ナナフシの精霊?
気が付くと、見知らぬ街の中にいた。不思議な街である。
多分、俺がいるのは広場かなにかだと思う。真ん中に噴水があり、その周りには大小様々なベンチが置かれていた。実用的ではない大きさの物もあり、アート作品かなんかだと思う。
周囲を見渡してみると、街の様子もおかしい事に気付いた。
建物サイズがマチマチなのだ。巨人が棲んでいそうな位どでかい建物もあれば、ミニチュアサイズの家もある。
現状確認の為、情報収集をしたいんだけど周囲には誰もいない。普通、広場って街の真ん中に作るんじゃないのか?
警戒しながら探索をしていると、一人の老人を見つけた。白髪で立派なひげをたくわえた仙人の様な爺さんだ。温和で知的な感じである。
「これは珍しい!二人目の契約者候補が現れるとは。今日は目出度い日になりますわい」
前言撤回……お爺様は厨二病でした。契約者候補って、なんだよ。
「いや、このチケットを手にしたら、ここに辿り着いたのですが」
チケットを取り出して、ある事に気付いた。このチケットには使い魔契約券と書かれている。そして老人は俺の事を契約者候補と呼んだ……もしかして、ここは使い魔が住んでいる世界なのか?
「見た事のない文字ですな。しかし、凄まじい魔力が込められているのが分かります……ここは精霊の住む町スピリート。選ばれた人間のみが来れる場所。名だたる英雄が、スピリートに来て精霊と契約していきました。貴方の契約が上手くいく事を祈っています」
こういうのって、この者を連れて行って下さいって流れじゃないのか?どこに精霊がいるかも分からないのに、どうやって契約するんだ?
(まさか契約券と契約権を掛けているとか?)
チケットの裏を見てみると日本語で“このチケットを持つ者には、精霊と契約する権利が与えられます”と書いてあった……いや、英雄の子孫や、オリジナルスキルを持って生まれた凄い奴とかなら交渉も上手くいくだろう。でも、俺は低ランクスキルの根無し草だぜ。
わざわざ日本語で書いてくれたのは分かりやすくて嬉しいけどさ……日本語?
この世界の人間、しかも精霊が日本語を読める訳がない。つまり俺は訳の分からない文字が書かれた紙を持った怪しい人間って事になる。
「あのすいません。住民の方々は、どこにおられるのでしょうか?」
このままじゃ、絶対に契約は出来ない。袖振り合うも他生の縁、目の前の老人にすがってやる。
「ああ、さっきも言いましたが、貴方の他にも契約希望者が来られましての。皆、その者を見に行っておりますのじゃ。何しろ久し振りの高ランクスキルの契約者じゃから、希望者が殺到しております」
……そこに低ランクの俺が出て行ったら、盛り上がっている空気に水をさしてしまうのでは?ここは時間を稼いで、もう一人の契約者とバッティングするのを防ごう。
お爺さんの話によると、スピリートに契約者が現れるのは、そこまで珍しい事ではないそうだ。
「け、契約って精霊にとってどんな物なんですか?」
今の俺はどう考えても根無し草だ。あまり重い責任は背負えない。
出来たらビジネスライクな関係が良い。
「栄誉じゃな。特に若い精霊にとっては憧れ。夢と言っても過言ではないですぞ」
……滅茶苦茶重いじゃないか。スピリートに住む精霊は契約者に選ばれて、外の世界に行く事を夢見ているとの事。
俺が得意なのは、汚れ仕事なんだぞ。若者の夢を潰すのは忍びない。お茶を濁してバックレよう。精霊なんて連れていたら、目立ってしまうし。
「長老様―、助けて下さいー」
何か上手い言い訳はないか考えていると、頭上から情けない声が聞こえてきた。どうも声の主は泣いているようだ。
見上げてみると、そこにあったのは虫籠。木で作られた虫籠が、枝に引っ掛けられていたのだ。
それと、このお爺さん、長老だったのか……やっぱり、敬語は大事だ。
もちろん礼儀もあるけど、横柄な態度の人間は印象に残りやすい。
でも、敬語で話し掛けてくる人間は印象が薄かったりする。特に俺の様な人畜無害な見た目だと、ほぼ残らない。営業や人気商売ならきついだろうが、忍び家業では印象が薄い方がお得ななのだ。
「その声はセット。お前またいじめられたのか……情けないの。お客人、すみませんが、その虫かごを取ってもらえませぬか?」
言われたまま、虫かごを降ろすと中には緑色の枝が入っていた。いや、良く見ると枝は細かく揺れている。
「どうぞ」
俺と目が合うと、謎の物体は動きを止めた。正体を突き止めたいが、とりあえず長老に手渡す。
「こやつの名はセット、ナナフシの精霊ですじゃ。紋様ランクはFの一枚羽。戦闘向けのスキルを持ってないので、他の精霊からいじめられておりましての。セットどうしたのじゃ?みな、神殿に行ってておるというのに」
ナナフシの精霊?そんなのもいるんだ。つまり、さっきの声の主はこいつだったのか。
長老いわくセット君気弱で卑屈な性格らしい。
記憶が戻る前の俺と一緒だ。自分に自信がなく、他人の目ばかり気になってしまう。
「お姉ちゃんに連れて行ってもらおうとしたんですけど、ホリン君が家に来て一緒に行こうって言って……でも、途中で“君が行ったらまたいじめられるよ。だから、ここで待っていて”て言って置いていかれたんです」
ナナフシは殆んどの種類が、飛ぶのが苦手だった筈。こいつのサイズで街を移動するのは大変だろう。
それとホリン君、セット君を守りたいって親切心だったのかも知れないけど地味に酷い事をしているから。
「ホリンはセットの幼馴染みで、ホーリードラゴンの精霊ですじゃ。紋様ランクはSの七枚羽。人間形態にもなれますし、もうブレスが吐けます」
長老の話によると成長した精霊はスピリートにいる時だけ、人間形態をとる事が出来るそうだ。人間形態になれるホリン君と違い、セット君はナナフシのままなので八センチ位しかない。
幼馴染みは、ブレスを吐けるホーリードラゴン。でも、自分は一人では移動も出来ないナナフシ……そりゃ、卑屈な性格にもなるわな。
「ち、ちなみにセット君はどんなスキルが使えるんですか?」
あまりにも空気が重いので話題を変える。後はセット君のスキルを誉めれば大丈夫だ。
「セットのスキルは擬態ですじゃ」
擬態は、自分の身体を周囲に溶け込ませるスキルだそうだ。なんともナナフシらしいスキルである。
「成長すれば違うスキルを覚えられると思います。それに契約すれば、僕がとまっている物も変化させられる様になるんです。長老様、僕も契約して、外の世界に行きたいです。このままじゃ、家の木が、僕の終の棲家になってしまいます」
精霊には契約者と共に闘う事によって、成長出来るとの事。人間と違って精霊は成長すると紋様の羽の数が増えるらしい。
セット君も成長すれば、身体が大きくなり空を飛べる様になる可能性があるそうだ。
しかし、このままではセット君が成長するのは不可能に近い。そうなると、家の木で一生を過ごさなければいけないとの事。
「お前が変えられるのは無生物だけなんじゃぞ。しかも、お前がとまっている物だけじゃ……外の世界は危険に満ち溢れておる。セット、悪い事は言わん。ここで暮らすのじゃ」
つまり、鎧にとまっていたら、鎧しか変えられないと……鎧だけが森林模様になっていたら、逆に目立ってしまう。
戦士や魔法使いからは、まず選ばないスキルだ。厳しい言葉だけど、これは長老なりの優しさだと思う。
「使い勝手の良いスキルだと思いますけどね。それじゃ、神殿に行きますか」
流石に虫篭の中に入れっ放しはまずいので、セット君を肩に乗せて神殿へと向かう。




