夢?の魔操法
……同じ国で、こうも違うのか。検問所を抜けたら、そこは別世界でした。
「なんかアコニ領と雰囲気が違いますね。みんな笑顔で活気を感じます」
セットの言う通り、アブフェル領の人達からは活気を感じる。生きているのが、楽しいって感じだ。
……裏家業のおじさんには眩し過ぎる。
「アコニ領は経済が低迷して、日々の暮らしに事欠く庶民も少なくない。働いても、生活が苦しいんだよ。それに比べてアブフェル領は経済が発展しているから、働けば働く程、生活が良くなるのさ」
でも、光が強い程、その闇は濃くなる。つまり、俺みたいな人間が稼げる訳だ。
「主、こういう事を聞くのは失礼かもしれませんが、家族に会ってみたいとは思わないのですか?」
セットが遠慮がちに尋ねてきた。多分、さっきの会話を聞いて気になったんだと思う。
「五歳までしか一緒にいなかった所為か、家族って言われると前世の家族を思い出すんだよな。今さらノコノコ顔を出す気にはなれないよ。それに住んでいる所どころか、名前すら分からないんじゃ探しようがないさ」
母親は騎士の家系らしい。俺が息子ですと証明できる物がないのに、“生き別れた息子です”って言っても偽物だと疑われるのがオチだ。
「主は、お強いんですね……王都に行くって言いましたけど、まさか歩いて行くつもりなんですか?」
……正確には強くなったんだ。前世で家族から引き離された頃は、寂しくて毎日泣いていたんだし。会えるのは盆と正月だけ……行きたくないって言って、爺さんにしかられたっけ。
「近くの町か村で王都までの距離を聞いてから決める。そういや、こっちの世界の人間って凄いよな。ガビアもそうだったけど、体つきは細いのに力持ちでよ」
重そうな荷物を持った少女が、結構な速度で俺を抜いていったのだ。木こりをしていたから、身体能力には自信があったんだけど修行をする必要があるのかも知れない。
「……主、まさかと思いますが、身体に魔力を流していないんですか!?」
なに、それ?体に魔力を流すって、ラノベやゲームじゃないんだから……って、ここは異世界か。
「セット、教えてくれ。魔力を流せば力が強くなるのか?」
そんな便利な方法があるのなら是非知りたい。
「魔操法を知らないんですか?魔力を流さないで、あんな身のこなしが出来るなんて信じられません。身体に魔力を流すと、一時的に身体能力を上げる事が出来るんですよ」
騎士等の近接職は魔操法に長けた者が重用されるらしい。だから、あまり筋肉をつけると格下に見られるそうだ。
魔力の使い方は、この間覚えた。試しに身体に魔力を流してみる。
「これは凄い。まるで風になったみてえだ……ジャンプ力も上がっていやがる」
足に魔力を流してジャンプをしてみると、三m近く飛び上がる事が出来た。
(これに猿飛の術を応用すれば、移動が便利になるんじゃないか?)
猿飛の術は、漫画や時代劇に出て来る忍者が良く使う技だ。木々の間を猿の様に飛び交い、高速で移動していく……でも街に生えている木は、街路樹位である。下手に使えば木の下に追手が集結なんて事になりかねないのだ。
第一、そんな身体能力を持っている奴なんている訳がない。車やバイクを使って逃げた方が、よっぽど安全だ。
この世界での移動手段は徒歩か馬である。多くの森が残っている。飛竜なんてのもいるらしいが、使えるのは一部の特権階級のみだ。
「あ、主、早過ぎます!目立ちまくってますよ。それに王都が、どこにあるか分かっているんですか?」
セットの言葉で我に帰る。早く走れたのが嬉し過ぎて、調子に乗ってしまったらしい。
「折角早く走れても意味がないか。王都か……標識があれば、ありがたいんだけども」
地図が欲しい所だけど、きついと思う。領地の詳細な地図は機密事項なんだし。
ナビアプリは解禁条件を満たしていませんって、表示されて使えなかった。
どうするか考えていたら、ポケットの中で何かが揺れていた。
動いていたのはスマホである……前世からの癖で、マナーモードにしてたのだ……忍んでいる最中に着信音がなってバレたら、間抜け以外のなんでもない。
(ナビアプリ解禁のお知らせ?条件は修行アプリを見て下さい?)
……もう修行したくないんだけどな。下手に触って修行開始とかなったら、嫌だから触らなかったのに。
恐る恐る修行アプリをタップ。
ナビアプリ解禁条件 1・魔操法を使って指定された町インスパークまで走れ 2・指定された部位にのみ魔力を流せ 3・マスクを着けて走れ
マスクなんて持っていないんだけど思っていたら、スマホが光った。そして俺の手の中にマスクが出現……これを着けて走れっていうのか?
現れたのは、セクシーな唇が描かれたマスク。ご丁寧に生地が肌色になっており、俺が口紅を塗っている様に見えてしまう。
「……主、頑張って下さい」
まあ、あまり目立つ様なら外せば良い。それにきちんと見れば絵だって分かるし……そう思っていた自分をぶん殴りたい。
このマスクはマジックアイテムらしく着けた途端、描かれた唇が立体化したのだ。ローズピンクでプルンプルンなセクシーリップです。
しかも、顏と一体化していて、隣町に着くまで外せないらしい。
こうなりゃ、魔操法を使って速攻指定された町に行ってやる。
◇
……きつい。身体の一部のみに魔力を流す魔操法がこんなにきついとは。
(確かにこれも一部だけどよ……絶対明日筋肉痛だぞ)
俺は今時速四十キロで走っている。そして俺が魔力を流しているのは、足の一部の筋肉。
つまり魔力を流していない残りの筋肉は、無理矢理時速四十キロで走らされている事になるのだ。
しかも、魔力を流せる筋肉は分単位で変化していく。絶対に満遍なく筋肉痛になってしまう……明日トイレ行けるかな。
そして追い打ちを掛けているのが、心臓と呼吸器官。魔力を流せていないから、こっちもかなり苦しい。まるでオーバースペックなエンジンを搭載してしまった車である。
足の裏や関節に魔力を流せているのが唯一の救いだ。
「主、もう少しゆっくり走ってもらえませんか?足が千切れそうです」
ちなみにセットにも課題が出された。高速で走る俺に掴まって飛ばされない事だそうだ……出来る事なら俺もそうしたい。
「さっき休んだ分を、取り戻さないと駄目なんだよ。俺も頑張るから、お前も頑張れ」
走り出すと同時にナビアプリお試し版が起動。空中に半透明のディスプレイが表示され、進む方角を教えてくれた。それだけじゃなく、今の時速や残り距離も表示されるのだ。
これ以上スピードを落としたら、間に合わない……さっきの町美味そうな匂いしてたのに。
指定された町はかなり遠く、もう何か所もの町や村を通り過ぎている。いや、マスクの所為で白い目で見られて立ち寄れなかったってのも大きいんだけどね。
◇
指定された町インスパークに着いた頃には、もう日が暮れかけていた。八時間耐久マラソンは、遉きつかったです。
着いた頃には、俺もセットもボロボロになっていた。
「流石に何も食いたくないな」
どれだけ高くても良い。ゆっくり眠れる宿屋を探そう。
服が変わった所為か、今回は早めに宿屋が確保出来た……いや、美少女だ未亡人だって贅沢を言わなかったのが大きかったんだけど。
「すみません。僕は先に休ませてもらいます」
部屋に入るなり、セットは泥の様に眠り始めた。無理もないと思う。ほんの数日前まで、鍛錬とは無縁の生活をしていたんだから。
(修行か……今日は養成学校の鍛錬と同じ位きつかったな)
俺の通っていた忍者養成学校は、かなりハードで毎日くたくたになっていた。
まあ、そのお陰で無事に任務をこなせたんだけども。
……待てよ、今日の要領で鍛錬すれば、かなり強くなれるんじゃないか?それこそ、オーガと真っ正面から戦える位に。
魔操法は確かに便利だ。でも、それに頼りきっていたら実力は伸びない。今日の要領で鍛錬すれば、全身を鍛えられる筈だ。