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夢想天鬼録  作者: 山本謙星
第壱話 人鬼夜行
7/12

06 殺人現場

 月曜日。週の始まりのこの日は、学期末テストの返却ラッシュからはじまる、はずであった。

 部活動の朝練がはじまるころ、更衣室で制服から走り込み用のジャージに着替えていると、その場にいた生徒たちの携帯電話が一斉に振動した。巻根第一高校のメーリングリストへの連絡であった。それによると……


「自宅待機?」


 頭をごしごしとタオルで拭いながら、同級生の隆山柳司たかやまりゅうじが素っ頓狂にいった。


「何でまた?」


「わからん。すでに登校している生徒は、連絡があるまで教室で待機だと」


「何かあったか? 爆破予告とか?」


 おどけたように柳司はいう。

 崇史たかふみの脳裏をよぎったのは、昨晩見るとはなしに眺めていたニュース画面であった。


「もしかして、また、か?」


 また……、という言いまわしの指し示す事柄はひとつだ。


 連続殺人事件。


「どうもそうみたいですよ」


 横から後輩が口を出してきた。


「ネットでそれっぽい情報がパラパラと、ホラ」


 差し出された画面を覗き込むと、ブルーシートと黄色のテープで封鎖された光景が映し出された。SNSで見つけた画像らしい。


「どこだ? これ?」と柳司。


「西中ですって」


「すぐ近くじゃねえか。マジかよ」


「うん? だったら朝練はどうするんだ? やるのか?」


 みな揃って困惑していると、更衣室の扉が開いて大柄の顧問教諭がのっそりと現れた。


「お前ら、メール見たか? 見たら、朝練はいいから教室で待ってろ。部長、あと頼むぞ」


 それだけいって顧問は足早に去っていった。再び職員室に戻るらしい。


「だ、そうだ」


 今度はみな揃って三年の部長に視線を向ける。部長は大きなため息ひとつついて、手を叩いて宣言した。


「はい、撤収!」


          〇


 結果だけいえば、その日、学校は完全に休校になった。


 理由はいうまでもない。一連の殺人事件に新たな犠牲者が加えられたからだ。現場は巻根西中学校の校門前。崇史の通う巻根第一高等学校からは、三キロも離れていない。

 これには、普段のんきな高校生諸氏も、さすがに不安の色を覗かせていた。特に女子生徒は、本気で怯えきってしまった者も多くいたようだ。

 そのための休校。すでに登校した生徒たちは、複数人の集団で下校するようにと厳重に言いつけられ、解散することになった。

 本来であれば、崇史もすぐに帰宅して、部活の自主練なり自宅学習なりに励むつもりだったのだが……。


「お、やってるやってる。なんだよ、野次馬集まりすぎだろ。みんなヒマか?」


 何故か彼は、友人の柳司とともに殺人現場を遠巻きに取り囲む野次馬の群れに加わっていた。


「君に言われたくはないだろう。まったくどうしてこんなところに……」


「何だよ崇史。お前は気にならないのか? 殺人現場だぜ」


「ならないな。少なくとも、好奇の目を向ける気分には」


「そうかっかしなさんな。おっ、もうテレビ局来てる。まったくハイエナ並みの嗅覚だぜ」


 長身の彼は人垣の中でも余裕そうだ。比して崇史はどちらかといえば小柄な方だ。無理に背伸びしてみたいものでもないから、後ろで柳司の気がすむのを待っていることにした。

 現場を見たいと言い出したのは柳司だった。崇史はただの付き添いだ。一緒に行こうと押し切られてしまった結果、彼はここにいる。


「気は済んだか」


「まあそう焦るなって」


「君はいいかもしれないが、僕は困るんだ。万々が一、父さんにこんなところを見つかったら……」


 崇史の父は厳格な警察官だ。捜査一課長でありながら、筋金入りの現場主義で知られていて、すなわちこの場にいつ現れるともしれない。崇史がこんな場所で油を売っていると知れれば、どんな目にあうか。


「ああそっか、お前の親父さん警察官だっけ」


 言いながらも柳司は現場を見据え続けている。何をそんなに熱心に見ることがあるのだろう。ブルーシートの中が見えるならまだしも、殺害現場は衆目に曝されることのないよう、完全に封鎖されているのだから、見て楽しいものなど何もあるまい。

 崇史も一度、つま先立ちになって現場に目をこらしてみたが何が見えるわけでもない。まあ確かに、複数の警察がひっきりなしに行きかう不穏さは、実に非日常的ではあるが。


 傍らに立つ柳司の顔をちらりと覗き見た。何やら真面目な顔をしているように見えた。気のせいだろうか?


「なあ崇史」


「ん?」


 柳司が唐突に肩を叩いてきた。


「あれ、見ろよ」


 そういって彼は、遠巻きに現場を眺める人垣のはずれに向けて、顎をしゃくってみせた。示された方角に視線を向けると。


「あれ、一組の杠葉ゆずりはさんじゃないか?」


 見慣れたセーラー服姿が目に入った。巻一の制服だ。


「杠葉?」


「ほら、一年のとき同じクラスだった」


「ああ、本当だ」


 茶髪に染めた、腰まで届く長髪。凛として、鼻筋の通った顔立ち。


 杠葉咲ゆずりはさき。崇史の記憶にもしっかりと残っている。一年生のころの同級生。ほとんど会話らしい会話をしたこともないが、颯爽とした佳人であることは強く印象に残っていた。

 しかし今、彼女は苛立たしげに爪を噛み、眉根に深いしわを刻んで折角の美顔を歪めていた。


「こんなところで何してんだろうな?」


「僕たちが言えたことじゃないだろう」


 咲はしばらくブルーシートの覆いを射貫くように睨みつけていたが、やがて踵を返し、路地の曲がり角の向こうに消えてしまった。


「本当に何しに来たんだ? あいつ」


「さあ……?」


 二人して彼女の消えた方角をぼうっと眺めていると。


「たーかーふーみィ……」


 聞き慣れた声がして、ぎょっと振り向いた。途端、彼の首根っこを、ごつごつとした大きな手ががっしりと掴んだ。


「ひ、博巳兄さん……」


 大柄の私服警官だった。精悍な顔立ちにはしっかりと見おぼえがある。

 従兄の禮泉博巳だ。第一課刑事として、やはりこの事件の捜査に関わっていたらしい。


「こんなところで何してる? まさか野次馬じゃないだろうな?」


 満面の笑みで問われた。その目が一寸も笑みの形になっていなかったことは言うまでもない。万事休すだ。


「……兄さん、後生です。父さんにはどうか……」


「どうした崇史……げっ! 博巳さん!」


 異常を察して振り向いた柳司が、潰れたカエルみたいな声を出してうめいた。


「さっさと家帰れって、ガッコで言われたはずだな? な?」


「……ハイ」


 崇史はすでに蛇に睨まれたカエルの状態である。柳司も必死になってコクコクと首を縦に振るだけの、赤べこ状態だ。


「お前たちにいいことを教えてやる。間もなく我らの頭領さまが、直々に現場の検分にいらっしゃる。この意味が分かるな?」


「よく分かります……」


 博巳は二人の目を順々にじっとりと睨みつけた。ほとんどヤクザだ。


「では適切な行動をとりなさい。さあ、どいたどいた」


 言うだけ言って彼は野次馬をかき分け、追い散らしながら通行止めのテープを超えて中に這入っていった。

 取り残された二人は互いに顔を見合わせて。


「帰ろう」


「勿論」


 尻をまくって逃げ出していったのだった。

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