見送り隊
朝のラッシュ時の電車の中。
途中の駅で、いつものように電車が止まると、車内での会話が耳に飛び込んできました。
「ねえ、見て、見て、あの人よ。」
「え?」
「ほら、この前話した“見送り隊”の人よ。」
(見送り隊?)
その会話が気になってホームを見ると、近くのドアの出入り口付近に、周りの人たちが電車の乗り降りをしている横で、無表情で電車をじっと見ている30歳前後の男性が立っていました。
その男性は、電車に乗る訳でもなく、動き出した電車を目で追うこともなく、ただ、電車のドアがあったところを見ていました。
翌日から気になって、その駅に着くと“見送り隊”と呼ばれた男性がいるか、眼で追うようになります。
そして、その男性は、やはりいつも同じ場所でたたずんでいます。
晴れの日も、雨の日も、風の日も、台風の日も、1日も欠かさずに、必ず同じ場所に立ち、同じ電車の同じドアの辺りをじっと、無表情な顔で見ています。
桜が咲き、梅雨が明け、夏の暑い日差しの中でも、また、秋風が吹き、寒い冬の間もずっと。そして、再び桜が咲くころになります。
いつも同じ電車を使う乗客は、皆、その男性のことに気が付いていましたが、誰も気が付かない素振りを見せます。
(どうして、いつも、立っているのだろう?)
片想いの女性が電車に乗っている?
それなら、無表情ではないのでは。
じゃあ、もしかして、掛け替えのない女性といつも乗っていた電車で、その女性が、すでにこの世には…。
で、残された男性が悲しみのあまり、いつも電車を見送っているのでは。)
勝手に物語を作ったりして。
1年経って桜が咲き、その桜が散る頃、男性の姿は見えなくなりました。
電車はいつものように、いつもの時間に、その駅に停車します。
いつもの通勤風景の中にいた、その男性の記憶がだんだんと薄れていきます。
明日も同じ電車に乗ろう。




