悪癖?
夜通し走ったお陰で、無事に逃げる事が出来た。今俺がいるのはアブフェルと隣接している宿場町。
追手を撹乱する為、俺は一端王都方面に逃げた。時間稼ぎの為、馬は途中で乗り捨てておいた。
早朝にもかかわらず、町は活気に満ち溢れている。耳を澄まして聞いてみると、アブフェル領に行く商人とそれを護衛する冒険者の様だ。
そしてそれの人々を相手に朝食を売る屋台も出ている……腹が減っているし、思えばこの世界に来てから碌な物を食べていない。
フライドポテトにバケットサンド。流石に米飯は売っていないが、様々な食べ物が売られていた
「朝飯食べていくぞ。セット、お前は葉っぱしか食えないのか?」
一応、セットがとまっていたコナラの葉っぱ何枚か持って来ている。
「コナラの葉っぱはが一番好きですけど、野菜や果物も食べられますよ」
セットはあくまで精霊であって、生態はナナフシと違うそうだ……そうでなきゃ家族一人一人で飯がバラバラになるもんな。ドラゴンやナナフシに虫を食べろってのも、酷な話だし。
「それじゃ、すみません。チキンのバケットサンドを一つと、サラダを一つ」
バケットサンドは手渡しだけど、サラダは木の皿でやってきた。食べ終わったら返すシステムらしい。
サラダの皿をセットの前に置くと夢中になって食べ始めた。
ちなみにアボカドが入っているサラダも売っていたが、セットにとって毒かもしれないので今回はパスしておく。アボカドを食べられるのは人間と数種の虫だけらしい。
(おっ!うまい。ハーブが効いていていけるな)
色んな町で美味い物を食べ歩く旅なんてのも、良いかもしれない。
「主、これからどうするのですか?」
飯を食い終わってボーっとしていたら、セットが話し掛けてきた。
当面の生活費は確保出来ている。次はどう生活基盤を築くかだ。
いつまでもアコニ領にいたら、そのうち捕まってしまう。自領でなら適当な罪をでっちあげて、俺を逮捕する事くらい容易い。
「とりあえず他領に逃げる。行き先はアブフェル領だ」
アコニ領になんの未練もない。今の俺は天涯孤の身。誰にも気を使う必要がないので、これからは他領で生きていくつもりだ。
「アブフェル……トム君のお姉さんに会いに行くんですね」
いつまでも形見の品を持っていたら、寝覚めが悪い。しかし、問題は信用してもらえるかどうかだ。
「その為には検問を通らないと、駄目なんだよな…さて、どうすっかな」
アブフェル領に行くには、検問所を通らなきゃいない。身分証明書でもあれば簡単に通れるんだろうが、俺は戸籍があるのかも分からない人間なのだ。
「主なら簡単に超えられるんじゃないですか?」
セットの言う通り、物理的に領境を突破するのは簡単だ。でも、それじゃつまらない。何よりこれはテストだ。忍びとして異世界で生きていけるかのテストである。
「公式な手続きを踏まないと、向こうでもお尋ね者になるだろ?それに面白くないし、遁術だけが忍びの技じゃないって事を見せてやるよ。まっ、忍びのプライドってやつさ。俺は隠形術も得意なんだぜ」
隠形術、早い話が変装だ。俺のクローゼットにはカツラや各種制服が揃っていた。俺の死後あれを見つけた人はなんだと思ったんだろうか。
「つまらないとか、そういう問題じゃないと思うんですけど」
セットが不服そうに呟く。若いんだから、もっと冒険した方が良いぞ。
「まずは宿屋を探す。とりあえず、寝ようぜ」
睡眠不足は判断力を鈍らせてしまう。追いつかれる危険性もあるが、少しだけでも寝ておこう。
出来たら看板娘がいる所か、色っぽい未亡人が営んでいる宿屋を希望します。
◇
甘かった……今の俺は一人旅をしている子供だ。金を持っていると言っても信用される訳がない。
好みの女主人が営んでいる宿屋があったけど、宿泊を拒否されました……俺の予定では“一人旅は大変でしょう?うちに泊まりなさい”ってなる予定だったのに。
「まだ大丈夫だ。まだ行っていない宿屋もある」
宿場だけあり、宿屋の数はかなり多い。きっと美少女看板娘が俺を待っている筈。
「主、もう町はずれですよ」
さっきから宿泊拒否されまくりだ。理想の宿屋を諦めて妥協した言うのに……このままでは、野宿になってしまう。
「坊主、宿屋を探しているのか?それなら、うちに泊まっていきな」
そんな俺に声を掛けくれたの人の良さそうなお爺さん。宿屋はおんぼろ……レトロで素敵です。まあ、寝れれば、どこでも良い。
「ありがとうございます。泊まれる宿屋が見つからなくて、困っていたんです。あっ、僕の名前はジン・フォーレです。お爺さん、一晩お世話になります」
純真な少年の仮面をかぶり、上目使いでお爺さんを見る。
「ぼ、僕?主、忍びのプライドは、どこにいったのですか?」
忍びの技にはプライドはあるが、男の面子みたいなのは一切ありません。演技で騙すのが忍びなのだ。
「この街はアブフェル領を目指す旅人が大勢訪れる。宿屋が客を選べる位にな」
ネットがないから、悪評も立ち辛いと。日本でも少し前は観光地に行くと、泊まらせてやるって感じの旅館があったもんな。
◇
部屋は綺麗に掃除されており、快適に休む事が出来た。
セットがまだ寝ているので、その間にスマホを使って検索を行う。今回調べるのはギルドだ。
まずお約束の冒険者ギルド。
冒険者ギルドは半官半民の団体です。騎士がやりたくない仕事を配下に押し付けたのが冒険者ギルドの始まりと言われています。
そしてお約束ですが、討伐や護衛が主な仕事になっています。
でも、ある程度の文化を持っている魔族や魔物を倒し過ぎると、恨まれますので注意して下さいね。依頼の裏を読むのが大切なんですよ。
実力があれば貧民街出身の人間でも、貴族並みの生活が出来る可能性があるので加入希望者が後を絶ちません。
高ランクスキル所有者なら、無条件で合格出来ますが低ランクスキル所有者の場合は低ランクのテストを受けないと所属出来ません。
……テストか。受かる自信はあるけど、怪しまれる危険性もあるな。
次に調べるのは、商人ギルド。
商人ギルドは,相互互助組織です。情報の共有や、適正価格の維持に努めているそうですよ。また問屋の役割も担っているんです。商人ギルドに入る条件は一定以上のお金を所有している事です。
一定以上の金額か……これは助かる。
◇
セットを起こし、街へと出掛ける。スマホで時間を確認すると、午後一時になっていた。
「主、いよいよ検問を抜けるのですか?」
セットが興奮気味に話し掛けてた。セットにしてみれば、ようやく旅が始まるって感じなんだろう。
「先に古着屋に行く。この恰好じゃ、どこに行っても怪しまれるからな」
今俺が着ているのは、木綿のチェニックとパンツ。どっちもサイズが合ってないし、持ち主が何人も変わっている所為でボロボロだ。日焼けやなんやらで、元がどんな色だったのかも分からない。
「主の動きが激し過ぎて、破れてしまった所がありますもんね」
サイズが合っていないのに激しく動いた所為で、あちこち破れている。このままでは怪しまれるだけでなく、上手く動けずに命を落としてしまう危険性があるのだ。
古着屋で薄い緑のチェニックと、茶色のパンツを購入。料金を追加してサイズも合わせてもらう。
「同じサイズの服とパンツを数点ずつ下さい。それと革袋があったら、売っていただけますか?」
最初は怪しんでいた店主だが、現金を見せると揉み手をして近付いてきた。
「お客様、若いのに物を分かっていらっしゃる。もちろん心も大切ですが、旅をするなら見た目にも気をくばらないといけません。このボロ着は捨てておきますね」
店主の言う通り、さっきの服では検問で止められる可能性が高い。
「それはまだ使い道があるので、持って帰ります。この辺に行商に使える樽を売っているお店はありますか?」
この世界の行商人は樽を背負って、町々を巡る。無論、俺みたいな収納スキルを持っている人もいるだろうが、例外なく樽を背負っているのだ。
「お客様は商人を目指すのですか。それでしたら、少し値が張りますが、腕の良い職人がおりますよ」
古着屋の店主に礼を言い、教えてもらった店を目指す。
「主は商人になるんですか?それなら先に商人ギルドへ行った方が良かったに……今の持ち金なら、合格確実ですよ」
商人ギルドに入れれば、確かに便利だと思う。でも、それはまだ早い。
「俺は商人を目指している少年って言う設定で、検問を抜ける。商人ギルドに行って、金の出所を探られたらやばいしな」
一定以上の金額を所持しているって言うのは、稼ぐ才能があるか見定める為だと思う。商人の跡継ぎや騎士の次男坊とかなら問題視されないだろう。でも、何のバックも持たない俺が多額の金を持っていたら、絶対に怪しまれる。通報される危険性もあるのだ。
「それでしたら、わざわざ樽を買わなくても」
確かに樽を買わなくても、検問が通る自信はある。俺にとって大事なのは、樽につけるオプションなのだ。
古着屋の店主が教えてくれた店には、大小様々な樽が売っていた。
「すいません、行商用の樽を売って下さい。それと樽の上に籠を付ける事は出来ますか?」
籠の中に商品を入れて、何を売っているか宣伝する行商人もいるので、不思議な注文ではない。もっとも、俺にいるのは商品ではなく、精霊なんだけど。
こうしておけば、派手に動いてもセットを落とす事はないだろう。
◇
俺はその足で、検問へと向かった。アブフェル領を目指す人は多いらしく、検問所には長蛇の列が出来ている。
検問所は堅牢な造りで数人の騎士が警備をしていた。
「ようこそ、アブフェル領へ。初めての方で身分証明書をお持ちでない方は、こちらに並んで下さい」
爽やかな笑顔を浮かべた騎士が愛想よく入領希望者をさばいている。
(随分と愛想の良い騎士だな。お国変われば騎士も変わるってか)
連れて来られたのは狭い小部屋。後ろからは二人の騎士がついてきている。
「次の者。名前と目的を述べよ」
部屋の中にいたのは厳めしい中年男性。鑑定してみたら、嘘判定のスキルを持っていた。
名前はトーマ・クイーフ。身分は騎士。戦闘向けのスキルを持っていないから、適材適所ってやつか。
嘘判定のスキルがあれば犯罪者がアブフェル領に入る事を水際で阻止できる。検問にはうってつけの人材だと思う。
ちなみに今の俺は商人を目指す臆病な少年……っていう設定だ。わざと顔を伏せて、怯えている雰囲気を出す。
「ジ、ジン・フォーレ十五歳ですっ!商人を目指しています」
嘘はついていない。俺はアブフェル領に入る為に商人になる準備を整えた。それに行商人の真似事をしながら、トムのお姉さんを探す予定だ。
「嘘はついていないな。ジン・フォーレ……もしかして君の父親は木こりかい?」
少しだけ男性の表情が柔らかくなった。ここは憐憫の情にすがるチャンスだ。
「そうだったと聞いています。でも、僕は小さい頃に捨てられたと、親方に教えてもらいました」
顔を伏せて涙を零す。忍び時代から嘘泣きは得意だった。必要なら泣いて喚いて許しを乞う位平気である。
「親方が、そう言ったのだな。君は家族の名前……例えば母親の旧姓とか覚えているかい?」
男性の言葉に親しみがこもっている。俺の家族を知っているんだろうか?
「いいえ、旧姓どころか家族の名前すら覚えていません……ただ、幼い頃は温かな幸せに包まれていた事だけは覚えています」
俺が覚えているのは、父親が木こりで母親が騎士の娘だったという事。そして、妹が高ランク紋章の持ち主で、それが原因で俺を残してどこかへ逃げたという事だけだ。
「……そうか、頑張って商人になれよ。一ヶ月以上の滞在になるのなら、町役場に逗留税を払う様に。通ってよし……次の者」
無事に検問を抜ける事が出来た。とりあえず、アブフェル領がどんな所なのか、自分の目で確認しよう。




