価値はそれぞれで違うのです
噂が広まるのが早いのは、異世界でも同じらしい。
「主、凄い人だかりですね。絶対にベルク村の人口を超えていますよ」
セットの言う通り、俺が倒したワイルドシープを一目見ようと大勢の人がベルク村にやってきている。
殆んどの人は物珍しさで来ているが、数人怪しい奴がいた。
「こうも人が集まったら動き様がないな」
幸いな事に兵士が壁になってくれているので、群衆が近付いてくる事はない。
「まさかワイルドシープ討伐の手柄を、兵士に譲られるとは思いませんでしたよ」
俺はワイルドシープを倒した後、その足で村に駐留しているの兵士の元へと向かった。
そして“私はマリーお嬢様に雇われた冒険者です。なんとかワイルドシープを倒しました。でも解体する術も、運ぶ手段も持っていません。手柄はお譲りしますので、助けていただけますか?”と言ったのだ。案の定、兵士達は二つ返事で了承してくれた。
「名声なんざ、忍び働きには邪魔なだけだよ。俺の功績はシャリル様が知っていれば、それで良いのさ」
俺が必要なのはワイルドシープの革と魔石だけなんだし……残りの角や肉はマリーにあげよう。
「しかし、荷車遅いですね」
確かに兵士は、荷車を手配してくれた。でも、いつ着くとは言っていない。
「多分、わざと遅らせているのさ。見物客が集まれば、集まる程ワイルドシープが倒されたって噂が広まるからな。上手くいけば出世に繋がる」
兵士にとってベルク村での駐留は、貧乏くじを引かされたようなもんだ。
ワイルドシープは倒す手段はないし、防衛に成功しても注目を浴びる事はない。
つまり今ベルク村にいる兵士は、出世コースから外れている可能性が高い。
(早く王都に運んで、ガチャをひきたいんだけどな)
どうしようか思案していたら、人だかりがモーゼの十戒のごとく、二手に割れた。ついでに兵士達も二手に割れた。
やって来たのは、冒険者学校で俺にからんできたイケメン君。部下の魔法使いを数名連れている。
結果、俺がイケメン君と対峙する形になりました。
「そこの貧民。良い儲け話をくれてやる。このナイル・ナルシスがワイルドシープを破格の高値で買ってやろう」
場が一気にざわつき始める。そりゃ、そうだ。ここベルクは貧しい村。ナイルの高飛車な態度を快く思う奴はいない。
でも、後難を恐れてか誰もナルシスを注意する人はいなかった。
兵士に助けを求めてみるも見事にスルーされた。それだけナルシス家の権力が強く、そしてナイルが強いって事か。
「手柄が欲しいなら止めた方が良いですよ。実力にそぐわない名声は、身を亡ぼします……それにワイルドシープは献上先が決まっているで」
きっと、ナイル君はワイルドシープを手に入れてマリーに良い所を見せたいんだと思う。
でも、そうすると周囲からはワイルドシープを単騎で倒した実力者だって認識されてしまう。そうすると、危険な依頼が舞い込んでくるのだ。
(しかし、随分と来るのが早いな。マリーの株を上げる為に、ワイルドシープの動向を監視していたのか?)
「低ランクの庶民が私に逆らうと言うのか!お前等、懲らしめてやれっ!」
ここはマルグリット家の領地だ。騒動を起こせば、当然マリーの耳にも入る。どう考えても悪手だ。
(うん?あいつ、俺じゃなくてワイルドシープを狙ってやがる)
ナルシスの部下達が魔法を詠唱している。しかし、その中の一人が俺じゃなくワイルドシープを狙っているのだ。
「止した方が良いですよ。献上先はシャリル様なんですから」
異空間から石を取り出して、手の中に隠す。あの怪しい奴だけは、どうやっても止めなきゃいけない。それこそ身体を張って止めなきゃいけないのだ。
「お前みたい低ランクがシャリル様のお名前を口にするな!詠唱を止めろ。僕自ら罰してやる」
どうやら、シャリル様への忠誠心は本物らしい。ランクも高いらしいから、きちんと正しい道へ導けばアブフェル家の役に立つと思う。
「そこまでです!我が領での私闘はお止め下さい。兵士の皆様お役目ご苦労様でした……そしてジン様、少しよろしいでしょうか?」
うん、そういえばもう一人ワイルドシープの動向を気に掛けていた人がいたな……正確には俺の動向だけど。
マリーちゃん、そんなに怒ったら可愛い顏が台無しだよ。
◇
兵士は馬鹿正直にマルグリット家に“ワイルドシープを倒したから、荷車を手配して欲しい”と連絡したらしい。
そしてマリーは、ベルク村でなにかあったら連絡して欲しいと言ったそうだ。
結果……。
「兄貴の馬鹿!一人でワイルドシープと戦うなんて、なに考えているの!?」
妹に怒られています。
お話合いも兼ねて、マルグリット家の馬車で移動している。つまり、マリーも素になれるって事なのだ。
「ちゃんと自信があるから、やったんだぞ」
綿密な計画の元、罠を張り巡らせて戦ったのだ。自らが囮になっただけで、危ない橋は渡っていない。
「ジン様、どうやって倒したのか教えて頂けますか?マルグリット家への報告もございますので」
ジーニさんの言いたい事は分かる。報告義務もあるだろうし。
「ワイルドシープは鼻が利いて攻撃的。そこにつけこみました」
ワイルドシープシープは、マリーの魔力を警戒して村に近付かなかった。つまり空腹状態なのである。腹ペコのワイルドシープは俺が植えた苗に絶対に食いつく筈。
俺はワイルドシープをどうやって倒したか、二人に説明した。
「石でワイルドシープを興奮させて、引き付ける。香水はワイルドシープの鼻を麻痺させる為ですね。なんで崖の下を選んだのですか」
正解です。杭やトリカブトの匂いに気付かれたら、アウトなのだ。
「俺を追い詰めたと思えば突進してきますからね。坂にしたのは落とし穴が目に入らない様にする為です」
説明し終えた途端、馬車の温度が下がった。気の所為か、マリーがプルプル震えている。
「お兄たまの超お馬鹿!自分が囮になるなんて、信じられない。僕がどれだけ心配したか分かっているの?」
前世の記憶があるから大丈夫は通じないし、言えないか。
どうやってこの場を切り抜けるか考えていたら、外から怪しい気配を感じた。
「ちょっと待て……少し表の空気を吸ってくる」
馬車のドアを開けて、屋根へと移動……あいつのお目当てはなんなんだ?
「お兄たま!走っている最中に外に出たら危ないんだよ」
マリーが止めてくるが、それどころじゃない。
「主、あの男はさっきの」
セットの言うう通り、さっき俺を狙っていた魔術師が後を付けて来ているのだ。
「中々面白い展開じゃないか」
今度も狙いは、俺じゃなくワイルドシープの様だ。しかも一人で追って来ている。
「そう思うのは主だけですよ。一緒に帰ったと思ったんですけどね」
セットが信じられないと言った顔で呟く。
ナイル君は、マリーに怒られると信じられないと言った顔で退散していった。その時あいつも逃げ帰った筈なんだけど。
前のセットなら恐怖で泣きわめいていたと思う。セット君、徐々に俺に毒されているね。
「随分と上手く乗りこなしている……どう考えても、餓鬼のお守り役じゃないよな」
あいつは、最低でも魔法と乗馬のスキルを持っている事になる。ナイルのお守りをさせるより、戦や魔物退治につかせた方が絶対に有益だ。
異空間から石と布を取り出す。魔法使いに狙いを定めて、印字うちを行う。石は魔法使いの額を直撃。そして落馬。死ねば鑑定妨害も出来ないだろう。