村の現状
この世界の騎士は、結構な富裕層らしい。マルグリット家の領地は、村が五か所に町が二か所だそうだ。
ワイルドシープが出没するのは、その中のベルクという村である。
「兄貴、馬車に乗らないの?」
マリーは待ち合わせ場所に自家用馬車で現れた。エレナさんの家の馬車と比べたらランクは落ちるが、それでも結構な値段がするらしい。
「マルグリット様、ここからベルク村まではどれ位かかるのですか?」
馬車があるって事は、マルグリット家に仕えている御者がいるって事だ。見ず知らずの男がマルグリット家のお嬢様の兄だと言っても信じてもらえる訳がない。
「時間?馬車だと一時間位だよ。僕もあまり行った事がない村だから」
どうせ行くならマリーの株を上げてやりたい。なにより馬車に乗ったままでは、得る事が出来ない情報もある。
「失礼します。貴方がジン様ですか……確かに昔の面影がございますね。申し遅れました。私はマルグリット家に仕えているメイドのジーニ・ホワイトでございます」
声を掛けて来たのは、二十代後半と思われる女性。黒髪で優しそうな美人でである。メイドをしているだけあって、所作が折り目正しい。
「ジン・フォーレです。今回はワイルドシープ退治を請け負う事になりました。若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
ジーニさんは十代の頃からマルグリット家にメイドとして仕えており、マリーにとってはお姉さん的存在らしい。
昔、マリー達を迎えに来た時、俺とも会った事があるそうだ。
「敬語は止めてもらえますでしょうか?貴方の事は、トーマ殿から伺っております」
なんでもトーマさんは親父と仲が良かったらしい。その縁で、俺の事をシャリル様だけでなくマルグリット家にも知らせてくれたそうだ。
だからマリーは俺がアブフェルに来ている事を知っていたのか。でも、その兄貴は自分に気付いてくれなかったと……お兄たま、反省です。
「まだ正式にマルグリット家の者と認められた訳じゃないので、当面は敬語で勘弁して下さい」
マルグリット家で動いたのは、マリーだけだ。家中には、俺に来て欲しくない勢力があるんだと思う。
もし、俺がマルグリット家の者だとふん反りかえっていたら、ますます警戒されてしまう。
「アイリーンから聞いた通りの人ですね。分かりました。質問ですが、マリー様はどう動くのが最適でしょうか?」
ジーニさんとアイリーンさんは友人同士らしく、それとなく俺の人間性を観察してもらったそうだ。そしてエレナさんも、マリーに頼まれて俺を観察していたらしい……だからあっさりと護衛を了承してくれたのか……好感度が高かったからじゃないのね。
「支援物資を持って行くのが一番ですね。家から持ち出せないなら、マルグリット家が治めている町で買うのが得策だと思います」
当たり前だけど、領内でマリーは有名だと思う。マリーが支援物資を買ったという噂は、領内に広まる筈だ。
「お言葉ですが、マリー様は領民に慕われておりますよ」
マリーは、高ランク紋様の持ち主で快活な性格である。しかもお兄たまも認める美少女だ。大事な事なので、もう一回言っておく。異世界で出来た妹は、滅茶苦茶美少女でした。
「俺の狙いは領民の不満解消ですよ。話を聞けば、マルグリット家は有効策をうてずにいます。ベルク村だけでなく、周辺の町でも不満がくすぶっていると思いますよ」
くすぶっている段階なら、まだなんとかなる。でも、誰かに煽動でもされたら、手の施し様がなくなってしまう。
◇
魔操方を使いながら、馬車と並走していく。ジーニさんの言っていた事は、本当だった。
マリーは領民に慕われており、支援物資を買いに来たというと涙を流して喜ぶ人までいたのだ。
そして俺達は今ベルク村へと向かっている。
「主、おかしいですよ。ベルク村が近付いているのに、草木のオーラが全く感じられません」
セットはナナフシの精霊だ。草木のオーラを感じる事が出来ても、不思議ではない。
「あの図体だから、食う量も半端じゃないんだろうな」
小さな畑なら一瞬で食いつくさられてしまうだろう。
「……あれをご覧下さい。木がなぎ倒されて、葉が食い尽くされていますよ」
セットの言う通り、結構な大きさがある木がなぎ倒されていた。生い茂っていたであろう葉は食い尽くされており、丸裸である。
巻き込まれたのか直径十センチ位しなかい若木も数本倒されていた。
「どれだけ、腹が減っているんだよ……おっ、ベルク村が見えて来たぞ……まじかよ」
見えて来たのは、荒れ尽くされた村だった。
◇
俺は正義の味方ではない。むしろその対極に位置している様な人間だ。
それでもこの光景には、憤りを感じてしまう。
「これは酷いですね……木だけじゃなく、家も倒されていますよ……本当にワイルドシープがやったんでしょうか?」
セットが溜め息を漏らす。
ベルク村は荒みきっていた。家や畑は荒らされ、人々は虚ろ目で地に伏せている。
(でかい足跡だな。これを農民にどうにかしろってのは無茶振りだな)
まるで大型重機でも通ったかの様に、ベルク村は荒れされていた。
「ワイルドシープは、こっちから手を出さない限りは無害な魔物だって聞いていたんだがな……こりゃ、早急になんとかしないとまずいな」
しかしワイルドシープは、どれだけ腹が減っているんだ?野生動物って空腹に強い物だと思っていたのに。
「村の周辺で残っているのは、トリカブト等の毒草だけですよ……人が来たので、姿を消しますね」
セットが姿を消すと、同時にマリー達が近付いて来た。臆病なだけあって、人の気配に敏感なんだな。
「兄貴、ここからどうすれば良いの?僕に出来る事あるかな?」
マリーは、ベルク村の惨状にショックを受けたらしく、落ち込んでいた。領主の孫であるマリーが来るとなれば、どこでも良い所を見せようと無理をしてでも取り繕う。
この世界にはネットどころかテレビもない。マリーは生まれた初めて、悲惨な光景を目の当たりしたのだろう。
「まずはワイルドシープを、なんとかしないとな。お前は持ってきた食糧を配れ。それと戻ったら、この惨状を伝えろ。マルグリット家の人間だからって、お前が全部抱える必要はない……お兄たまに任せておけ。なんとかしてやるよ」
頭を撫でると、マリーは照れ臭そうな顔をしながらも少しだけ笑顔を浮かべてくれた。
俺はそのまま、村中を見て回る。ワイルドシープの足跡は、そこら中に残っていた。
(あの山から降りて来ているのか……幸い水は沢山ある。まだ間に合うか)
作戦は決まった。俺は一人領都にとんぼ返りする事にした。
◇
目指すのは鍛冶場である。この世界で見た事がないので、作ってもらう必要があるのだ。
「おい、そんなに簡単に棒手裏剣が出来上がる訳ないだろ。出来上がったら、連絡するから大人しく待ってろ」
パーカさんは、俺を一瞥もせずに叫んできた。いくら俺でもそれ位分かっています。
「今日は別件です。スコップという穴を掘る道具を作ってもらえますか?特急料金は払いますので、出来るだけ急ぎでお願いします」
紙にスコップの絵を描きカーバさんに手渡す。
「……穴を掘る道具を作って欲しいだ!そんなもん地属性の魔法使いか、工事系のスキルを持つ奴に頼めば良いだろ」
工事系スキルなんてあるのか。そりゃ、道具も進歩しないよな。
「訳あって魔法は使えないんですよ……お願いします」
俺はベルク村の現状をカーバさんに伝えた。
「噂には聞いていたが、そこまで酷い事になっていたか……今から早急に取り掛かる。今のうちに必要なの物を揃えておけ」
なんでも、ここではカーバさんの弟子が作った物を売っているらしい。騎士によってスキルが様々だから、色んな武器が必要との事。
ちょうど鉈みたいな短剣が売っていたので、それを購入。ついでに野菜の苗を購入し、異空間に収納しておく。




