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 ヘッドフォンボーイ の 苦悩 

 



 : 悪戯の匂いがする。

   人生は、ある日突然に急展開するものだから。 :




   【 ヘッドフォンボーイ の 苦悩 】


“俺はどうしたら良いんだ”

 男は考えていた。

 幾度「完璧だ、大丈夫だ!」と口にはするがそう言い聞かせても、何の気休めにもならない。


“プロのミュージシャン”と、言えばみんなが華やいだイメージを抱くのかもしれない。だけどそれはあくまで『イメージ』だった。

 ヒットも出せない、それも新譜も出せないヤツは、当然干される。当たり前だが、仕事はどんなものだって真剣で、シビアだった。男も、そんな窮地に立たされたミュージシャンの一人だった。今日は、社長に頭を下げに行ったのだ。本当は。


 しかし。

 男は、人を殺してしまった。


 ……あぁぁぁっ……。男は怯えた。震える手でハンドルを握る。やってしまった、そう嘆く。

 車は突っ走って行くが、信号を無視しても事故を起こさないのは夜だから、だろうか? もっとも、男の精神状態は普通ではない。

 正常な判断の出来ない状態で、赤と青の点滅など気に出来ただろうか。もし、このとき巡回中のパトカーにでも会ったなら、男はあきらめも手伝って正気に戻れたかもしれないのに。


 哀しいかな、幸か不幸か、男の周りには人影さえ無かった。深夜に迫った時間帯、繁華街から遠く離れた住宅地と森が入り乱れた道で、人がそうそう歩いてるはずも無かった。


 とは言え、たとえパトカーに追い掛けられたとしても、その姿を視認しない限り男は止まるどころか、正気に戻ることも出来なかっただろう。とある建物が見えると、男は急いで前に車を止めた。

 慌てていたからか、そうとうなスピードを出していたからか。結構な音を立てて車は急停止した。男は額を拭う。現在は秋も深まってもうじき冬と言う季節、だと言うのに男は、ひどく汗を掻いていた。男は、感覚が狂ったのかと疑った。


 大きく早い動悸に、知らず胸を押さえ付けた。直後、違和感に手をそっと退け覗き込む。ざわりとした感触。乾いた、油絵の具みたいな……。


 そこは赤黒い染みが付いていた。一つ一つ格別に大きくは無いが、幾つも、散っていた。白いシャツに、余りに目立つ、染み。

 男は、一旦どうにか落ち着けようとした気持ちの高振りが、振り返したのを感じる。あぁぁぁ……。顔を両手で覆い、何とかならないか男は模索する。

“嫌だ、捕まりたくない”と訴える感情を、相反した冷静な頭が“大丈夫だ、巧く処理したじゃないか”と宥める。跳ねては打つ鼓動と共に反発が生まれ“そんな保証は無い!”と……結果、脳内会議は上手く行かないで堂々巡りするのだが。


「……行こう」

 やがて、男は車を発進させた。向かう先は建物に併設された、右折した場所に在る駐車場だ。車はスムーズに辿り着き、停車した。これだけで、男の疲労は更に増した気さえする。男はエンジンを切って深呼吸した。しばらくして緩慢に、けれど急いで、男は車から降りた。

 降りてすぐ辺りを窺う。誰もいなかった。確認が済むと、男は一気に走り出す。あの、車を一時止めた建物に。

 男の住んでいる、アパートメントに。


 エントランスを抜けると、エレベーターに直行した。幸い、誰に出くわすことも無かった。待ち時間は慄いたが、エレベーターも無人だった。乗り込んで、また溜め息。階段は選択肢に浮かんだが選ばなかった。体力気力両方無かったのだ。

 最上階のボタンを押す。男の部屋が在るから────もし。


 もし男がここで階段を選んでいたら。最上階への部屋だ、途中、人に見られることも在るかもしれない。だが時間的にまず人気ひとけは無い。アパートメントにいる住民自体、協調性の欠けらも無い、他人との関わりも拒否している連中なのだ。誰かが階段を上ってもあるいは下りて来ても、覗く輩はいない。数年過ごしてみて、それは男にもわかっていて。だから。


 もし、そうしていれば。

 もしくは。

 もう少し、ほんのちょっとでも男があの車に、留まっていたら。


 とにかく、一分でも一秒でも遅く、男が部屋に向かっていたなら。


 出会うことは、無かったのに。


「……」

 ────最初。

 聴こえたのは、エレベーターの到着音だった。


「……」

 ────最初。

 搗ち合ったのは、眼だった。


 すべては、数奇な『偶然』だった。

[何か]の、嫌がらせにも等しい。

 この、『接触』は。




 ……      ……。





 

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