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 モノクロガール の 思考 




 : 出会ってはならない二つの“異質な点”。

   [采配]は、誰が振るのか :




   【 モノクロガール の 思考 】


“私の視界はモノクロ”

 女は考えていた。

 在る色彩は、黒か白か灰色の濃淡しか、無いのだと。


 だから、私の記憶は他の人から見れるとしたら、きっと時代遅れのフィルムや写真のようなのだと「────絶対、そう」赤い唇が弧を生んだ。


 女は「……」絵筆を置いた。余りにも今日は乗りが悪い。……書きたくないモノだから、って訳では決して無い。特別に描きたいモノじゃないからと言うのは、有るかもしれない。

 かたんと、絵筆が音がさせる。そこで、今日が酷く静かなことに気付いた。


 女は思う。

“今日は、お隣さんがいないのか”。


 ここはアパートメント最上階の一室。ぼうっとして、絵筆の代わりに女は煙草へ手を伸ばした。女は独り暮らしだから誰も、この行為に咎める声は無いはず、だった。それなのに。

「油絵の前で、ましてや未完成のカンバスの前で、煙草を吸うのは些か……どうかと思うけど?」

 火を近付ける寸前にそんな非難が聴こえて、手を止めた。振り返ると、部屋の出入り口に男が立っていた。

「……来てたの」

 疑問符は付かない。この男も、男の突如とした出現も、女にとって馴染みが在るものだから。良くも、悪くも。

 男は、苦笑しただけだった。女の『世界』で男は、まるで過去の映画俳優のようだ。その仕草は美しくあるのに、女の視覚では鮮明さに欠けた。




 女の眼は、生まれ付き[色]を識別することが出来なかった。稀な全色盲と診断されたのは、産まれて少し経ったころだったそうだ。……と、女は聞いたと思う。


 幸い、視力に問題は無く、これを診断した医師は“稀なる幸運”と言ったらしい。


 もともと、全色盲であること自体がめずらしいのに加えて、視力が無事だったから。けれど、この白黒灰色のすべては、女の精神を侵食するには充分だった。


 ……幼稚園のとき、先生に描いた絵を否定された。遠足の絵で、女が使うクレヨンはデタラメだったからだ。

 ────あおいそら、に、あかいくれよんを、つかった。


 小学校のとき友達が「綺麗」と言った花の色が、よくわからなかった。指差す友達の言う青は、どの花のものかと訊いた瞬間、その眼は変わっていた。後日、女は独りにされて以降人付き合いは破綻した。

 ────ともだちのかわりに、ひそひそばなしが、みみにとぶむしのように、ついてまわった。


 中学のときは、ある男子が世話を焼こうとして、女子全員に疎まれた。眼が色を認識出来ないことを知られていたから、その辺で軽くいじめられた。

 ────ものをかくされたけれど、せんせいに「どんなもの? いろ、は?」と、きかれて、こたえられなかった。


 高校へは行っていない。このせいか、女は引き籠もりがちになった。両親すら、女を恥じているようだったから、女のこの行動は願っても無かったらしい。

 ちちとははのかおは、いつもゆがんでいた。




「……玻璃はり

 女は、はっとした。玻璃、は女の名だ。呼ばれるたび、嫌がらせかと女は自嘲する。この名は硝子を表す。硝子細工。壊れてしまえば、用無しになり、あとは捨てられて、終わる。

「何? ……倫臣みちおみ

 女は、玻璃は、自身のくだらない思考を読まれたくなくて。柔和に微笑む男、倫臣、と、言う名前の婚約者・・・に訊き返した。突っ慳貪な言葉遣いに、倫臣はやっぱり苦笑して、ただ、「片付けて良いの?」と言って来た。多分、指すのは、このやる気が失せて玻璃が放置した、カンバスだろう。

「ん」

 婚約者の厚意にあからさまに甘えて置いて、一声だけの返答。

 この横柄さ。いい加減、突き放されるだろうに。玻璃は思う。


 そう考えても改めないのは、どこかでまだ両親含む自分を差別する一族へ、反発してるからなのか。倫臣は、体良く玻璃を押し付けられた、知り合いの憐れな次男坊だから。

 倫臣も倫臣だ。そろそろ数年が経つと言うのに、玻璃はこの態度なのだから、愛想くらい尽かしても良さそうなものだが。

 ……あぁ。そうか。玻璃は思い改める。私など、今更どうでも良いのだろう、と。


 次男坊の彼は、長男のお兄さんがどうにかならない限り生家の家長にはなれない。生家で従うくらいなら、長になれるなら、ウチのような成り金だってマシなのだろう。片付けられるカンバスを尻目に、玻璃は今度こそ煙草に火を点けた。着物の袖を、鬱陶しいのと火を避けるので、退けながら。


「────」

 カンバスの絵を見て、倫臣が一瞬驚いて、次いでうれしそうに破顔したのは、見なかったことにして。


「……」

 煙草を吹かしてふと思い立つ。

 今日はお隣さんが一日静かだった、と。


 いつもなら、お隣からは[音]が聴こえて来るのだ。不定期に。だけれど毎日。


 それは弦楽器の音で近代的な匂いのする音で。

「留守、かな」

 きっとギターだろうと、玻璃は勝手に決め付けていた。



 

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