目覚め
朝から降り始めた雨は徐々に雨脚を強くしていき、陽が傾き始めた頃には豪雨となり地面からは水煙りがあがっている。
そんなどしゃ降りの雨の中、十代中ごろの少年達が黙々と荷物を運んでいた。傘をさす事も許されず、全身ずぶ濡れになっている。
しかし、少年達が運ぶ荷物には、雨除けのカバーが何重にも掛けられていた。
もし、荷物に雨染みの一つでもつけば、容赦なく殴られてしまう。だから皆必死で荷物を雨から守っているのだ。
少年達は朝から歩き通しなうえ、重い荷物を運ばされ疲れ切っていた。
そしてようやく目的地である村に着く。自然と少年達の口から安堵の溜め息が洩れる。
「低ランク共、村に着いたぞ。さあ、早くお坊ちゃまの荷物をお宿に運ぶんだ。間違っても濡らすなよ」
しかし、非情な通告が少年達の耳に届く。命令を下したのは、若い騎士である。容姿が整っており、体型もモデルの様にスラリとしている。
「無理だよ。もう、足がパンパンなのに」
地面にへたり込んでいた少年が泣き出しそうな顏な顔で呟く。
「しっ、ガビアに聞こえるぞ」
隣を歩いてる少年が、強面の騎士に聞こえない様にそっと注意をした。
騎士の名はガビア・グーラ。荷物と少年達の監視役である。
ガビアは何かあると、直ぐに少年達を殴った。荷物の扱いがなっていない、歩くのが遅い、顏が生意気だ……その為、少年達は怯え萎縮していた。
荷物を落とそうものなら、ガビアに斬り殺されても不思議ではない。
荷物の主はジルト・アコニ。ジルトは、この辺りを治めるガルト・アコニ子爵の息子である。そしてガビアはジルト直属の騎士なのだ。
宿の前には高そうな馬車が停まっていた。この馬車もジルトの物である。
ジルトは馬車に乗って、この村までやってきた。当然雨に濡れていないし、荷物も持っていない。ジルトは自分の荷物を運んでいる少年達の顔を見ていないのだ。
「ジルト様の紋様はランクS。国内にも十数人しかいない素晴らしい才の持ち主なんですよ。それに比べて貴方達の紋様はEランク以下。こうしてジルト様の偉業を手伝える事を喜びなさい」
ジルドの執事ナーヤイはそう言い捨てると、宿屋の中に姿を消した。
ナーヤイにとっても大事なのは、アコニ家とジルトのみ。彼にとって低ランクの領民は、アコニ家の発展の妨げでしかない。
紋様、それは主神フェザーからの贈り物。異世界ミスルトゥの人間は五歳になると、体のどこかに羽根の様な紋様が浮かび上がる。
そうすると、魔法やスキル等不思議な力が使える様になるのだ。羽根の数が多い程、高ランクの紋様だと言われている。
ミスルトゥの人間は紋様の力で、国を発展させてきた。
当然、高ランクの紋様を持つ者ほど重用されるし、逆に低ランクの紋様を持っている者は差別的な扱いを受けている。
特にアコニ家では、その風潮が強い。強い者を尊ぶ家風であるアコニ家にとって、低ランクの領民は使い捨ての駒でしかないのだ。
逆に高ランクの紋様を持つ者は、好待遇で召し抱えられる。何しろアコニ家の当主は代々高ランクの紋様を持つ女性を側室に加えていた。中には誘拐同然で連れて来られた者もいたという。
ジルトの荷物は多岐に渡り、その分量も多い。愛用のコップや枕まで持ってきているのだ。
黙々と荷物を運ぶ少年達。その中に彼はいた。
「外れ兄貴のジン。絶対に、荷物を落とすんじゃないぞ。お前には弁償をしてくれる家族がいないんだからな」
ガビアが、馬鹿にした口調で少年に話し掛ける。
少年の名前は、ジン・フォーレ。紋様ランクは一枚羽のF。
体型も見た目も平凡なジンであったが、ある事で有名であった。
ジンの両親も、低ランクの紋様の持ち主で他領から逃れてきたのだ。父は木こりの親方の元で働き、母は繕い物をして家計を助けていた。
優しい両親と可愛い妹。貧しいながらも、ジンは幸せであった……そう、六歳のあの日までは。
「はい。僕が生きていられるのも、アコニ家のお陰なんですから当然です」
馬鹿にされたにも関わらず、ジンは嬉しそうに返事をした。
その理由は彼の過去にある。
ジンの妹マリーが五歳になった日、体に紋様が浮かび上がった。そのランクはA。それだけなら、何の問題もなかった。高ランクの紋様を持った子がいれば、一家の生活は安泰なのだ。そう、ジンの母が騎士の家の生まれでさえなければ。
「良い心掛けだ。親に捨てられた低ランクの餓鬼が生きていられるのは、アコニ家のお陰なんだからな」
ジンの母親はアブフェル公爵家に仕える騎士の家の生まれである。Aランクの紋様の持ち主となれば、引く手あまたの存在。しかも、それが孫となれば、放っておく訳にはいかない。
例えそれが家出した娘の子であっても。
ジンの祖父も当然アコニ家の悪風を知っていた。しかし、ジンの一家は常に見張られていた。だから、ジン一人を木こりの親方の元に残し、アブフェル領へと連れて帰ったのだ。
決してジンの事を見捨てた訳ではない。木こりの親方に多額の金を渡し、時が来たらジンをアブフェル領に連れて来て欲しいと頼んだのだ。
しかし、親方は金に目がくらみ“お前は捨てられたんだ。お前を育てる金はアコニ家から出ている”とジンに教え金の半分をアコニ家へ渡し残りを着服したのだ。その上で、ジンを奴隷の如く扱った。結果、ジンは心を閉ざし誰にも逆らわない性格になったのだ。
「親方も“お前は使いやすい”って褒めてくれます」
親方にとってジンは便利な道具であった。特に使い走りとして、優秀であった。誰にも教えられていないのに、木々を猿の様に渡っていき、用事を足してくるのだ。
◇
なんとか荷物を運び終えたジン達に宛がわれたのは、古びた馬小屋であった。そこに敷かれた藁がジン達の寝床である。
これでようやく休めると言うのに、少年達の顔は暗い。
「ねえ、ジン……僕達、明日生き残れるかな?僕の紋様は一枚羽のFランクだし、戦闘向けのスキルが一つもないんだ。オーガに見つかったら、殺されちゃうよ」
ジンの隣にいた少年が泣きそうな声で、呟く。呟やいたのは、ジンと同じ荷物を運び友人となった少年トム・ラックである。
ジルトが旅に出た理由は、オーガ退治だ。アコニ領の森に人食いオーガが現れ、多大な被害をもたらしていた。
アコニ子爵は息子ジルトに箔を付けさせる為、オーガ退治を命じたのだ。しかし、可愛い息子に怪我なんてさせたくない。そこで領内にいる低ランクの少年達を囮として使う事にしたのだ。
荷運び係の少年達を殺され、怒ったジルトが見事人食いオーガを退治……それがアコニ子爵の描いたシナリオである。
「大丈夫だよ。ジルト様だけじゃなく、騎士様もいるし。それに僕も戦闘用のスキルを持っていないよ。紋様のランクはFで、スキルは鑑定と収納・小なんだ」
ジンのスキルは鑑定と収納・小の二つだけである。収納は異空間に物をしまえるスキルだ。ただしジンの場合は小なので、リュックサック程度の収納量しかない。
鑑定は一見便利に思えるが、鑑定出来るのはジンが見た事ある物だけなのだ。木こりとして育てられたジンの世界は森の中だけである。従って鑑定出来るのも、森の動植物だけなのだ。
ジンが絵画や宝飾品を鑑定出来たとしても、木こりの知識しかない少年の言葉を信じる者はいないであろう。
「そうだよね。大丈夫だよね……この旅が終わったら、僕はアブフェル領に行くんだ。お姉ちゃんがアブフェル家で神官をしているダンドリオン様のお屋敷で働いているのさ。それで、僕を呼んでくれたんだ」
トムは自分の気持ちを誤魔化す様に無理やり笑って、そのまま眠りについた。
◇
少年達の悲鳴が森に響き渡る。それは正に地獄絵図であった。一匹だけと思われいたオーガが四匹もいたのだ。
オーガが三m近い巨体で、身に着けているのは腰蓑のみ。その為、彼等の強靭な身体が見え、少年達を恐怖に陥れていた。
ジルトは高ランクの紋章を持っているとはいえ、命懸けの戦闘は経験した事がない。オーガと対峙した瞬間、恐怖に包まれ身動きできなくなってしまっている。
「ジルト様、後ろに乗って下さい。騎士はジルト様をお守りしろ……それと餓鬼共を足止めしておけ。低ランクでも、オーガの生贄には使える」
執事のナーヤイは、ジルトを馬に乗せて一目散に逃げ出した。
「ジン……僕死んじゃうのかな?もし、死んだらアイリーンお姉ちゃんにこれを渡して……給金を貯めて買ったんだ」
トムは、そう言い終えると短い生涯を閉じた。
彼がジンに手渡したのは、小さなヒマワリの髪飾り。トムが姉を喜ばせようと、少ない給金を貯めて買ったのだ。
そしてジンの背後にもオーガが迫ってきていた。
「オ、オーガ?い、嫌だ。食べられたくないよ」
怯えるジンをオーガは嬉しそうに見ている。三メートル近い巨人に睨まれ、ジンは恐怖のあまり身動き出来きずにいた。
「ガキ、やわらかくておいしい。おれ、お前くう」
ジンの脳裏に今までの人生が走馬灯の様に甦る。奴隷の様に扱われた辛い日々、家族と過ごした幸せな日々。そして忍びとして活躍した過去。
「死にたくない、死にたくないよ……シノビ?ニンジャ?なに、これ?」
死の恐怖に包まれた瞬間、ジンの脳裏に森野仁としての記憶が蘇ってきた。
◇
(俺の名前はジン・フォーレ。それでもって、前世は忍びの森野仁……これは転生ってやつか)
そうすると、今の俺は誰なんだろう。肉体はジン・フォーレだ。しかし、前世の記憶が戻った所為か、人格は森野仁寄りなっている。しかし、ジン・フォーレとしての記憶も残っているのだ。当然スキルも使える。
下手の考え休むに似たり。まずは目の前のオーガを何とかするのが先だ。
せっかく、転生出来たのに、即ゲームオーバーなんて嫌過ぎる。
(あの力で殴られたら、さすがにやばいな。思考は単純だから、策を見抜かれる心配はない。それじゃ、久し振りに殺りますか)
とりあえず、現状を確認する。周囲は木で囲まれており、逃げ場はない。幸い木には蔦がまとわりついており、登るのに時間は掛からないと思う。
武器に使えそうな物は護衛の兵士が落としていった剣……それに地面の転がっている石っころ。
そして俺の持っているスキルは収納・小と鑑定……なんとかなるか。
気弱な少年のお面をかぶったまま、後方の木に後退っていく。ついでに石を拾い集め、異空間へ収納。
「ざんねん。そっちは木でいきどまり。おとなしく、オレに食われろ」
もう少しで美味しいご飯が食べられるとあって、オーガは嬉しそうだ。そんな簡単に食われてたまるか!
「へえ、お前は俺を食うってのかい?でも、残念だな。お前みたいな薄ノロに食われる気はねえぜ」
気弱な木こりの少年ジンちゃんとは、ここでおさらばだ。俺は気弱な少年の仮面を投げ捨て、忍びへと戻る。
「ナマイキ、エサのくせにナマイキ。でも、オレつよい。おまえまける」
オーガはそう言うと、俺に向かって拳を振りおろしてきた。パワーはあるが、大ぶりなテレフォンパンチで避けるのは難しくない。
オーガの拳を避け、木の上に移動。
オーガは俺を探してキョロキョロしている。
「ほれ、こっちだ、こっち。鬼さん、こちら、手の鳴る方にってな」
木の上で、手を叩きながら挑発。か弱い人間、しかも子供に馬鹿にされオーガさん激おこです。
「うるさい!キごとにぎりつぶす」
木の上なら、逃げ場はない。オーガは俺の立っている枝に向かって手を伸ばしてきた。
「お前はでかくて当てやすいぜ……印字うちを味わいな」
異空間から石を取り出し、オーガの目に投げつける。
印字うちは、戦でも使われていた攻撃方法だ。俺は印字うちの手練れで、幾人もの人間を屠ってきた。その場にある石を使えば、足がつきにくいのです。
「メが、メが……おまえゆるさない!オーガ、ハナいい。ニオイでオマエのばしょわかる」
目を潰されてた怒ったオーガは俺を捕まえようと、再び木に手を伸ばしてきた。
その隙に木から飛び降り、兵士の落としていった剣を拾い異空間に収納。
「腰蓑しか身に着けていなかったのが、お前の敗因だ……頸動脈が丸見えだぜ」
今度はオーガの背後にある木へと移動。そこからオーガの背中に飛び移り、左手で首を掴みぶら下がる。そして剣を異空間から取り出し、オーガの首に押し当てた。
「あやまる。オレあやまるから、ころさないで」
オーガの目から大粒の涙が零れ落ちる。それで許す程、忍者は甘くない……見逃したら、逆襲してくると思うし。
「お前は大勢の人を殺した。つまり、こっち側の生き物だ。俺は同類に情けはかけない主義なんでね」
そのまま、オーガの頸動脈を一気に切り裂く。オーガは地響きをあげながら、倒れ込みそのまま息絶えた。
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