忍びの戦い方
先回りして、ガビアの行く手を塞ぐ。巻き込んだらまずいので、セットを木に移しておく。
……復讐の開始だ。低ランクってだけで、若い命を奪われた子供達の敵討ちである。
「よお、ガビアの旦那。そんなに急いでどこにいくんだい?」
もう敬語を使う必要はない。アコニ領で木こりをしていたジンは死んだ。ここにいるのは、天涯孤独な忍び。誰に遠慮する必用はない。
「お前は誰だ?……まさかジンなのか!?早く、そこをどけ」
ガビアはかなり驚いていた。俺がため口を使ったってのもあるけど、生きているのが信じられないんだと思う。
「ジンだよ。あんた等に見捨てられた可哀想なジンちゃんだぜ。でも、安心しな。きちんと足はあるからよ」
話し掛けながらガビアを観察する。未だにガビアの動きは素人その物で、到底騎士とは思えない。あの細い腕で、ちゃんと剣を扱う事が出来るのか?
「それなら今度こそ、あの世におくってやるよ」
ガビアはそう言うと、腰の剣を抜いた。途端に足運びや腰の入れ方が一端の剣士の物になる。
(こいつは、剣のスキルを持っていたなよな。剣を構えた途端、動きがましになった……って事は、剣を構える事がスキル発動の条件なのか?)
「それじゃ、お手合わせ願います」
命懸けの検証スタートだ。この世界で生き抜くには、スキル対策は不可欠。
正面から斬りかかり、ガビアの出方を探る。
ガビアは驚きながらも、俺の剣を防いだ。でも、その動きは不自然だ。
(なんだ?今の動きは……もう少し様子を見てみるか)
「スキルを持っていないのに、なんで剣を使えるんだ?いいさ、こいつをくらえっ」
ガビアは剣を上段に構えると、剣を振り下ろしてきた。剣速こそ遅いが、無駄のない綺麗な動きだ。
バックステップでかわし、ガビアの連撃に備える。しかし、ガビアは直ぐには攻撃してこなかった。一度、態勢を立て直してから、また上段から剣を振り下してきたのだ。
(随分綺麗な構えだな。まるで演武だ……それにしても、次への動作が拙すぎる。まるで格ゲーのキャラだ)
ボタン入力が終わった格ゲーのキャラの様に、基本の構えに戻ってから攻撃してきていた。
「それじゃ、こんなのは受けられるかい?」
腰を落とし、地を這う様にして剣を構える。その体勢を維持したまま、ガビアに向かって突進。
「やめろ!その気持ち悪い動きをやめろ」
俺の想定外の動きを見たガビアは慌てふためている。
どうやら、ガビアは決まった攻撃にしか対応できないらしい。
それじゃ、次の検証に移行だ。次に狙うのは、ガビアの剣。這う様な低い体勢から、一気に飛び上がりガビアの剣を斬りつける。ガビアがよろめくが、剣は手放さなかった。あの細い腕のどこにそんな筋力があるんだろうか?続けざまにガビアの右手に蹴りを放つ。
狙うのは、鎧に覆われていない上腕部分。たまらず剣を落とすガビア。力は強いが痛みには弱いと。
「剣を落とした途端、動きが素人に戻ったか。お陰で確信が持てたぜ……それじゃ、あの世でトムやお前が見捨てた餓鬼共に詫びをいれてきな」
剣を構え直し、ガビアの首に狙いをつける。
「待て、いや待って下さい。ほら、俺剣を持っていないから、スキルを使えないんですよ。ジンさんは優しいから、こんな状態の俺に手を出しませんよね?」
ガビアはそう言うと、跪いて許しを乞い始めた。その視線の先にあるのは、自分の剣。隙をついて剣を奪取。そのまま俺を斬り殺す算段か。
「確かに殺したら、お終いだよな」
どうせなら、とことん使い倒してやる。わざと構えを解いて、ガビアの油断を誘う。ガビアが剣の所に行きやすい様に、少しだけ身体を傾ける。
「甘いんだよ。剣のスキルの目覚めたのかも知れないが、戦いに必要なのは経験だぜ」
それは俺も同じ意見だ。
「視線が一点に集中しすぎだぜ……残念ながら、戦いの経験は俺の方が長いんだよ」
俺の脇をすり抜けようとしたガビアの後頭部目掛けて蹴りを放つ。倒れ込んだガビアを蔦で縛りあげる。
「主……ガビアは死んだのですか?」
ガビアを縛り終わると、セットが恐る恐る近付いてきた。
「生きていると思うぜ。無事かどうかは保証しないけどな」
俺はガビアを生かす為に気絶させたんじゃない。気絶って、かなりやばい状態なんだし。
「それなら、なんで縛るんですか?」
答えは簡単。身動き出来なくする為だ。
「オーガに仲間がいるかも知れないだろ?だから、今度はガビアに囮になってもらうのさ」
俺の持っている剣にはオーガの血がたっぷり付いている。そこで、ガビアの剣と俺の剣を交換しておく。そしてガビアをオーガの目線の高さまで吊るし上げればオッケー。幹が離してあるので、暴れたら地面に落下します。
もし、オーガに仲間がいるのなら、仲間の臭いに気付く筈。ガビアにはスケープゴートになってもらうのだ。
◇
ガビアを吊し上げた後、俺はジルト達の泊まる宿屋に向かった。
「主、なぜここに戻って来たのですか?なんか兵隊さんがざわついていますよ。早く逃げましょう」
セットの言う通り、村は騒然としていた。どうやら日が暮れそうになっても、ガビアが戻って来ないので待機していた兵士が報告に来たらしい。
夜になれば魔物の動きが活発になる。宿屋に戻りたいが、ガビアの命令がないと現場を離れる事は出来ない。
「これからの生活に欠かせない物を取りに行くんだよ。セット、しっかり掴まってろ」
セキュリティーシステムのない宿屋に潜入するのは朝飯前だ。
天井裏に忍び込み、ある人物の部屋を探す。そして、お目当ての部屋を見つけると、音もなく降り立つ。
そこは二階にある執事ヤーナイが泊まっている部屋。
「ヤーナイ様ですね。お忙しいところ、申し訳ございません。突然ですが、商談に参りました」
当のヤーナイは、何が起きたのか理解出来ずにいるようだった。
「お前は何者だ?私はジルト様の執事ヤーナイだぞ……」
助けを呼ぼうとしたがヤーナイだが、直ぐにその口を閉ざす。原因は首に突き付けられていた剣。ここで殺すのは簡単だが、子爵家の執事を殺したら後々面倒になる。
「お静かに。手元が狂うといけませんので……俺はオーガの魔石を持っています。良かったら、買ってもらえませんか?俺は旅費が手に入り、ジルト様は名誉を手に入れる。悪い話じゃないと思いますよ」
異空間から魔石を取り出してヤーナイに見せる。
「……断ったら、どうするつもりだ?」
まあ、突然やってきた賊の話に、そう簡単にはのらないよね。
「御次男様の所に訴えに行きますよ……ジルトは手柄の為に、罪のない子供を囮に使いましたってね。でも、安心して下さい。買ってくれたら、王都に行きますので」
今回の件が次男の耳に入ったら、ジルトは確実に跡を継げなくなるだろう……正直言えば、今直ぐヤーナイとジルトを殺してやりたい。
でも、今は無理だ。騎士に囲まれて犬死するだけだ。
力をつけていつか復讐してやる。
「分かった………そこの麻袋に金を入れてある。持って行け」
鑑定してみたら、麻袋の中は大量の硬貨が入っていた。持てない重さではないが、逃亡の足枷。ましてや、ここは二階だ。賊を捕まえて麻袋を取り返せば、一挙両得になると考えているんだろう。
「商談成立です。それとおたくのガビア君を木に吊るしてきました。まだ間に合うと、おもいますよ。それでは、ごゆっくりお休み下さい……セット逃げるぞ」
ヤーナイの目の前で、思いっ切り手を叩く。いわゆる猫だましだ。
ヤーナイが呆気にとられている隙に、麻袋を異空間に仕舞い込む。そして、窓目掛けて突進。
「主、逃げるって……ここは二階ですよ!」
騒ぐセットをスルーして、窓から飛び降りた。だからしっかり掴まってろって、言ったじゃん。
音を立てずに飛び降りたので、兵士に気付かれていない。後は馬を奪って、逃げるだけだ。