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褒められたから。

  目を覚ました時、俺は自室のベッドに寝転んでいた。

 

 俺は横になったまま、しばらくぼんやりと、見慣れたいつもの白い天井を見つめた。

 ……何だか妙な夢を見ていた気がした。突然天井に黒い「もやもや」が現れたかと思うと、その中から黒いローブに巨大な鎌を持った、『死神』を名乗る少女が降って来たような……。


「……ふ、ふふ」


 そこまで回想して、思わず口から笑いが漏れてしまう。


 冷静に考えて、そんな馬鹿げた状況(コト)起こる訳がない。

 あまりに死にたすぎて、『死神』がやってくる夢まで見てしまうとは……。


 しかもその『死神』は、よくあるドクロの顔などでは無く、何とも可愛らしい幼女の姿をしていた。俺は急に恥ずかしくなって死にたくなった。こんな夢、もしクラスメイトに知れ渡ったら卒業まで、いや一生の笑い者にされてしまうだろう。せっかく硬派で通して来た俺のイメージが台無しになってしまう。夢で良かった……と苦笑いしながら、俺はベッドから這い出した。


「……うぉおおおッ!?」


 だが、俺の足は床には届かず、その代わり真っ赤な水の底に沈んでいった。俺はギョッと体を強張らせた。いつの間にか俺の部屋が、まるで浸水したみたいに赤黒い血の池で満たされているではないか! 目の前の光景が信じられず、俺はあんぐりと口を開けた。


「あ、篠崎さん。起きました?」

「うわぁあああっ!?」

 突然横から声をかけられ、俺は思わず池の中に顔を突っ込みそうになった。声の主……俺の机の上に腰掛け、パシャパシャと楽しそうに水面を足で叩いているのは……夢にまで見たあの死神の少女であった。


「……イオッ!!」

「名前、覚えてくれたんですね!」

 イオが顔を綻ばせ、嬉しそうに目を輝かせた。俺は少女の手に握られた鎌を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。夢、ではなかったのだ。俺がおでこに手を当てると、ぱっくりと鎌で切られた痕が残っていた。俺は慌てて手を引っ込めた。俺は水浸しになった床を指差して叫んだ。


「どうなってんだよこりゃ……俺の血か!?」

「これは血じゃありません。篠崎さんの『生体エネルギー』です」

「生体エネルギー?」

 イオがほほ笑んだ。

「ええ。死神の鎌で切るのは肉体にあらず。人々の魂、生命力、生きる根源。生きたいと願う欲求……まぁ呼び方は様々ですが。そういう生のエネルギーのことです」

「これが俺の、魂……!?」

 俺は自分の部屋に溢れかえった、己の『魂』……『生体エネルギー』とやらを見つめ慄いた。


 ……『魂』と言われると、何となく火の玉のようなものをイメージしていたが。俺のは随分と水っぽい『生体エネルギー』のようだ。俺の魂はドス黒く、濁っていた。


「じゃ、じゃあ俺は……死んだのか?」

「いいえ」

 イオが首を横に振った。

「まだ死んじゃいません。『生体エネルギー』を体内に戻せば、元通りになります。ただ……」

「ただ?」

「気をつけて下さいね。『エネルギー』を外に出しっぱなしにしておくと……そのうち元に戻れなくなりますから」

「……!」


 白い歯を光らせて笑うイオの前で、俺は急に寒気を覚えてブルッと体を震わせた。

 確かに俺は死にたいが……それも生きているからこそなのだ。本当に死んでしまっては、死にたくなることさえできない。それはちょっと困る。部屋中に溢れる赤黒い池を見渡して、俺は途方に暮れた。


「戻せったって……こんな量……」

「ええ。量もだけど、特にこの色!」

「え?」


 さっきからイオはパシャパシャと、なんとも楽しそうに俺の『生体エネルギー』を足蹴にしていた。


「こんなに濁った色は、初めて見ました! 『生体エネルギー』というのは、持ち主の人格や考え方、生活習慣などを色濃く反映するんですが……」

「…………」

「まるで生命の輝きを感じられない! それに、この水のような形状!」

「…………」

「見て下さい。上から下へ……常に低い方、低い方へ……『低み』を目指して流れ堕ちて行く、水のような動き! これが篠崎さんの、魂の行動なんです!」

「……めろ」

「これじゃ『生体エネルギー』じゃなくて、『死に体エネルギー』ですよ!」

「やめろッ! もうやめてくれッッ」


 俺はとうとう耐えられなくなり、両耳を塞いで崩れ落ちた。

 死にたい。自分の死にたい気持ちを可視化されるなど、まさかそんな辱めを受けるとは、夢にも思っていなかった。


「あ!」

「今度は何だ!?」

 俺は泣きながら喚いた。突然イオが大声を上げ、俺の『生体エネルギー』……いや『死に体エネルギー』を指差した。


「見て下さい、篠崎さんの『死に体』が、移動を始めました!」

「オイ! 仮にも人の魂を、雑に略すなよ!」


 見ると確かに、さっきより水かさが減っているような気がした。部屋の扉を開けると、俺の濁った『死に体』が、ゆっくりゆっくりと階段を伝って下へと流れ始めていた。俺はオロオロと死神少女を振り返った。


「どうすんだよこれ!? 早く俺の中に戻さないと、マズいだろ……」

「『生体エネルギー』同士で呼応してる……。凝縮された高濃度の『負のオーラ』は、他の人の『邪念』や『害念』を引き寄せやすくなると言われています」

「その、『負のオーラ』だとか『邪念』だとか……次々と俺の魂に『汚名』をつけないでくれないか?」


 イオは俺の小声には気付かず、階段の下を指差して言った。


「ついて行きましょう! きっとこの近くに、別の死にたい人がいるはずです!」


 俺とて、自分の『魂』が勝手に外をほっつき歩いて、車にでも打つかったらたまったもんじゃない。このまま放っておく訳にも行かなかった。何より、巨大な鎌を持った少女にそう言われては、俺も従わざるを得なかった。こうして俺は夢から飛び出してきた死神少女と、俺の魂を追って外へと飛び出した。


□□□


「見て下さい、あそこ!」


 家を出てからも、俺の魂……『死に体』は溶岩のようにゆっくりゆっくりと道の端を移動し続けた。三丁目の角を曲がった辺りで、イオが何かに気がついたように先を指差して叫んだ。目を凝らすと、数十メートル先に、電柱に顔を打ち付けるスーツ姿の男が見えた。その異様な光景に、俺は思わず立ち止まった。


「何じゃ、あの人……」

「きっとあれが、死にたい人ですよ!」

 死神のイオがちょっと嬉しそうに笑った。下を見ると、確かに俺の『死に体』は、電柱に頭突きする男めがけてその先端を伸ばしつつあった。


 俺たちは慎重に男の元へと近づいて行った。日曜の真昼間だというのに、しっかりビジネスマンスタイルのその男は……俺たちに気づく様子もなく、ひたすら頭を電柱に打ち付けていた。


「何じゃ、こりゃ……!?」

 俺は思わず息を飲んだ。


 よく見ると男の背中に、俺の部屋に出てきたような、黒い「もやもや」が纏わり付いていた。正確には、黒い虎のような……煙でできた、巨大な生き物の形をしていた。『電柱の男』は黒い獣にも気づいている様子はなく、さっきから苦悶の表情でブツブツと唸っていた。


「ダメだ……もうダメだぁあ〜……もう終わりだ、僕はもう終わりだぁ!」

「あれは……」

「……あれがあの人の、『生体エネルギー』ですね」

 隣でイオが呟いた。


「魂が形になった姿……だけど少し、哀しい姿をしてますね。きっと篠崎さんと同じで、『死にたい』気持ちが己の魂に影響して……『死に体エネルギー』へと変貌を遂げてしまったのでしょう」

「もう嫌だ、死にたい! 死にたいぃい!」

「う……!」


 俺は思わず後ずさった。男は相変わらず頭を打ち付けている。よく見ると傷になったおでこから、俺と同じように、黒い「もやもや」が溢れ出してきていた。背中に乗った黒い虎が、俺たちに気づいたようにこちらを睨んだ。イオが鎌で俺を制した。


「気をつけて下さい。剥き出しになった『生体エネルギー』同士は、相手の生命力を取り入れようと襲ってくるケースも……」

「……うおぉおッ!?」


 イオが言い終わるか否かのうちに、突如目の前の虎が、呻き声を上げて俺に飛びかかって来た!

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