04 驟雨の夜に
今話は短いので連続投稿です。
驟雨の夜であった。真昼の熱が染みついたアスファルトを、鋭い雨が打ち据える。夏の太陽が残した熱波と、雨夜の湿り気が合わさって、街にはむっとする臭気がこもっていた。
そんな不快な夜の、ビルとビルの隙間を、ひとりの少女が駆けていた。おかっぱ頭の、和装の少女だ。身の丈に合わぬ竹刀袋を背負って駆ける彼女は、傘もささず、雨露に打たれるがままだった。
彼女の足の運びは、生まれたての小鹿のように覚束ない。何度も足をもつれさせては、水たまりに頭から突っ込む始末。立派な和服も、泥水に汚れて見る影もない有様だ。
「…………駄目だ」
震える手で体を支え、何とか起き上がった彼女は、しかしてすでに這う這うの体。苦しげに眉根を寄せて、脇腹を抑えるその様子からは、彼女が何らか重篤な傷疾を抱えているように窺える。
「諦めて、なるものか」
ボロボロの彼女だが、けれど瞳には不屈の闘志を宿していた。
そしてその闘志の裏には、実は深い悔恨が根差しているのだ。
「これ以上、我らの不始末で人を殺させてたまるか……なあ、主さまよ」
少女は自らに言い聞かせた。気を抜けばすぐに萎えてしまいそうになる気骨を、こうして奮い立たせるのだ。
かつての「主」を呼び、その面影を思い出すたび、少女の肚の底はぐらぐらと沸き立つのだ。無限の熱が手足の先まで満ちてくる感覚。それこそ何でも出来そうな気がしてくる。
けれどその心情とは裏腹に、実際の少女の肉体は、すでに限界を遥に超えているのだった。
「お、のれ…………」
指の先から、体が崩れてしまいそうな気がした。煮崩れた豆腐のように、雨に溶け出してしまいそうな。
「諦めてたまるか、諦めて……たまるか」
彼女の胸を占める、地獄の窯のような悔恨と憤怒。それだけが彼女をこの世に繋ぎとめている。それらの激情の淵源は、自身の無力であった。
――また、止められなかった。
――目前の悲劇を!
目をつぶれば、即座に瞼の裏に蘇るのだ。無残にも蹂躙されていく、罪なき人の姿が。そしてその理不尽を為す、悪鬼の姿が!
――止めねばならぬ。
――私が、私がやらねばならぬのだ。
けれどその熱意と反比例するように、彼女の肉体強度は衰えていく一方だ。
和装の少女は、そんな自身の限界に見て見ぬふりをして、再び駆け出した。
自分を付け狙う破滅の足音を、その気配を、ひしひしと背後に感じながら。