装着された。もう彼の異常な行動には何も言うまい。
顔も頭もいいのにあの人はちょっとおかしい。
父と兄はアゼリアの帰国を喜んだ。久しぶりに家族そろっての食事をした。
アゼリアはさっそく気になっていた国の今の状況を確認する。
「リリアに惑わされた貴族子弟のうち何人かは廃嫡されたよ。中には深くかかり過ぎて療養を余儀なくされる者もいる。将来のある若者が幾人も失われてしまったよ」
と父が残念そうに言う。
父があげた名前はこの国の有力貴族のものばかりだった。
「結局、皆魅了にかかってしまったのですね」
アゼリアも彼らとその婚約者の令嬢達を知っていたので残念でならない。
「魅了にかかってしまったのは、気の毒だとは思うが、ユーリ殿下のように最悪を回避出来た者もいるから、許すわけにはいかない。
ただ騎士団長の子息のカインは比較的軽くすんで罰は与えられたが廃嫡は免れた」
と父が言う。
「しかし、リリアは恐ろしい女だよ。あれだけの子息を一度に魅了して侍らせるとは」
兄が渋面を作る。
「リリアはこれから、どうなるのです?」
伯爵令嬢リリアは、この国ではもう罪人になっていた。
「今のところ処刑の予定だけれど、研究機関がぜひとも彼女を実験対象としてほしいと言っている。規格外の力を持った魔道具を使っていたが、彼女本人が強い魅了体質らしい」
つくづくぞっとする事件だったが、どうにかおさまりそうでひとまずほっとする。
「アゼリアが隣国に留学されたユーリ殿下の元へ避難した後もおかしなことが続いていね。
お前は学園にいないはずなのに、リリアを湖に落としたり、リリアの鞄を盗んだり、ドレスを破いたりしたという噂が広がっていった」
「まあ」
あのまま学園にいたら本当に処刑されていた。それくらい異様な雰囲気だった。
そしてユーリの手回しのよさに戦慄する。これでは本当に彼と結婚する以外ないではないか。
「幸いユーリ殿下の指示でお前は隣国にいく途中、強盗に遭い行方不明になったといっていたので助かった。
もちろん今はユーリ殿下の計らいで避難させたと言ってあるので、お前の評判に傷がつくことはない」
と兄は微笑む。
どうやら父と兄の間ではユーリ殿下とアゼリアは仲の良い婚約者になっているようだ。
さて、鉄枷をされ監禁されていた話はどうしようか……。
ユーリはアゼリアの意思に任せると言っているが、ユーリと結婚しなくてはどのみちアゼリアは傷物扱いだ。
別に傷はついていないが……。
監禁した割にはユーリは無理強いしてくる人ではなかった。
問題は監禁だけで、後は何不自由のない生活を送った。元々本は好きだし、人間不信に陥っていたので、人付き合いをしたいとは思わなかった。
自分もどこかおかしくなっているのかもしれない。
学園の令嬢や令息からはアゼリアの元にわび状が届いているが、開封する気にもなれない。結局アゼリアを守ってくれたのは父と兄と、あの監禁王子だった。
「あの、マハに会いたいのですが」
アゼリアがそう言うと父と兄は顔を見合わせた。
「マハはお前が帰る直前に城から来た役人につれていかれてしまったよ」
「え? 何をやったのですか?」
父の言葉にアゼリアは驚いた。
「私も詳しい事はしらないのだが、国家に関わる重要な事実を知っていたにも関わらず秘匿していたらしい。つまりそれにより国に不利益をもたらしたということで極秘逮捕された」
「極秘逮捕ですか?」
かなり不穏な流れだ。
「ああ、どうも彼女はこの奇妙な一連の事件が起こることをある筋から聞いて事前に知っていたらしい」
「まさか、ユーリ殿下の指示ですか?」
「おそらく」
父が頷いた。
きっとマハとは二度と会えないだろう。
今更、驚くこともない、ユーリはそういう人だ。
ほかならぬ、マハがそう言っていた。
明日から二回連続マハの話です。
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