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忍びとワイルドシープ

 魔操方を使えば楽々穴を掘れる……そう思っていた時期が俺にもありました。

 少し掘ったら、途端に土が重くなったのだ。

 それもその筈、ベルク村の土が粘土層でした……農地に適していればもっと栄えているか。

 アニメやラノベなら見かねた住民が手伝ってくれるんだろうが、あいにく皆マリーの行っている炊き出しに夢中だ。


「主、穴掘りは手伝えないので土だけでも運びますね」

 セットはそう言うと手に土を持って運び出した。一回に運べる量はスプーン一杯程度だけど、その気持ちが嬉しい。


「助かるよ。でも、無理はするなよ」

 粘土質だから塊が大きいし、セットの場合体につくと動きが鈍くなってしまう。気門が詰まりでもしたら、大問題だ。

 なにしろワイルドシープを落とす為の穴だ。大きさもそれなりに必要だ。


掘っては、運ぶ。それをひたすら繰り返す。日が暮れた頃には、主従共に泥だらけになっていた。

 近くの川に行き、水浴び兼洗濯を行う……草が食い荒らされた所為で、丸見えです。


「星が綺麗ですね……みんなどうしているかな?」

 セットが星空を見ながらポツリと呟く。人間に当てはめると、高校一年生だ。ホームシックに掛かってもおかしくない。


「ご両親やお姉さんに会いたくなったか?」

 一番会いたいのはシスティーナさんだと思うけど。


「まだです。せめて三枚羽根になって、成長した姿を皆に見てもらいたいんです……木の上でいじけていた頃とは比べ物にならない位充実していますよ」

 なんだろう、セットが眩し過ぎる。俺は折り合いをつける事で、色んな事を諦めてきた。転生して若返ったけど、夢や希望に託すパワーまでは戻りませんでした。

 そんな俺でもセットの夢を叶える手助けは出来るかも知れない。

 レベルアップの条件が分からないので、再会がいつになるのか全く分からない。それでも前に進めているのは、事実だ。


 宿に戻るとマリーが仁王立ちで待っていた。どうも、若干かなりご立腹の様です。


「あーにーきー、どこ行ってたの?僕、寂しかったんだからね」

 マリーはプッと頬を膨らませながら、俺の胸をポカポカと叩いてきた……なに、この可愛い生き物は。

 ……決めた。お兄たまは全力でマリーを甘やかします。


「ごめん、ごめん。ワイルドシープを倒す準備をしていたんだ。そうだ!前に言っていた珍しいお菓子食べるか?珍しい飲み物もあるぞ」

 幸いな事に宿屋には俺達しかいない。つまり、マリーを甘やかしても、問題はないのだ。


「ジン様、もう夜でございます。甘いお菓子はお嬢様のお身体に毒です。控えて下さいますか。それとあちらにバケットサンドがありますので、食べて下さい」

 そんな俺にストップを掛けたのは、マリーお付きのメイドジニーさん。自分からマルグリット家の一員とは言えないと言った手前強く出れない。


「えー、エレナから凄い美味しいお菓子だって聞いたよ。食べてみたい」

 マリーは不満らしく、口を尖がらせながら不満を訴える。どうやらジニーさんの前では素の自分を出せるらしい。


「駄目です。明日まで我慢して下さい……それよりジン様にお伺いしたい事があります。私の記憶が確かなら、ジン様の紋様はFランクでスキルは鑑定と収納だけだった筈。なぜ、マリー様に勝てる事が出来たのですか?」

 ジニーさんの疑問はもっともだ。日本で言えば野球未経験の小僧が、名門高校のピッチャーを打ち崩したよう感じになるんだから。


「マリーはスキルに頼り過ぎなんですよ。攻撃をする瞬間、同じ動作をとってしまう。だから避けれたんです」

 それがスキルだと言われれば、それまでなんだけどね。


「なるほど。鑑定のスキルを持っているジン様ならではの答えですね……今はそれで納得しておきます。これはマルグリット家に仕えるメイドとしての忠告でございます。世の中には飛ぶ斬撃を出せるスキルを持っている方もおりますのでご注意下さい」

 まじでゲームみたいなスキルがあるんだ。知らなかったら、絶対に直撃していたと思う。

それと鑑定防止のマジックアイテムもあるそうだ。中には誰が鑑定を使って来たか分かる物もあるとの事……乱発しないで良かった。


 次の日もひたすら穴掘り&土運び。汗をかきまくりなので、タオルとスポーツドリンク欲しいです……青春応援ガチャみたいなの実装されないかな。


「主、なんでこんな崖の下に穴を掘ったんですか?ここだと崖が壁になって、下手したら追い詰められちゃいますよ」

 俺が穴を掘ったのは、崖下から数m離れた所。崖はかなり高く登るのは困難だと思う。


「農地には穴を掘れないし、ここならワイルドシープが暴れても、被害が出ないだろ……穴はこんな感じで良いな」

 穴の深さは2m、広さは1m近くある。頑張りました。


「これでようやく終わりなんですね!」

 セットは安心したのか深い溜め息をついた。


「まだだよ。これから土をならして坂状にしていく。それと穴に杭を刺さなきゃいけないし」

 途中で拾った木を鉈で杭に加工していく。先端はこれでもかと尖らせる。そして先端から溝を彫っていく。

 ショックで固まっているセットを放置して、整地を始める。その辺で拾った板の両端に縄を取り付け、坂になる様踏み固めていく。


「主、杭はまだ使わないんですか?そうですよね。こんな危ない物使わないですよね」

 放置している杭を見て、セットが尋ねてきた。いや、使うから作ったし、更に危険な物に加工する予定だ。


「それはもう少し乾かしたいんだよ……そうだ、セットあれを探して来てももらえるか?」

 それは前から俺が目をつけておいた物。それで俺の罠は完成する。


 穴に枝を渡し、その上に枯葉を乗せていく。流石に人の目には違和感満載で映ると思う。村人が落ちたら俺は殺人者になってしまうので、こればかりは仕方がない。

 そして異空間からボロ切れを取り出し、香水を染み込ませていく。それを丸めて、紐で結わえていく。


「これでようやく完成ですか……しかし、よくこんな残酷な罠を思い付きますね」

 いや、俺のいた世界では割とポピュラーな罠なんですが。


「後は崖の下に苗を植えれば完成だ」

 崖の下だけあり、陽当たりは最悪である。でも、ここに植えなきゃいけないんだ。

 苗を植え終えて、一休みしているとマリーが近付いてきた。


「兄貴、僕行かなきゃいけないけど大丈夫だよね?危ない事しないでね」

 マリーは、学校があるので今日でベルク村から去らなきゃいけない……いや、去ってもらわなきゃ困る。なにしろワイルドシープは、マリーの魔力を警戒してここ数日姿を現していないのだ。


「ああ、約束するよ。帰ったら約束したお菓子を一緒に食べようね……そうだ、お土産を忘れていた。はい、プレゼント」

 異空間から取り出した香水をマリーに手渡す……落とし穴見られたら、絶対に怒られるから香水おみやげで誤魔化す作戦である。


「僕にくれるの?……お兄たま、ありがとう。絶対に危ない事しないでね。約束だよ」

 マリーは香水を大切に抱えると、何度も念を押していった……可愛いマリーへ。危ないかどうかは、個人で基準が違います。

 それと、これが大事。ばれなきゃ問題なし!


 闇に巨大な真っ赤な目が光っていた。目の高さからすると、推定3m近い大きさがある。

 そして雲間から月明かりが漏れて、目の主が姿を現す。


「苗の匂いに釣られてやってきたんだろ?お前、腹ペコだもんな」

 主の正体はワイルドシープだ。ワイルドシープはマリーを警戒して、ベルク村に来れなかったから物凄く機嫌が悪い。

 鼻息は荒いし、目が血走っている。


「主、おかしいですよ!いくらお腹が空いていても、あんなに興奮する筈がありません」

 そうかも知れない。でも、俺はこれからもっと興奮させなきゃいけないのだ。異空間から香水玉を取り出し、ワイルドシープに投げつける。間髪いれずに、印字うちで石を投げる。

 後は振り向きもせずに逃げるのみ。


「主、追って来ますよ。ワイルドシープ、凄く怒ってます」

 セットが悲鳴をあげながら、解説をしてくれるが言われなくても分かる。だって地響きを立てて追ってきてるんだもん。

 向こうに見えるのは崖。俺を追い詰めた思ったか、ワイルドシープはにやりと笑った。


「セット、しっかり掴まってろよ……そっりゃっ」

 掛け声を上げながら、落とし穴を跳び越す。上り坂になっているから、ワイルドシープの目に枯れ葉は映らない筈。それにご自慢の鼻は香水で麻痺している。

 そしてワイルドシープは、俺めがけて勢いよく突進してきた。大丈夫だと分かっていても、巨大な鋭い角が迫って来る様は恐怖でしかない。

 結果、地鳴りを立てながらワイルドシープは落とし穴に落ちた。


「……助かりましたね……って、まだ生きている?」

 ワイルドシープは穴から這い上がったと思うと、そのまま倒れてしまった。


「杭の溝にトリカブトを塗っておいて、良かったな」

 正直、ちびりそうだったけどなんとかなった。ワイルドシープから魔石を取り出すと、セットの身体が光り出した。気のせいか、身体が若干大きくなっている。

 早速、セットを鑑定。

 新スキル トゲナナフシの能力。任意の場所に棘を生やせる。強度は紋様レベルに準ずる。今の強度は銅……とりあえず、攻撃手段は出来たと。

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