動き出す運命
毒蛇に噛まれたら時間との勝負だ。一刻も早く、毒を抜かなきゃいけない。そして俺の手元には、ポイズンリムーバーがある。
ポイズンリムーバー、蜂に刺されたり、蛇に噛まれたりした時に使う道具だ。もちろん、この世界にはない。
つまり使ったら、確実に怪しまれるのだ。そこまでして救う価値が、シャリルって男にあるのかどうか。
「シャリルさ……君、大丈夫ですか?今、毒を吸いますので」
アイさんが慌ててシャリルさんに駆け寄っていく。そして口をつけて毒を吸い出そうとした。ただの知人にして慌て方が凄い感じがするけど、今はそれどころじゃない。
「な、なにしてるんですか?」
羨まし……じゃない、衛生観念って物がないのか。まあ、日本もつい最近まで口で毒を吸い出すって手法を使っていたけど。
「私は解毒魔法を使えません。なんとかしないと……」
そんな事されたらリイアちゃんの約束が守れないではないか。
「貴方の口腔内に傷があったら、そこから毒が入ってしまいます。今から毒を抜きますので」
まだ間に合う筈。乗り掛かった舟で、やれるとこまでやってやる。
ポイズンリムーバーを噛み口に押し当て、毒を抜く。これを数回繰り返す。
(出血が酷いな。もったいないけど、ヒールマグワ―トを使うか)
水筒の水で傷口を洗って、刻んだヒールマグワ―トを擦り込んでいく。
(さてと、これからどうすっかな)
ここにとどまっていたら奴隷商が来てしまう。それに、早く帰らないとリイアちゃんが心配だ。
シャリルさんは自力で動ける可能性は低い。つまり、誰かが背負わなきゃいけないのだ。どこに伏兵が潜んでいるか分からないのに、無償でそこまでする気はない。
「……主、ご無事で安心しました」
思案にふけっていたら、セットが近付いてきた。どうやら小屋の隅っこで成り行きを見守っていたらしい……踏んづけなくて良かった。
「こんな事までお願いするのは心苦しいのですが、シャリル君を家まで運んでもらえませんか?お礼は必ず致しますので」
アイさんが頭を下げながらお願いをしてきた。懇願と言って良いレベルだ。
アイさんの家を見た限り、お礼は期待出来ない。
しかし、これは異世界物お約束なムフフな展開が期待出来るのではないか?
「アイ、礼なら私がする。何より私が彼に興味があるのだ」
どうやらシャリルさんが目を覚ましたらしく、会話に参加してきた。しかし、なんて絶妙なタイミングでカットインしてくるんだ。
「しかし、シャリル様今回の件は私の不手際が原因ですので」
シャリル……様!?素早くシャリル様を鑑定する……そして顎が外れそうになった。
鑑定結果
名前:シャリル・アブフェル 種族:猿人 年齢:二十三歳 職業:フアブフェル領領主(公爵) 紋章:ランクS七枚羽根 スキル:カリスマ・剣術騎士級・指揮・統治能力
こ、公爵様?ポイズンリムーバー持っていたから良かったけど、これ下手したら死刑もんだよな。
「まず私とアイの命を救ってくれた事に感謝する。ありがとう」
そう言うとシャリル様は俺に頭を下げてきた。年下の庶民である俺にだ。
アブフェル家から家格がかなり下がるアコニ家の騎士でさえ、俺を虫けらの様に扱っていた。
「おやめください。私は庶民の餓鬼。しかも紋様はFランクなんですよ。どうか頭をお上げ下さい。私の名はジン・フォーレ、木こりの子せがれです」
この場をアブフェル家の騎士に見られたら、無礼討ちされても文句は言えない。
でも、それ以上に名状し難い感動に包まれてしまい、どうにも出来ないのだ。
「命を救ってもらったのに、家も年も関係ないだろ?それに紋様に頼らず、あれ程の動きが出来るとは……ジン、頼む。私に力を貸してくれないか?」
シャリル様はそう言うと再び頭を下げて来た。男が男に惚れるって、こういう事を言うのだろう。
「分かりました。まずは、ここを脱出しましょう。アイさん、魔石の回収をお願いしてもよろしいでしょうか?私は外の様子を見てきます」
小屋の外に出て周囲を確認。殺気や敵の気配は感じない。
「そう言えば、ジンはどこの生まれなんだい?低ランク紋様だって言ってたけど、どんなスキルを持っているんだい?」
ここは下手に嘘をつくより、素直に話した方が得だと思う。
「生まれはアコニ領で、紋様ランクはFです。スキルは鑑定と収納で戦闘向きの物は、持っていません。ただちょっとばかり変わった事情がありまして……」
アコニ領と言った時、シャリル様の頬が少しだけ動いた。
俺はそれから、ここまで来る経緯を話した。前世の事、親に捨てられた事、そしてオーガと戦った事。出来るだけ詳しく話した……信じてもらえたら有り難いんだけど。
「今の話は本当か!?」
話をしていると、シャリル様の顔色が一変した。まあ、普通は信じないよね。
「信じられないかも知れませんが、本当に前世の記憶があるんですよ。証明する手立てはありませんが」
今さらポイズンリムーバーを見せても、インパクトは薄いと思う。チョコレートなら驚かれるかも知れないが、もう手に入らない物なのでもったいない。
「その話ではなく、ジルトの話さ。アコニ子爵は叔父上を支援していたな……領主として謝る。私が至らぬばかりに、危ない目に合わせてしまった」
シャリル様はそう言うと、俺に謝ってくれた。日本ならトップが謝罪会見を開いて謝るかも知れない。しかし、この国は王政が敷かれていて、身分制が確立されている。
俺とシャリル様が面と向かって話すなんて絶対に有り得ないのだ。
今回は、町が一番警戒しなくてはいけない場所だと思う。俺の予想だとアイさんの家には見張りが付いている筈。
(時間稼ぎが出来ていればありがたいんだけどな)
神官のフェザータリスマンを、誰かが見つけてくれていたら指示は途切れる。
「シャリル様、私が一度アイさんの家を見て参ります。あの神官が見張りを付けているかも知れないので」
俺が走り出そうとすると、シャリル様が押しとどめた。
「心配ないよ。定時連絡出来なかったから、私の部下が来ている筈だ」
部下……そう言えば、なんで領主のシャリル様があそこにいたんだ?最初は、冒険者って聞いていたのに。
◇
プレッシャーが凄い。これが、この世界の実力者なのか。
アイさんの家の間に二人の男が立っていた。一人は巨漢の重戦士、もう一人は軽鎧を着た女騎士。どちらも隙がなく、歴戦の雄だと一目で分かる。
俺が勝つとしたら暗殺それも毒殺位しか思いつかない。
「ジョウとネーアが来てくれたのか……それならリイアちゃんは無事だね」
無事に決まっている。あの二人を相手にして無事な奴なんてそうそういないだろう。
「シャリル様、連絡がなく心配致しました……怪我等しておりませんよね」
答えたのは頬に傷がある重戦士だった。年は四十代後半位だと思う。
低く迫力のある声だが、シャリル様を心から心配しているのが伝わってくる。
女騎士は表情一つ変えずに、周囲を警戒していた。どうやら、その周囲に俺も含まれている様で、物凄く怖いです。
「蛇に噛まれたけど、そこにいるジンに助けてもらったよ……やはり、フェザー教の神官が誘拐事件に関わっていた」
蛇に噛まれたと言った瞬間、シャリル様に二人が近寄って来た。
「シャリル様、あれ程“ご無理をなさならないで下さい”と言ったではありませんか。確かに民の安寧は大事です。でも、シャリル様がいてこその話なんですよ。早く噛まれた所を見せて」
さっきまで落ち着いていた女騎士が、大慌てでシャリル様に詰め寄る。その態度は主従と言うより姉だ。
「大丈夫だよ。ネーアは心配性だな。さっきも言った様に、そこにいるジンに助けてもらったし……アイさん、リイアちゃんに元気な顔を見せてあげて」
シャリル様の言葉を聞いたアイさんが走っていく。余程、リイアちゃんの事が心配だったんだと思う。
「シャリル様、どこの馬の骨とも分からない人間を信用して良いのですか?」
ジョウさんとネーアさんの視線が俺に注がれる。どう見ても好意的な物ではない。
「大丈夫だよ。僕の人を見る目は確かだ。何よりジンはアブフェル家の関係者なんだ。もちろんジョウとネーアとも関係があるんだよ」
……それって、どういう事?