任侠
朝のラッシュ時の電車の中。
何かの原因で電車のダイヤが乱れると、たちまち車内も駅も地獄の戦場と化します。
降りる人は車内の人をかき分けドアに向かい、ホームの人は乗り遅れまいと、大挙してドアに向かって来ます。
その上げ潮みたいな乗車客の波が押し寄せてきた時
「降りまーす!」
と、大声で叫び突進していけば、何とか降りることは可能ですが、小柄でか細い声しか出せないような女性の場合、降口付近までなんとかたどり着いても、乗車客の波には勝てません。
車内に押し戻され、その時の人の勢い、恐怖、痛み、悔しさ、悲しさ、いろいろなものが交差して泣き出す姿をたまに見ます。
今日も、ダイヤの乱れで車内はぎゅうぎゅう詰め。
ふと、ドアの付近を見ると小柄な女性がきつそうにしています。
次の駅で降りるのでしょうか。
心なしか、顔色もさえません。
きっと、何度か降りることが出来ず戻された経験があるのだろうと思います。
電車が駅に着くと、案の定、女性はか細い声で「降ります」言っているようですが、なかなかドアまでたどり着けません。そうこうしているうちに乗車客の波が。
絶体絶命!
その時、その女性の前に絶対に会社員には見えない強面の50代位の男性が割り込み、乗車客に向かって一喝。
「お前たち、こっちとら降りるんだよ。
どけって言ってんだよ!!」
まるで、落雷の様なドスの効いた大声で捲し立てます。
その剣幕にさすがの乗車客も怯み、まるでモーゼの十戒の映画のように人並みが二つに割れ、その中を強面の男性は睨みを効かせながら悠々と降りて行きます。
当然、その後ろをちょこちょこと小柄な女性が付いて歩き、無事に電車を降りることが出来ました。
ドスの効いた声は怖かったけど、まあ良かったなと思い、何気なくホーム上に目をやると、何とその強面の男性が次の電車に乗る列に並んでいました。
「まさか、女性を降車させるため?」
強面の男性と目が合った気がします。
「当たり前だろ。
“弱気を助け、強きを挫く”
それが任侠っていうものさ。」
と自慢げに言ったような。
頭が下がる思いです。
明日も同じ電車に乗ろう。
任侠(にんきょう、任俠)とは本来、仁義を重んじ、困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神や人の性質を指す語。
(weblio辞書より)




