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13 それは多分ス〇ック〇〇ム症候群?

 

 初日は絶望した。

 期待も希望も潰えた気がした。

 

 だが、それも三日すると戸惑いにかわっていく。


 甲斐甲斐しく世話をするメイド達、美味しい食事に、手触りがよく美しいドレスが用意されていた。望めば本も取り寄せてくれる。


 それに彼から贈られてくる美しい花。まるで愛されているようだ。



 だから勘違いしないように、アゼリアは腕を動かして自分の立場を確認する。

 するとじゃらりと音をたてる冷たい鉄枷がそこにある。


 彼女は部屋の壁に繋がれていた。

 そして鉄枷の鍵はユーリだけが持っている。


 これがマハの言うバッドエンドなのかと思う。

 だが、不思議とここは居心地がいい。

 この機会にと、無理を言って頼んだ稀覯本までユーリが入手してくれた。

 もちろん、ここに来てからユーリとの会話はなく、意志疎通はすべてメイドや執事を通している。




 ときどき、ユーリが夕食時に訪れた。


 彼は何か不足はないかと聞いてくる。

 だが、アゼリアは頑として彼と口を利かない。


 アゼリアの意思を無視し、薬を盛ってここまで連れてこられ、その上鉄枷までされている。

 絶対に彼を許さないと思っていた。



 アゼリアは部屋から出してもらえないので、そこで二人で食事をする。


 屋敷は広く、アゼリアには三部屋与えられていた。すべて続き部屋で寝室に書斎、食事や茶を飲む部屋に分けている。何の不自由もない。外に出られないこと以外は。


 アゼリアは己の腕に装着された鉄枷を睨みつける。


 ずいぶんここに長く監禁されているような気がする。国にいる父や兄はどうしているだろう。彼らは必死にアゼリアを探しているはずだ。


 その日の夕食時、ユーリがやって来た。


「こんなことをなさって、国に帰れなくなりますよ」

 

 ユーリが軽く目を見開いた。

 ここに連れて来られて、初めて彼に口を利く。退屈していたというのもあった。

 

「そうかも知れないね」

 

 ソフトだが、感情のこもらない静かな声が返って来る。


 もともとあまり表情のない人だったが、ここへ来てさらに喜怒哀楽をそぎ落とされてしまったようだ。


 理知的な光を湛えていたブルグレイの瞳も、すっかり翳りをおびている。


「それで、どうしてこのようなことをされたのです。これは誘拐ですよ」

「わかっている」

 彼は頷いた。


「ならば、どうして? せめてこの鉄枷を外してもらえませんか?」


 アゼリアが腕を上げるとじゃらりと音がする。その音を聞くたびに監禁されていることを思い出し、心が冷える。


「そんなことをすれば、君は逃げ出してしまうだろう?」

「こんな広い屋敷からどうやって私一人で逃げ出すと言うのですか。しかもここは異国です」


 ユーリの話を信じればだが。

 屋敷どころか部屋から出られないアゼリアは、ここの正確な位置を知らない。


「使用人を抱き込めばいい。君にはそれだけの知恵もあるし、魅力もある」


 鉄枷を外すカギはユーリだけが持っている。


「いい加減になさってください!」


 気付くとアゼリアは大声を出していた。肩で息をする。ここへ来て初めて感情をあらわにした。


「鉄枷についてはしばらく猶予をくれないか?」


 そう静かに告げる。ユーリは壊れてしまったのだろうか。声にも抑揚がなく、すべての感情が消えてしまっているようだ。


 それともこれが彼本来の姿なのだろうか? マハの言っていたサイコパス。



「それで、君に一つ聞きたいんだが、パラメーターはこの国入ってからも視えるかい?」

「え?」

 この国入ってから、数人の使用人とユーリしか接触はないが、確かに……。


「……視えません。そういえば、あなたのも視えません」


 どうして? 今更ながら不思議に思う。


「マハの言う通りだ。君は国を出ることによって、ゲームの強制力から逃れたんだ」

「だから、ユーリ殿下がリリア様に惹かれたのもゲームのせいだと?」

 彼の顔に久しぶりに表情が浮かぶ。それはとても苦しいものだった。


「まだ、その質問には答えたくない。しかし、君を攫うに至った理由は説明できる。君に僕の話を聞く準備があるのならば」


 アゼリアはそれには答えない。別の問いを口にした。


「ユーリ殿下、私はこの国に連れて来られてどれくらいの月日が経ちましたか?」


 長く閉じ込められていると月日の感覚がなくなって来る。

 

一月(ひとつき)ほどだ」


 アゼリアはため息を吐く。ため息を吐くたびに幸せが逃げると誰かが言っていた。

 知りたいことで溢れていて、もう黙っていることなど出来ない。


「お話を伺いましょう」


 ユーリの表情が笑んだように動いた。


「僕にも少しばかり、自国に信用できる人間がいてね。君のようすを聞いて、周辺を調べさせていた。すると二ケ月ほど前から、おかしなことが起き始めたんだ。なぜか学園の生徒が揃って君に反感を抱き始めたという」


 心当たりのあるアゼリアは眉根を寄せた。


「ええ、おっしゃる通りです。あまり言いたくはないのですが、周りの好感度が一気にマイナスに下がりました」


 その言葉にユーリは分かっているというように頷く。


「マハがいうところの悪役令嬢断罪までのカウントダウンが始まったんだ」


 アゼリアはほんの少しの絶望と失望を味わう。理性的だった彼までがゲームの話に毒されてしまった。


「ユーリ殿下はマハのいう事を信じるのですか?」

「君はその目で見て、肌で感じただろう? 多くの人の悪意が一斉に自分に向くのを。一刻の猶予もないと思った。だから、あのような手段をとった」


 ユーリの言葉にアゼリアは息をのむ。確かにそれは彼の言う通りだ。

 ある日突然、一斉に好感度が下がった。それが、いつ殺意に転じるのかと思うと怖かった。



「そうですね。ユーリ殿下のこういうやり方はどうかと思いますが、確かにあなたにこの国に連れて来られて救われたと言ってもいいでしょう。

 あのままあの場にいたら私はいずれ誰かに殺されていました」


 認めざるを得なかった。


 不意にユーリの瞳が不安げに揺れる。彼はいったい心に何を抱えているのだろう。闇が深そうで少し怖い。


 今思うとアゼリアは、彼の表層しか知らなかった。


「一気に話しても無理だろう。またおいおい話していくよ」



 その言葉を潮に、静かな二人きりの晩餐は終わった。















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