ガチャ?
なんとかオーガを倒せたと安堵していたら、地響きの様に大きな足音が近付いてきた。
とりあえず、樹上に避難して様子を伺う。
「おまえ、どうした?だれにやられた!」
やって来たのはオーガだ。さっき俺が殺したオーガを抱えて、揺り動かしている。
(危ねー……おっ、頸椎を刺せるな)
オーガは頭を下げながら仲間に話し掛けている。樹上にいる俺から頸椎が丸見えなのだ。
枝から飛び降り、オーガの首めけて下突きをくらわす。
地鳴りを上げながら倒れ込むオーガ。きっと残りの二匹も音を聞きつけてやって来るだろう。
◇
その後残り二匹のオーガも倒した……いや、なんとか倒せたと言った方が正確だ。
隙をついて攻撃したから、倒せたのだ。正面から戦っていたら、負けていたと思う。
オーガの力は凄まじく、出来たらもう戦いたくない。
無事に倒せたのは良いが、新たな問題が発生しました。オーガの討伐証明ってどうすれば良いだろ?
樹上からオーガの死体を見おろすも、何の妙案も浮かんでこない。
忍びとしての記憶を取り戻したが、俺はこの世界の事を殆んど知らないのだ。
今年で十五年になるが人生の大半を森の中で過ごしてきた。当然、学校には通っていなし、文字の読み書きは日本語しか出来ない。それどころか一般常識すら危ういレベルだ。
誰かに聞くのが一番手っ取り早いのだが、森には俺しかいない。大勢いた仲間は殆んど殺されてしまった。逃げおおせた奴もいると思うが、戻ってくる可能性はないと思う。
そういや、オーガは鼻が良いとか言ってたな。仲間がいたら復讐に来るんじゃないか?
「魔石を取れば良いんですよ。オーガの魔石は、心臓の下にあります……無事に記憶が戻った様で安心しました」
突然、背後から声が聞こえてきた。木を登って来る音どころか、近付いて来る足音すら聞こえなかった。声の主は、文字通り突然現れたのだ。
「なんで、ここに貴方がいるんですか?……その前になんで俺だと分かったんですか?」
そこにいたのは、俺が死ぬ数日前に会った謎の占い師ロッキである。人里離れた森の中だというのに、三つ揃いのスーツを着ていた。黒地に星が描かれた派手なジャケットである。マジで、どこで買ったんだ。
「なんでって?貴方に会いに来たからですよ。森野仁さん、ようこそ異世界ミスルトゥへ……おっと、失礼。今はジン・フォーレさんでしたね」
ロッキは、そう言うと舞台役者の様な大袈裟な動きで挨拶をしてきた。
「ロッキさんでしたよね?貴方は何を知っているんですか?」
ロッキは、俺の前世が森野仁だという事を知っていた。つまりは、俺が日本から転生してきた事を知っているという事だ。
そしてロッキは自力で、日本からミスルトゥに来た可能性がある……つまり、絶対に逆らってはいけない相手だ。
「私の名前を覚えていてくれたんですね。嬉しいですよ。花丸をあげちゃいます。それなら前に言った事も、覚えていますよね。私は凄い占い師だって。まあ、私は兼業で魔導士もしていますから、何となーく納得して下さい。そして私は貴方の味方です。これから貴方にミスルトゥの基礎知識をお教えします。私の事は、ダンディでイケメンなロッキ先生と呼んでも良いですし、お茶目でプリティーなロッキ師匠と呼んでも良いですよ」
深夜の通販番組出て来る外人顔負けのマシンガントークとハイテンションである。怪しいが、今俺が頼れるのはこの人しかいないのだ。
「基礎知識ですか……それはありがたいですね。俺はこの世界の事を何も知りませんので」
忍びにとって情報は必要不可欠である。しかし、今の俺は生きていくのに必要な最低限の知識すら持っていない。
「ここはミスルトゥ、貴方にとっては異世界と言った方がしっくりくるでしょうね。そしてここはアルブル大陸にあるトロン国と言う国です。まあ、日本人は転生小説好きだから、細かい説明は省いて大丈夫ですね。ミスルトゥは、概ね中世ヨーロッパだと思って下さい。あくまで概ねですよ。その文化は近世だとか、ヨーロッパに、その植物はないって突っ込みはなし!野暮ってやつです。ここは、そう進化した世界なんですから……それとこれは大事です。マーカーが必須ですよ。ミスルトゥには、四季があります。四季ラブな日本人なら、感涙物でしょ?」
異世界転生小説なら俺も読んだ事がある。それなら突っ込ませてもらいたい。
「まあ、中世ヨーロッパはお約束ですしね……普通、転生ってイケメンになるのがお約束じゃないんですか?」
そう、ジン・フォーレは前世の俺と同じ顔をしているのだ。違いは髪の色だけ。前は黒髪だったけど、今の髪はくすんだ灰色……マイナーチェンジにもなってないぞ。
顔は仕方ないとして、チートもないなんて……忍びとしての、記憶が戻ってなかったら、絶対に詰んでたと思う。
「現実なんて、そんなもんですよ。地球とミスルトゥの大きな違いは、魔物や魔法が存在している事です。もっとも攻撃魔法や治癒魔法は、スキルを持った者しか使えません。でも、スキルがなくても使える魔法がありますよ」
数少ない知識を総動員する。
親方達は、その魔法の事を生活魔法と呼んでいた。
薪等に数分間手をかざす事で火をつける着火魔法。
バケツ一杯分の水を空中浮遊させて移動させる水運搬魔法。
川や池の水を飲み水に変える水浄化魔法。
部屋にほのかな明りを灯す照明魔法。
そよ風を操り、ゴミを集めるお掃除魔法。
攻撃力こそないが、生活には欠かせないので、ミスルトゥに広く浸透しているそうだ。でも、残念なお知らせがある。
「生活魔法ですか……俺はそれすら使えないんですよ」
木こりの親方が、教えてくれたのは仕事に関わる事だけだ。親方は、仕事が終われば俺を木こり小屋に残し町へと帰っていたし……良く生きてこれたよな。
「そんな貴方に朗報です。オーガ討伐記念チュートリアルガチャの開催です。そう、一部の日本人が生活を削る程はまるガチャですよ。ラインナップはこうなっています」
ロッキは、そういうとガチャ一覧表と書かれた紙を渡してきた。
SSR スキル 剣術名人級・槍術名人級・上級治癒魔法・上級攻撃魔法 アイテム 佐助の足袋・異空間アパート一部屋・謎の占い師写真集
SR スキル 剣術師範級・召喚魔法中級 アイテム お米十キロ・調味料一式・カップラーメン各種・忍び刀・スキルランクアップアイテム
R スキル 剣術兵士級・短剣術兵士級 アイテム ミスルトゥ基礎知識初級編・当座の生活費・サバイバルキット
N スキル 生活魔法三種・ふりかけ一袋
カップラーメンと聞いた瞬間、喉がゴクリと鳴った。俺がこっちの世界で食ってたのは、硬いパンと森に自生している植物だけ……鑑定スキルがあったから、食べられる物が分かったんだよな。ちなみに塩分は岩塩をなめてました。
基礎知識や生活魔法は捨て難い……でも、カップラーメンや米も食いたいんだよな。
様々なカップラーメンの味が脳裏をよぎる。忍者時代に夜営の経験があるから、火起こしは問題ない。問題は湯を沸かす鍋がないって事だ。
ふと、大切な事に気付く。
「お願いしたいんですが、ガチャを回す元手がないんですが」
いくら欲しい物があったとしても、ガチャを回さなければ物は手に入らない。絵に描いた餅だ。
「そこにあるじゃないですか。必要なのは魔石ですよ。今ならオーガは四体、つまり四回回せます。魔石は魔物の討伐証明にも使われていますが、魔法の触媒やマジックアイテムの素材としても使えるんですよ。魔導士である私には必要不可欠な物なんです」
それなら話は早い。オーガの遺体に駆け寄ると、身体を切り裂いて魔石を取り出す。
「これで良いんですよね?……三回お願いします」
頭上にいるロッキに話し掛けて、愕然とした。ロッキは空中に浮かんでいたのだ。
(怪しいなんてレベルじゃないよな……でも、俺はこの世界では天涯孤独。どんなか細い縁でもすがるしかねえ)
親方から、俺は親に見捨てられたと教えられた。当然、家族の行き先なんて知らない。今頼れるのは、頭上にいる怪しい占い師だけなのだ。
「三回ですか?魔石は四個ありますよ。魔石をこれに取り込んで下さい。回せる回数が表示されますので」
そう言うとロッキはパチンと指を鳴らした。同時に目の前に見覚えのあるものが降りてくる。
「一個は使い道が決まっていますので……ところで、これはスマホですか?しかも、これは俺が使っていたのと、同じ機種ですよね?」
それは紛れもなく、俺が生前に使っていたスマホである。慌ててチェックしてみると,殆どのデータが消えていた。その代わり見た事のないアプリがインストールされている。
スキルアプリにナビアプリ。修行アプリや教えてロッキさんという怪しいアプリまで入っていた。
唯一残っていたのは、エロ系の写メや動画。こっちの世界では、絶対に手に入らない代物だ。大切に保管しておかなくては。
「貴方の使っていたスマホを改良したんですよ。スマホの本体って,普通に買うと高いですし……まずはガチャアプリを起動。そして魔石リーダーを選択して、カメラで撮影して下さい。ちなみにそのスマホを動かすには、貴方の魔力を使います。それと毎月二十五日が支払日になっていて、貴方のお財布から自動で引き落としされますので」
言われた通りガチャと書かれたアプリを起動させると、画面上に昔ながらの真っ赤なガチャガチャが現れた。そして魔石を撮影し、画面をタップ。派手な演出の後に出て来たのは銀色のカプセルが二個と銅色のカプセルが一個。
結果 R ミスルトゥ基礎知識初級編 サバイバルキット N 生活魔法三種
(これだけ派手な演出でこれかよ……パチンコじゃねえんだぞ。まあ、使える物だから良しとするか)
「生活魔法は着火と水浄化。それに掃除魔法ですね……下手な攻撃魔法より、使い勝手が良いですね」
今の状況で森に帰るのは愚策でしかない。そうなると野営も考えなくては駄目だ。
確かに俺は火をおこせるが、ちゃんとした道具がないと時間が掛かってしまう。それに生水は危険だ。
そしてニンニンサバイバルキット……中身は見覚えのある物ばかり。スマホと一緒で全部俺の私物だった。
(レインコート・ポイズンリムーバ・棒手裏剣五本・登山用のザイル・寝袋・ソーイングセット・アルミ製の水筒・インスタントココア・板チョコ三枚……レーションや醤油はなしか)
中には俺の私物も混じっていた。ちなみに、この世界で砂糖は貴重らしい。板チョコは大切に取って置こう。全部、異空間に放りこんでおく。
「……やっぱり、貴方は面白い。これはおまけです。忍者と言えば使い魔。使い魔契約券をプレゼントしちゃいます」
ロッキはそう言うと、一枚のチケットを差し出してきた。
チケットには蛙、犬、猫が描かれていた。みんなどこかで見た様なキャラだ。微妙に似てなくてパチモン臭が強い。
「使い魔ですか?」
なんでも魔物や精霊と契約すれば、使い魔として使役出来るそうだ。つまり餓鬼の頃に憧れていたあれが出来るかもしれないと。
(巨大蛙の上で巻物を加えてドロンが出来るのか!?……うん?チケットが光ってる?)
気付くと、俺はチケットから溢れ出た光に飲み込まれていた。