01 ユーリ視点
短編の続きが気になってしまったかたどうぞ。
「ああ、もう最悪だなアゼリアは。リリア、君みたいな人が私の婚約者となればいいのに」
イーリヤ王国の第一王子ローガン(十八歳)が言えば、
「まあ、殿下、無理ですわ。私ではアゼリア様には勝てません。あの方は、なにをやらせても一番。私なんて」
これまた美しい伯爵令嬢リリア(十六歳)が悲し気に答える。
「かわいそうに、またアゼリアに何かきつい事を言われたのかい」
今日も彼らは結ばれることのない自分たちの関係に酔っている。
ここは王宮、鏡の大広間。
シャンデリアの煌めく広間では、夜会が繰り広げられていた。
貴賓席ではこの国のうつくしき第一王子ローガンとレイス伯爵家令嬢リリアが愛を囁き合い、ローガンの婚約者を貶めている。
第二王子ユーリはそんな二つ上の兄の王子の様子を呆れたように眺め、隅の席でシャンパンを傾けていた。
そんなユーリの元へ騎士団長の息子ケインがやって来る。彼はユーリと同じ年で、同じ貴族学校に通っている。
「おやおや今日はアゼリア嬢は登場しないようですね」
とおどけた口調で話しかけてくる。
アゼリアはコーリング侯爵家令嬢でローガンの婚約者だ。
ついこの間、「アゼリア、お前との婚約は破棄する!」とローガンが言って大騒ぎになったが、非公式な場だったので何とか騒動はおさまった。
もしも公式の場で「婚約破棄」などと言っていれば大変なことになっていた。
結局、国王が継承権のはく奪をちらつかせローガンを黙らせ、アゼリアとローガンとの婚約は続行となった。その際国王は有力貴族であるコーリング侯爵家に詫びとしていくばくか領地を与えたらしい。
「ケイン、お前がアゼリア嬢のファンだったとは知らなかったよ」
とユーリが返すとケインが笑いだす。
「まさか、ご冗談を? あんなきつい女、嫌ですよ。見物したいだけです。面白い見世物でしょう。
美人で、なんでも一番で気取っているアゼリアが、嫉妬に狂い可愛らしいリリアに噛みついて、ローガン殿下がそれを非難する。見ていてスカッとするじゃないですか? アゼリアも懲りずによくやりますね」
趣味が悪いと思ったが口に出さず。ユーリは笑んだだけだった。
「最近アゼリア嬢は体調がすぐれないようだ。よく学園をお休みしている」
「え、無遅刻無欠席の鉄の女が?」
アゼリアのことを馬鹿にしたように言うケインだが、成績は彼女の足元にもおよばない。
そのうちリリアと第一王子ローガンはバルコニーの向こうに消えた。
「ああ、アゼリアがいれば面白い事になったのになあ。彼女ならあそこに突撃して大騒ぎするだろう」
ケインが残念そうに言う。ユーリはそれを潮に立ち上がった。
「僕はちょっと外の空気を吸って来る」
「あれ? ユーリ殿下今日はまだ踊っていないんじゃないですか?」
「気分じゃないんだ」
そう言って庭園に向かう。
夜会は飽きた。
学園に蔓延しているアゼリアの噂話も。
彼女がローガンを好きな事は周知の事実で誰の目からも明らかだ。
だが、ローガンはアゼリアを嫌う。
侯爵令嬢できつい美貌の彼女は、高慢であまり男受けがよくない。
そのうえ、なんでも完璧に出来るから余計に敬遠される。学園でも成績は常にトップだ。
そしてこの国ではすべてに秀でた女性が第一王位継承者と結婚し王妃となる。優れた子孫を残すために。
ローガンはアゼリアを嫌い、愛らしいリリアと付き合っている。
王族の務めとしてアゼリアとは結婚するが、結婚前は束縛されたくないというのが彼の言い分だ。
ユーリはバラ園を抜け、庭園の奥にある池に来る。ここは絶好の休憩スポットなのだ。カップルはここまで来ない。ドレスを着た女性が大広間からここまで来るのは骨だ。
誰もいない。池のほとりに腰を掛けほっと一息つく。
「あの、今晩は」
突然声をかけられてユーリは驚いた。鈴を転がすような女性の声。
「すみません。ユーリ殿下、脅かすつもりはなかったんです」
振り返るとそこには金髪の美少女がいた。しかし、その端整な顔には険があり、たいていの男はそれを見て引いてしまう。
「おや、アゼリア嬢ではありませんか。なぜこのような場所へ?」
ユーリが首を傾げる。
「それは、もちろんユーリ殿下を追って」
これには驚いた。彼女はローガンを愛していて、どれほど貶められても彼一筋なのに、これはどうしたことだろう。
「なぜ、僕を? しかもこんなところまで。誰かに見つかったら、逢引きと間違えられてしまいますよ」
彼女にしては不用意だ。
「まさか、こんなところまで来るのはユーリ殿下くらいでしょう」
と苦笑する。
「よくご存じで」
「ええ、あなたの行動は監視していましたから」
ユーリは軽く目を見開いた。
「またどうして、僕のことなど監視していたのです?」
「誰の邪魔もないところで、あなたと二人きりでお話したかったからです」
「しかし、あなたは兄上の婚約者でしょう」
それはまずいのではないかという思いを言外に匂わせる。
「ええ、それはもう諦めました。ローガン殿下にここしばらく、『婚約破棄する』と言い続けられているので、さすがにもう……」
と言って彼女は珍しくうなだれる。
「え? 諦めると言うのは婚約を解消するということですか?」
「はい」
「家同士の取り決めなので上手くいかないとは思いますが……」
王も王妃も優秀なアゼリアを気に入っている。
「あれだけローガン殿下には嫌われているのです。私さえ承諾すれば、速やかに解消すると思います」
「そういうものですかね。それで、一体僕に何の用ですか?」
仲を取り持ってほしいと言うならば分かるが、そうではないらしい。面倒くさい事にならなければいいが……。
「少し話を聞いていただけませんか?」
彼女がユーリの考えを読んだように言う。
「……いいでしょう。ただ、ここへは休憩で来たので手短にお願いします」
あまり気は進まないが、話を聞くまで粘られそうな雰囲気だったので諦めた。
「コーリング侯爵家次女の私は、子供の頃から王族と結婚するように育てられました。
だから、ローガン殿下との婚約を解消した後、ユーリ殿下に私と婚約して頂きたいんです。今日はそのお願いに参りました」
「……」
突然の事で、一瞬彼女の言っていることが理解できなかった。
ただ、一方的に彼女の要求を押し付けられている状況だということは分かる。
「どうかしましたか? ユーリ殿下?」
「いや、あんまりにもびっくりしたから。あなたは今はまだ僕の兄の婚約者でしょう?」
「それも風前の灯です」
といって、アゼリアは寂しげに微笑む。
いつも強気の彼女らしくない。
確かに兄の様子を見るとその通りだが、それにしても親からではなく令嬢が直接申し込みにくるとは思わなかった。
これは彼女流の根回しだろうか?
「王族とはいっても、僕は第二王子です。しかも妾腹で王にはなれませんが、それでもいいのですか。
あなたはまだ兄上を愛しておいででしょう?
それに、アゼリア嬢は一番が好きなお方だ。二番手以下の僕では満足できないのでは?」
何やらトラブルの匂いがした。ユーリのトラブル回避能力は抜群に高い。
「ええ、私、ひと月前まではローガン殿下を心から愛しておりました。しかし、今は気が変わりました」
にわかに信じがたい、彼女の事は子供の頃から知っているが、ローガンに恋をしていたのは確かだ。
ほとんど一目惚れだったようで、アゼリアは彼の婚約者になるために頑張り、なってからも血のにじむような努力をしていたはずだ。
一体何があったというのか?
あれほどリリアとローガンに嫉妬し、彼らの仲を詰っていたのに。
婚約者である彼女が、ローガンとリリアに言う事はいちいち正論で、それが余計ローガンの癇に障っていた。
そのせいか、アゼリアはいつの間にか「生意気で可愛げがなく意地の悪い女」のレッテルを貼られていた。
それでも彼女はローガンに縋っていたのに、一体どういう心境の変化があったのだろうか。
「それで、あなたの心変わりに僕が付き合わなくてはならない理由は何ですか?」
トラブルの予感がした。ならば適当に話を聞いて、切り上げようと考えた。
「先ほども申しましたように、あなたが王族だからです。コーリング侯爵家の私は王族と結婚しなければなりません。そう躾けられてきました」
「なるほど、つまり僕は兄上の身代わりというわけですね」
「はい、そうなります。それでユーリ殿下のお返事は?」
ユーリは失笑する。
「いやいや、それで『はい』と言う人間はいませんよ」
「でも、どうしても私にはあなた以外考えられないのです。ユーリ殿下にとっても悪いお話ではないと思うのですが」
「とりあえず。外は冷えますから、広間に戻りませんか?」
彼女が狂おしいほどローガンを愛していたことは知っている。
失恋したショックでおかしくなってしまったようだ。これ以上付き合う必要はないだろう。
それにしても彼女には失恋話を聞いてくれる友人もいないのだろうか。気丈に振舞ってはいるが、ここまで追いつめられた彼女が少し哀れだ。
「なるほど、あなたは私が傷心でおかしくなってしまったとお思いのようですね」
再び、ユーリの心を読んだかのように言う。
「いえ、まさかそんなふうには思っていませんよ」
と言って微笑む。ユーリは感情を顔に出さないことには自信があったので内心驚いていた。
「では、こちらの事情を話しましょう。
私は二ケ月前に階段から落ちたんです。ローガン殿下を庇って。でも学園の噂では、いつの間にか彼を庇ったのはリリアになっていて。
ローガン殿下は私に庇われたと言うのが嫌だったんですね。頭を強く打ち、足をくじいて学園を休んだのですが、見舞いすらありませんでした。とても嫌われてしまいました」
悲しそうにアゼリアが言う。
「それはお気の毒に。お察ししますよ」
とユーリは眉尻を下げる。
「ええ、ですが『お気の毒』なのは、その後なのです」
アゼリアの声に熱がこもる。
「何か後遺症でも?」
ユーリの言葉に彼女が頷く。
「はい、さすがユーリ殿下です。話が早くて助かります。そう私は頭を強く打ったせいで後遺症が出てしまったんです」
「それで、兄弟である僕に責任を取れと?」
するとアゼリアが驚いたように首を横にふる。
「違います。ユーリ殿下が早く話を切り上げたいのは百も承知ですが、もう少し聞いていただけませんか」
「まあいいでしょう」
仕方なくもう少し付き合うことにした。
「相手の好感度が視えるようになったんです」
「は?」
「頭を打った日から、相手が私のことをどれほど好きか分かるようになってしまったんです」
それを聞いたユーリは目を見張った。
やはりアゼリアはおかしくなってしまったようだ。
ユーリに結婚を持ちかけた彼女は、ユーリが彼女を好きだと思っているわけで……。
「それで僕に結婚を申し込んだと?」
「ええ、おっしゃるとおりです」
「他を当たってみたらいかがです? アゼリア嬢は美しいから、いくらでもお相手はいるでしょう」
これ以上彼女の相手になりたくはない。
「やっぱり、好感度ゼロだと逃げるわよね」
ぼそりと呟いたアゼリアから、すっぽりと表情が抜け落ちた。
「え?」
ユーリは驚いて目を瞬いた。
「だから、あなたの私への好感度はゼロです。何か間違っています?」
「いや、そんなことは」
ユーリが首を振る。
「取り繕わなくて結構です。あなたの頭の上に表示されているんです。私への好感度が視えるんです。コーリング侯爵家付きの魔導士に聞いたところ、パラメーターと呼ばれるものらしいです」
これは、おかしな話になったと、首をひねりつつも彼女の話に引き込まれる。