刺さったから。
死にたい。
昔からずっとそう思っていた。
特に死にたい理由があるわけではない。
毎日の「おはよう」とか「今日晩ご飯何?」と同じで、俺は今日まで生きている間、何かと記憶をドス黒い感情で埋め尽くされたり、胃の中に重たい石を落とされる感覚に襲われるのだった。
これが思春期と言うやつだろうか。
とにかく俺は、
学校に行きたくないから死にたい。
将来に希望が持てないから死にたい。
女の子と仲良くできないから死にたい。
それどころか、男友達とも馬が合わないから死にたい。
頭が悪いから死にたい。
顔はもっと悪い、死にたい。
卒業して働きたくない、死にたい。
運動ができないから死にたい。
とにかく死にたい。
金もない、死にたい。
親がウザイ。先生もウザイ、死にたい。
あと、とりあえず学校に行きたくないから、死にたい……。
……なんて具合に、パッと思いつくだけで十の十乗くらいは、死にたい理由をいくらでも挙げることができた。「死にたい理由がない、困った」なんてやつがいたら、いくらでも俺が力になってあげられるのに。残念ながらいまのところ、世間にそう言った商売はないようである。
そこまで考えて、俺は急に死にたくなってしまい、ベッドの上で寝返りをうった。
……さらに死にたくなってくるのは、どうやら死にたいと思ってる高校生は、この世界に俺一人ではないということだ。事実、ネットを検索すればいくらでも「死にたい人」は見つかったし、実際死にかけている人も大勢いた。
俺はベッドに横になったまま、ウェブサイトの匿名掲示板を開いた。ここでは世界中の人が、毎日イロイロな理由で死にたがっている。こう言う言い方で良いのか分からないが、俺にはそれが頼もしかった。
俺は高校では孤独だったが、この世界に一人ではなかったのだ。
俺みたいな「死にたい」理由を抱えているやつが、世間にゃゴマンといた訳だ。
中にはそんな理由で死ななくても……なんてやつもいたが、人が抱えている闇は、当の本人にしか分からない部分もあるだろう。俺にとって特に何でもないことが、画面の向こう側にいるやつにとっちゃ、生死を賭けた大問題かも知れないのだ。だから同じ「死にたい」者同士として……暗黙の了解ではないが……俺もたまにそんな奴を見かけても、あまり深くは追求しなかった。
さぁて、今日はどんな理由で死にたがってやろうか。
俺はいつものようにサイトに書き込まれたコメントを確認しつつ、死にたくなった。いっそもう死んでやろうか。そう思いながら、俺はベッドで微睡んでいた。
「ん?」
すると、突然天井付近に黒い「もやもや」が出来始め、俺は目を擦った。
……疲れているのだろうか。目の前がかすんで見える。黒い「もやもや」は、俺がぼんやりと口を半開きにしている間にも、どんどんと大きさを増して行って……。
「だめ〜っ!! まだ死んじゃだめです〜っ!!」
「どわぁあっ!?」
突然、「もやもや」の中からにゅっ!! と大きな銀色の鎌が降ってきて、俺の眉間に突き刺さった。
「ぐあああああっ!?」
「だめっ! まだ死なないで、篠崎さん!!」
「ぎゃああああああああっ」
「まだ若いのに! 死に急ぐ必要はないわっ!! 死んじゃダメよ!!」
「ぎゃあああああ、あああああっ………ぁ」
「篠崎さんだって、生きていればきっと明るい未来が……あら?」
俺の視界は、あっという間に噴水のように吹き出た血で染まった。あまりの出来事に仰天していると、天井の「もやもや」から小柄な少女が降りてきて、不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。
「……死んでる」
「死んでねェわ! てかテメーが殺しかけたんだろうが!!」
俺は巨大な鎌を眉間から抜き取って飛び起きた。
ドクドクと流れ落ちる血が俺の上半身とベッドを濡らし、部屋は瞬く間に真っ赤に染まった。
一体何が起こったのか、さっぱり分からなかった。
俺は言葉を失ったまま、突然部屋に降ってきた少女と、それから両手にべっとりとついた己の血を眺めた。黒いローブに身を包んだ少女は、両手に構えた、自らの頭身よりも長い鎌をぎゅっと握りしめながら小首をかしげた。
「あれ? 篠崎さん、まだ死んでませんね?」
「いや待て待て待て! まずテメーは誰だ!?」
止まらない流血に途方に暮れながらも、俺はとりあえず謎の少女から後ずさった。見た目からして小学生くらいのその少女は……銀色の髪に、真っ赤な眼をしていた……おかしそうに笑った。
「自分の命よりも先に、私のことが気になるんですか? 篠崎さん」
「な……何で俺のこと知ってんだよ!?」
俺も気が動転していたのだった。
突然天井に黒いシミができたと思ったら。
突然鎌が降ってきて。
突然部屋に見たこともない少女がやってきて。
突然俺を刺し殺した。
……と思ったが、俺はなぜか、まだ生きていた。
「こっちじゃ有名ですよぉ。篠崎正直さんでしょ?」
「こ、こっち?」
「私が棲んでるところです。つまり……」
着ている衣装を俺に見せつけるように、少女はその場でくるりと回った。やっている事を除けば、何とも可愛らしい仕草の、幼気な少女だった。
「分かりませんか? ほら……」
「えぇ……?」
銀髪の少女は……真っ黒なローブに、趣味の悪いドクロのネックレスをしていた……困惑する俺を見てクスクスと笑った。俺の方はと言うと、ただ困惑するだけでなく、頭の中央から滝のように血が溢れ出ている最中だったので、笑顔を見せる余裕すらなかった。
「いや分かンねえよ。アンタ見たこともねえし! 誰だよ!? 俺に何の用だ? 何で俺の事知って、てか何で俺まだ生きて……!」
「私は、死神のイオ」
少女はほほ笑んだまま、俺にそう名乗った。俺はその場に突っ立ったまま、開いた口がふさがらなかった。ついでに血も止まらなかった。
「は……?」
「ほら、この黒いローブ。それにこの鎌。死神っぽいでしょ?」
「は?」
……どうやら冗談でも何でもないらしく、銀髪の少女は楽しそうに、今度は反対回りにくるんと一周して見せた。血塗られた大きな鎌が、蛍光灯の紐に当たってカラン、と音が鳴った。俺はさらに大量の血を流し、一層あんぐりと口を開けた。
「……あなたを助けに来ました、篠崎正直さん」
「はぁ」
「あなたが死んだら……イオの、死神としての仕事が増える」
「……ん?」
「このままでは死神が過労死してしまいます。篠崎さん! あなたの、その能力で!」
「俺の? 能力?」
俺は目を白黒させた。自称死神少女が力強く頷いた。
「あなたの、『いつも死の理由を考えている』、『誰よりも死にたがる』能力で!」
「死にたがる能力……」
……何だかロクな能力じゃないような気がして、俺は急に死にたくなった。
死神のイオ、と名乗った見知らぬ少女が、死にかけている俺の手をギュッと握りしめた。
「イオといっしょに、死にたがってる人々の『死の理由』を突き止め! 死神界の残業問題を救ってくださいっ!!」
……記憶にあるのは、そこまでだった。そこで俺はとうとう昏倒してしまい、自ら流した血の海に倒れ込んだ。
それが毎秒死にたかった俺と、少しでも楽をしたい死神のイオとの、初めての出会いだった。