表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢想天鬼録  作者: 山本謙星
第壱話 人鬼夜行
5/12

04 驟雨の夜に

今話は短いので連続投稿です。

 驟雨の夜であった。真昼の熱が染みついたアスファルトを、鋭い雨が打ち据える。夏の太陽が残した熱波と、雨夜の湿り気が合わさって、街にはむっとする臭気がこもっていた。


 そんな不快な夜の、ビルとビルの隙間を、ひとりの少女が駆けていた。おかっぱ頭の、和装の少女だ。身の丈に合わぬ竹刀袋を背負って駆ける彼女は、傘もささず、雨露に打たれるがままだった。

 彼女の足の運びは、生まれたての小鹿のように覚束ない。何度も足をもつれさせては、水たまりに頭から突っ込む始末。立派な和服も、泥水に汚れて見る影もない有様だ。


「…………駄目だ」


 震える手で体を支え、何とか起き上がった彼女は、しかしてすでに這う這うの体。苦しげに眉根を寄せて、脇腹を抑えるその様子からは、彼女が何らか重篤な傷疾を抱えているように窺える。


「諦めて、なるものか」


 ボロボロの彼女だが、けれど瞳には不屈の闘志を宿していた。

 そしてその闘志の裏には、実は深い悔恨が根差しているのだ。


「これ以上、我らの不始末で人を殺させてたまるか……なあ、主さまよ」


 少女は自らに言い聞かせた。気を抜けばすぐに萎えてしまいそうになる気骨を、こうして奮い立たせるのだ。

 かつての「主」を呼び、その面影を思い出すたび、少女の肚の底はぐらぐらと沸き立つのだ。無限の熱が手足の先まで満ちてくる感覚。それこそ何でも出来そうな気がしてくる。

 けれどその心情とは裏腹に、実際の少女の肉体は、すでに限界を遥に超えているのだった。


「お、のれ…………」


 指の先から、体が崩れてしまいそうな気がした。煮崩れた豆腐のように、雨に溶け出してしまいそうな。


「諦めてたまるか、諦めて……たまるか」


 彼女の胸を占める、地獄の窯のような悔恨と憤怒。それだけが彼女をこの世に繋ぎとめている。それらの激情の淵源は、自身の無力であった。


――また、止められなかった。


――目前の悲劇を!


 目をつぶれば、即座に瞼の裏に蘇るのだ。無残にも蹂躙されていく、罪なき人の姿が。そしてその理不尽を為す、悪鬼の姿が!


――止めねばならぬ。


――私が、私がやらねばならぬのだ。


 けれどその熱意と反比例するように、彼女の肉体強度は衰えていく一方だ。

 和装の少女は、そんな自身の限界に見て見ぬふりをして、再び駆け出した。


 自分を付け狙う破滅の足音を、その気配を、ひしひしと背後に感じながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ