暗がり
わたくしは強くありませんから、せめて弱くならないようにと足を進めたのです。恐ろしさも恐怖も勿論ありましたが、それでもお前さまとなら屹度大丈夫だわ、なんて自分に言い聞かせて。
「なァ」
「はい」
声は、震えてはいないかしら。言葉に驚いて手を強く握ってしまったけれど、胸の内を暴かれてはいないかしら。
「平気か」
「はい」
何度目かになる問答「平気です」なんて気丈に答えるけれど、この暗がりでは見透かされてしまいそうで。
光の届かない暗闇、進んでも進んでもどこにもたどり着けやしないし、何にも突き当たらない不可思議な場所。
何時から彷徨っていたのかも忘れてしまって、繋いだ掌の体温だけが頼りでした。
「少し休みますか」
「いや、いい」
淡々とした声。こんな時でも変わらず、焦らず、わたくしを先導してくれる掌にほっとしてしまう。
ぶっきらぼうなお前さまだけれど、心根の優しいところはわたくし知っていて、怖くとも恐ろしくともそんな姿を見せずに雄々しく振る舞っていることも、勿論わかっております。
だからこそわたくしもこんな場所で挫けて泣き言を云うなど出来ませぬ。身体は多少弱くはありますが、それでも心は強くありませんと
「すまんな」
こつり、こつりと歩きながら突然そんな事を仰るから「一体どうされたんです」と首を傾げてしまう。夫婦となって大体の言葉は理解出来るようになりましたが、こうして脈絡のない言葉だとわたくしにもわからないものです。
「苦労をかけてばかりだ」
「あら、そんなことですか」
ヘンな事を仰るわ、
「そんなコト、結婚する時にはわかりきっていたじゃありませんか」
「そうか?」
「そうですとも。わたくしの身体の弱いのだってそう。だから何の心配もしておりません」
「ああ」
暗がりでお顔が見えないのが残念で、こんな時は決まって優しそうに笑って下さるから尚更。
このような状況でなかったら、外で手を繋ぐなんて気恥ずかしいことも素直に喜ぶことが出来るのに。
「すまんな」
お前さまは、もう一度その言葉を繰り返した。「本当にどうされたのですか」そう言葉にする前に、わたくしの掌が独りぼっちになる。
「すまん」
消えるぬくもり
短すぎる言葉
「待って、どこ、お前さま!」
幾ら腕を伸ばしても、言葉を枯らしてもあの温もりは掠りもしない
「すまんな」
その言葉が木霊する。
その言葉でもう、戻らぬのだと分かってしまう。それでも手を伸ばして、伸ばして――
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目が覚めると、隣で眠っていたお前さまは冷たくなっていた。
眠る前繋いでいた掌は解かれずに。けれどもう、本当の意味で繋いでいないのでしょう。
空いた手でお前さまで頬を撫でてみると氷のようで
ああ、抜けているのだ
大切な何かがすっかり抜け落ちてしまっている。
わたくしは強くないのを、ご存じでしょうに