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10 リダツシマスカ?

「どうしたの? アゼリ……じゃなくてお嬢様。何か見えているのですか?」

「え?」


 マハがアゼリアの異変を察し、眼前に迫って来る。


「目の間に何か見えているんですよね? もしも離脱ボタンならば、それを迷わず押して! すぐにここから逃げ出せるから。こうなったら修道院に行った方がいい」


 マハの言葉にユーリがまなじりを吊り上げた。


「貴様、何をすすめているんだ? 先ほどはそのような話はしていなかったではないか!

 アゼリアはまだ若い。僕と破談になったとしても侯爵家の娘なのだから、どうにでもなる。この国の修道院などに入ったら一生出られないのだぞ!」


「いえ、でも……」

 マハがユーリの怒気に後退りする。


「いいから、黙っていろ!」


 ユーリの一喝にマハが怯えて黙り込んだ。

 アゼリアはなりふり構わずユーリが怒るのを初めて見た。普段怒らない人が怒るととても怖い。


「申し訳ありません、ユーリ殿下。マハはこの屋敷からあまり出ないので、少し常識がなくて不敬な真似を」

「アゼリア、君はこの魔導士をまだ庇うのか?」

 ユーリはマハへの不信感を隠そうともせず、眉根を寄せる。

 マハの顔は真っ青だ。


「庇う……。そんなつもりはありませんが、マハは今では私の幼馴染で唯一の友人ですから」


 言いながらもアゼリアは、ふと侘しくなる。友人と思っていた者たちはみな去っていってしまった。


「まさか、君は修道院に入ったりしないよね」


 一転してユーリが心配そうに聞いて来る。


「はい、今のところはそのつもりはありません。それで、ユーリ殿下、私もあなたについて行こうと思うのですが」 


 ユーリが驚きに目を見張る。


「まさか。僕についてきてくれるというのか?」


 彼の声が心なしか震えている。 


「はい」


 アゼリアが決意を込めて頷くと、ユーリが悲しげに首をふる。


「だめだ。侯爵が許さない」

「え?」

「僕がここにいるのは本邸への出入りを許されなかったからだよ」

「そんな」


 父は相当怒っているのだろう。この国の王子であるユーリを入れないだなんて。

 娘が王族に続けざまにコケにされたのだ。貴族としての矜持が許さないのだろう。


「だから、君はここにいるんだ。コーリング家は有力貴族だ。僕が侯爵の許しも得ずに君を連れて隣国に行ってしまったら、卿が怒り狂い内乱が起きかねない。

 卿は今王族に強い不信感を抱いている。僕は学園の卒業までこの国には帰ってこないつもりだ。だが、必ず君を迎えに来る」 


 彼の言葉に、アゼリアの心はすっと冷えた。


 ――隣国へ留学するなど聞こえはいい。だが、彼が隣国で足場を作らないとも限らない。そこで、誰か新しい女性を見つけるかもしない。私はこの人に捨てられるのだ。


 アゼリアはやるせなさに唇を噛む。


 彼はリリアに懸想してにっちもさっちもいかなくなって、ほとぼりが冷めるまでこの国から逃げ出すのだ。先ほどまで揺れていた心は一気に彼への不信に傾く。


 

 一度事実上の婚約破棄をされているアゼリアが、ユーリを待っている確率が高い。

 どう考えても二度も婚約が流れたらアゼリアの評判はがた落ちだ。侯爵家の面目もたたない。きっと彼はそこまで計算して、アゼリアを置いて行くのだ。


 絶対に自分を待っていると確信して。


 彼はどう転んでも自分が得になるように計算している。

 もう恋なんてしないと誓っていたのに。あれほど人を好きになることが怖かったのに。

 つい絆されてしまった。


「ええ、分かりました。ただし、私があなたを待つとは思わないでください」


 アゼリアは毅然として言い放つ。まがりなりにもコーリング侯爵家の娘なのだ。みっともなく縋りつく女だと思われたくはない。


 アゼリアの言葉に、ユーリが綺麗な顔を苦しそうに歪める。


 ――そんな表情しないで欲しい。愛されているのかと勘違いしてしまいそう。 


 肩を悄然としてユーリが去った後、アゼリアはマハと話した。


 二人はマハの部屋の小さなティーテーブルに腰かけ向かい合う。


「アゼリア、まだ離脱ボタンは表示されている?」

「いいえ、いつの間にか消えてしまったわ」


「どうして離脱しなかったのよ! ラストチャンスだったのに、このままだとあなたが危ないのよ」


 マハが慌てたように言う。


「今は、混乱しているの。少しゆっくり考えたいわ。それに修道院なんていつでも行けるじゃない。今すぐに行く必要はないわ」


 アゼリアが疲れたように言う。


「違う、行けないのよ。このチャンスを逃したら、あなたはバッドエンドまっしぐらなの!

 だから、ユーリ……殿下がリリアに惹かれたのは、多分ゲームの強制力なのよ。

 ただ、どうしてヒロインのリリアが彼を落とすのに一年近くかかったのか分からない。それが判明しないかぎり、彼についていくのは」

 アゼリアはマハの言葉を途中で遮った。


「マハ、この世界は現実よ。確かに私はパラメーターが視える。だからといってここはあなたの言う乙女ゲームの世界ではないのよ。

 もうそんなものに翻弄されたくないの。私は自分の意志で生きるわ」


 マハは力なく頭をふる。


「本当に、最悪の状態にいるのよ。この先、あなたがここにいてはまずいの。かといって、ユーリについて行くのも危険だし。あの兄弟は鬼畜設定なのよ。ヒロインと結ばれなかったユーリはとても危険なの。私はこれでもあなたのことが結構気に入っているのよ。だから生きていて欲しいの」

 

 マハは唯一の友達だったが、ゲームの世界に囚われている。だから、人の心の傷に疎いのだ。


 甘えだと分かってはいるが、ほんの少し慰めの言葉が欲しかった。



 こうしてアゼリアは最後の友人を失った。




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