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ジンの酒場訪問

 領都アブフェルは今日も平和だ。日が暮れると、人々は明日への英気を養う為、食事の席へとつく。家族で食卓を囲う人もあれば、恋人や友人と語らいながら食事をする人もいる。

 そこには溢れんばかりの食糧があり、当然残飯も多く出いた。

 でも誰も気にしない。気にしているのは、路地裏に住んでいる野良猫位だろう。

ベルク村とは対照的に領都は、明日への希望に満ち溢れていた。


「ベルク村とは大違いですよね。同じアブフェルの領民なのに……」

 セットがポツリと呟く。そう、同じアブフェルなのに天国と地獄だ……いや、ここが普通でベルク村が異常事態なんだけど。


「ベルクは元々人口が少なく働き場所も乏しい貧村だったらしいな。働く所がないから、次男坊や三男坊は他の街にいってしまう。自然と男手は減り、防衛機能は弱まっていた。そこに災害級の魔物ワイルドシープが現れたんだ。一たまりもないさ」

 女性も少ない。大抵は近くの街に嫁に行くか、働きに出ているそうだが……。

 今から植え直せば秋の収穫には、まだ間に合うだろう。でも今年用の種は既に撒いてしまっている。


「ワイルドシープを倒せたとしても、彼等はこれからどうするのでしょうか?」

 生活するにも、種を買うにも必要なのは金だ。あの貧村に貯蓄がある家は少ないと思う。

 そうなると借金をするか……なにかを売って金に変えるかだ。


「最悪な場合は子供を奴隷商に売るしかないな。なんとか種を手に入れても、実りが少なければ残るのは借金だけだ」

 奴隷制度。日本では考えらないが、ここトロンでは未だに健在だ。貧民の餓死を防ぐというセーフティーネットとしての役割もある。しかし、それは死を回避する最低限の手段でしかない。

そう、これがベルク村に女性が少ない理由の一つだ。


「ベルクの人達も、隷属の首輪を付けられるんですか?」

 隷属の首輪を付けられれば、主に逆らう事は出来なくなる。命じられるまま動き、自由は一切ない。


「表向きは重大な犯罪を犯した奴にしか付けられない事になっているけど、いくらでもでっち上げられる。即現金化できる物があれば良いんだが」

 そんな物があればもっと村は潤っている。


「領主である主のお爺様か、シャリル様になんとかして頂く事は出来ないでしょうか?」

 騎士や魔法使いを派遣しているって事は、マルグリット家もベルク村の事を気にはしているのだろう。


「難しいな。どっちにしろ使うのは税金だ。他の民から不満がでちまう」

 長く続けばシャリル様の支持率が下がってしまう。そうなると、喜ぶのは奴隷商とヴェレーノ位だ。

 ワイルドシープを倒す。ますはそれに集中しよう。


 きな臭い情報を集めるには酒場と娼館が一番だ。酒が入ると、口が堅いやつでもポロリと情報を漏らす事が多い。


「主、ここは酒場ですよね?いけません!主はまだ未成年なんですよ」

 俺がやって来たのは、歓楽街の外れにある酒場。勿論、こんな所で酒を飲む気はない。


「スコップが出来上がるのをただ待っているってのも芸がないだろ?ここはただで情報が手に入る場所なんだぞ」

 男って生き物は見栄っ張りだから、女の前では自分を強く大きく見せようとする。

プロの女と遊ぶ奴はいきがって、自分が知っているやばい話で盛り上げようとする奴が少なくない。どっちも俺にとっては垂涎物のお宝なのだ。

 うす暗い店内は酒と香水の匂いで満ち溢れていた。しっとりとした音楽に合わせて歌姫が男女の恋愛を紡いでいる。


「坊主、ここは酒場だ。お前みたいな餓鬼が来る所じゃねえぞ」

 強面の店員が入店ストップをかけてくる。ちなみにセットは速攻で擬態をして、ガタガタと震えていた。


「僕、新人商人なんですけど、師匠から“酒場はその街の顔だ。雰囲気を掴む為に一度は顔を出しておけ”って教えられたんです」

 店内から失笑が聞こえて来るが気にしない。満面の笑みで浮かべながら、同時に男の手にそっと金を握らせる。

『おい、これはなんだ!?ここがどんな店か分かっているのか?』

 知っている。金がなくて娼館に行けない男が非公式な娼婦を買うアンダーグラウンドな店だ。

 セットの教育上あまりよろしくないお店だけど、俺の欲する情報はこの手の店に眠っている。


『女も酒もいらない。飯とサラダを頼む。胡散臭い話が聞ければ、それで良い』

 素の声で話し掛けると店員は身震いした後、角の目立たない席に案内してくれた……誰かミルク奢ってくれないかな。


「主、胡散臭い話を聞いてなにか得があるのですか?」

 セットの言う通り、情報は正確な方が良い。でも、胡散臭い話にも活用方法はある。


「火のない所に煙は立たぬって言葉があるけど、胡散臭い話にも何らかの元ネタがあるんだよ。小耳にはさんだレベルでも集めておくと、後々役に立つもんさ」

 娼婦の身の上話なんかがそうだ。どんな厚顔なやつでも、金で女を買う事に罪悪感を覚える。

そこで娼婦は架空の身の上話を造り上げるのだ。貴方は可哀想な私を救ってくれるんですよねって。

身バレなんてしたくないから、嘘の嘘を塗り固めた話である。でも、あまりにも荒唐無稽な話では誰も信じない。だから娼館や娼婦は、あり得そうな話をでっちあげるのだ。

客の話は大袈裟だし、娼婦の話も嘘だ……でも、どっちの話にも元ネタはある。


(しかし、この値段でこの味かよ……こんなところで味に期待する方が間違いなんだけど)

 出された飯は薄くパサパサの食パンに、向こうが透けるんじゃないかって位ペラペラのハムが乗っただけのハムトースト。それにフルーツがてんこ盛りのサラダ。

 

貧相な商人風の男は“商人仲間が山賊に襲われたけど、私は長年の勘で避ける事が出来た”と娼婦に自慢気に語っていた。それだったら、もっと高い店に行ってる筈なんだけど。


 年増の娼婦は“父はナーシサス伯爵に仕える兵士だったのですが、伯爵の病を治そうと旅に出てたまま帰って来なくなったんです。でも、弟や妹に苦労はさせたくなくって”そう言って涙をさそっている……それ何年前の話なんだと、つっこんではいけない。


 職人風の男の話によると“外国から来た客が俺にしか出来ないって仕事だって、破格の依頼料を提示された。難しい仕事だけど、俺のスキルがあれば余裕さ”と自慢げに語っていた。

 店員にチップを渡して確認してみると、その男は家畜用の焼き印を作る職人らしい。


「ご馳走様でした……僕にはまだ早いお店みたいです。お会計をお願いします。それと贈り物に使いたいので、香水を売っているお店を教えてもらえますか?」

 緊張し過ぎてもう限界ですって感じを装い、会計を済ませる。


「ここを出て右に曲がった所で売っている……それとチップの礼だ。面白い事を教えてやる。王都で美人局の被害が出ているらしい。坊主も気をつけな」

 この世界にも美人局があるのか……男はどこの世界でもスケベなんだな。チキンなだけで、俺もスケベです。

 帰り道教えてもらった店で香水を二種類購入。一つはマリーへのお土産だ。


 次の日、出来上がったスコップを担いで一路ベルク村へと向かう。今回も一部だけに魔力を流しながらの移動である。

 ふと修行アプリを立ち上げてみると『鳥居の下で竹輪を受け取る修行』と『果物を取りながら氷山を登っていく修行』があった……懐かしいけど、どっちも失敗したらやばいんですが。

 ベルク村が近くなったので、細めの倒木を数本回収していく。

 これで準備は整った。まずはスコップを使って穴掘りだ!


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