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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ネコさんとわんこ

わんことネコさん【短編版】

作者: 北方修羅院

前作に「ネコさんとわんこ」があります。そちらも合わせて読むと良いかもしれません。

http://ncode.syosetu.com/n7806ef/

 うちのクラスにはわんこがいる。


「……おはよう、わんこ」


 クラスメイトでにわかに騒がしくなり始めた朝の教室。机に突っ伏していた私は、隣の席に気配を感じて顔を向ける。ふかふかの長い髪をした少女は、驚いたようにこちらを見やった。


「わっ、ネコさんが起きて自分から挨拶するなんて」


 ネコさんと言うのは、私こと猫柳の渾名だ。とても安直だと思うが、わかりやすいし悪くはない。

 私はつい溢れる欠伸を噛み殺しながら、犬山ことわんこに言う。


「たまにはそんな日もある……」

「これは矢が降るかもしれない……気をつけよう」


 そう言って笑うと、わんこは席に着く。私は眠たくて仕方ない朝なのに、彼女はそんな素振りは全く見せず元気そうだ。


「どうして朝から元気なの……?」

「んー? 朝の日差しとか空気って気持ちよくない?」

「気持ちいい……」


 だから私はこうして睡魔に襲われているのだが。朝の少し冷たい風と、それを暖める日差しのデュエットは凄まじい。オリコン10週連続1位も獲得できる。


「私は、その中で散歩したりするのが気持ちいいと思うの。味合わないのは勿体無いなぁと」

「……まさか、早起きして散歩してるの?」

「うん、たまに。って、そんな目で見なくてもいいでしょ」


 大げさだなー、とわんこは笑っていたが、まったく笑い事ではない。何故、朝の貴重な睡眠時間を削ってまで散歩するのか。わからない、まったくわからない。空腹になったから仕方なく起きるような私には理解できない。

 もしや、私と彼女はまったく別の生態ツリーから発展した生物なのではないだろうか。


「はに、ふゅうに?」


 実はオーバーボディを纏っているのでは。頬を引っ張ってみるが、餅のように柔らかく伸びるだけで剥がれたりはしなかった。

 伸ばされた頬を擦りながら、彼女は訊ねる。


「どうかした、ネコさん?」

「別に。そんな気分だっただけ」


 我ながら雑な回答だったが、わんこは、


「そっかー」


 と怒るでもなく呆れるでもなく、納得したように頷いていた。……大丈夫だろうか、色々と。




 わんこはいつでも笑っている。垂れ目気味ということもあり、素の状態でも笑っているように見えるが、それ以上に彼女は笑顔でいることが多い。

 友人との語らい、窓から吹き抜ける風、そして今はパン屋のピロシキの美味しさに目元を緩ませていた。


「わんこって、感情がわかりやすいね」

「そうかな。普通だと思うけど」


 ピロシキを飲み込んだわんこは言う。そして、デザートのロールケーキに手を伸ばす。

 それが触れる前に、私はロールケーキを手元にまで引き寄せた。


「あっ、ね、ネコさん。返して、返してよ」


 しゅんとした表情で懇願するわんこ。悲しげな鳴き声が今にも聞こえてきそうだ。

 私はそれを無視してロールケーキを自分の口に運ぶ――フリをして、項垂れるわんこの口に突っ込む。


「んっ、甘い……美味しい……」


 わんこは、嬉しそうに差し出されたロールケーキを頬張っていく。それを食べ終えると、何かを待つようにじっとこちらを見つめていた。

 私は、自分の分のロールケーキを半分ちぎって再び彼女の前に差し出す。わんこは、目を輝かせてそれを頬張った。

 なるほど、餌付けしたがる人はこういう気持ちからなのか。納得する私の脳裏に、思い浮かぶ犬の姿があった。

 笑っているような顔で、ふかふかの真っ白い毛を持つ……何と言ったか。

 

「サモハン……じゃなくて」

「ん、なに?」

「エドモン……でもなく」

「ネコさん、何の話?」

「わんこみたいな犬の名前……」

「私みたいな? ううん……サモハン……エドモン……もしかして、サモエドのこと?」

「それ」

「えー、私が? 全然似てないよ」

「そっくり。髪を白くしたらすぐにでも仲間になれる」

「そうかなぁ」


 自身の髪を一房手に取り、しげしげと眺めるわんこ。半信半疑といった顔だったが、やがてそれが笑顔に変わっていく。

 何を考えてそのような変移を遂げたのだろう。訊ねると、彼女はとてもにこやかに答える。


「サモエドって可愛いでしょ?」

「うん」


 まあ、写真でしか見たことはないけど可愛いと思う。ふかふかの毛並みを撫でたら気持ち良さそうだ。


「それに似ている私も、可愛いってことになるんじゃないかな?」


 エウレカ、と叫んだアルキメデスはこんな顔をしていたに違いない。そう思ってしまうほどに、すごいこと気がついた! と言う顔をしていた。

 

「……」

「あれ、どうしたのネコさん。昼ごはん食べたら眠くなった?」

「かもね」

「わっ、どうして私の頭を撫でるの?」

「なんとなく」


 首をひねるわんこだったが、撫でられているうちにどうでも良くなったのか、気持ち良さそうに目を細めて私の手を受け入れる。

 サモエドとは比べようが無かったが、たぶん負けないくらいに彼女の髪はふかふかだったし、可愛かった。


 


 わんこはよく頼み事をされる。大抵のことは嫌な顔ひとつせず二つ返事で答えるからだろう。それどころか、彼女は喜んでさえいるようだ。


「マゾなの?」

「んー、ネコさんは唐突に暴言を投げつける癖は治したほうがいいと思うな」

「だって、そんな退屈な仕事を喜んでするなんて。そうとしか思えない」


 私はわんこから視線を外し、周囲を見渡す。

 紙の匂いに混じって僅かなカビ臭さが漂う図書館には、私達以外の誰もいない。薄暗く場所も悪いここに放課後立ち寄る物好きは少なく、彼女らも閉館1時間前には立ち去る。改修の話は上がっているが、それは私達が卒業してからになりそうだ。

 そんな場所でありながら、ゴミは落ちていないし本棚も整頓されている。それは、狭い室内を忙しなく動き回るわんこのお陰だった。


「『ただ座っているだけでいい』って言われただけなのに、掃除までしなくても」

「そうだけど、綺麗な方がやっぱり嬉しいし」


 私なら5分もせずに飽きそうな本棚整理を、わんこは実に楽しそうにやっていた。

 NDC区分なんていつの間に覚えたんだろう。整理するにしろ、巻数の順があってるだけで誰も文句は言わないだろうし、さらに言えばバラバラでも文句をつける者はいないだろうに。

 ふと、楽しそうに作業を続ける彼女を見ていると思いついたことがあった。カウンターにあった古いプリントを丸めて、彼女に向かって投げる。即席のボールは、彼女の頭を超えた先に落下した。


「ネコさん、ゴミはゴミ箱に捨ててよ」


 わんこはそう言って、落ちたボールにとてとてを歩いていく。拾ったボールを持ってくると、私が差し出した手にボールを置く。


「……ふっ」

「なに? どうかした?」


 その一連の動作が、飼い主に投げられたボールを取りに行く犬そのもので、つい吹き出してしまう。

 不思議そうな目で見る彼女の頭を、私は撫でてやった。


「えらいえらい」

「うん? 褒められるようなことだったかな」

「そうそう」

「なら、いいかな」


 えへへ、と頬を緩ませるわんこ。

 褒め言葉を素直に受け取るのは、彼女の美点である。『湿気った図書館が似合っとりますなぁ』という皮肉に『文学少女っぽいって言われた』と喜んでいた時は、流石に反応に困ったが。

 

「わんこは、褒められるのが好き?」

「かも。褒められるとやっぱり嬉しいし、頑張ろうって気になる」

「けど、いつでもそうとは限らない。それでも?」

「うーん。そうかもしれないけど、そうじゃないと思うから」


 よく考えずに浮かんだことをそのまま口にした。そう考えた私だったが、


「ネコさんは褒めてくれるし。だからいいかなって」


 無邪気な笑顔でそう言われて、言葉に詰まる。喋るのが下手な私と違って、雄弁で素直な彼女は気持ちをそのまま言葉にする。その素直さは、私には毒だ。毒が回った体は、風邪を引いたみたいに熱を帯び始めていた。

 黙り込んだ私の顔を、わんこが覗く。思わず顔をそらしてしまった。


「……ネコさん、照れてる?」

「ない」

「本当? じゃあ、頭撫でさせてよ」

「それは関係ない」

「あうっ」


 振り払われた手をわんこは大袈裟に擦っていた。ふん、私はそんなに安い女じゃないのだ。


「ええ……それじゃあ私が安いみたいじゃん」

「実際そう。いつでも撫でられてニコニコして」

「むー。あっ、じゃあさ、ご飯奢るから撫でてもいい? 街でフードフェスタやってるから、そこに行こうよ!」


 ……高い安いとはそういう意味ではないと思うのだが。けれど、ドヤ顔を浮かべる彼女にそう言う気にはならず、


「1から10まで奢ってくれるなら行く」

「……もう少しお慈悲を」

「冗談。クレープ一つでいい」

「うん! じゃあ、閉めたら行こうか!」


 わんこはそう言うと、箒を手にして気合を入れる。すぐ行こうとならないのは彼女らしい。

 普段だったら早く行こうとねだる私だったが、今日は待ってもいいかという気分だった。カウンターに突っ伏し、意気揚々と掃き掃除を始めたわんこを眺める。

 私は歩くのは好きじゃないし、寝ている方が好きだ。誰かと居るよりも、どちらかと言えば一人の方好きだ。

 けれど、わんこと居る時は歩くのも悪くないと思うし、彼女の熱を感じるのも心地よいと思う。自分で切っている髪も、彼女になら撫でられてもいい。

 いつだってそう思うわけではないけど、そういう気分にさせるのは彼女だけだ。だから、ついらしくないことを口にしてしまった。


「わんこ」

「なに、ネコさん?」

「撫でた分だけ、私も撫でさせて」


 わんこはきょとんとしていたが、すぐに笑顔を見せる。


「そんなこと聞かなくても、いつでも好きなだけ撫でてよ。ネコさんの手、私好きだから」


 ……まったく、どうしたらそんな素直にものが言えるのか。また毒を貰ってしまった。

 楽しそうに鼻歌を歌うわんこを横目に、私はなかなか進まない時計の長針を睨み続けるのだった。

ネコっぽい女の子もわんこっぽい女の子もいいよね…いい…と言うアレが囁いたため二作目です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今日たまたま見ましたが、とても良かったです! 出来れば、もう少しでけ続きみてみたいですし、連載して欲しいと思いました。 お体に気おつけてがんばっていってください。
[良い点] 最高! ごちそうさまでした…
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