第1話 幻惑の森
あらすじが書けない…。のんびり更新していこうと思います。
ライネスはよろよろとふらつきながら、霞む目で目の前にある家を見つめた。どこにでもある、木で作られた平屋の家。それをライネスは信じられない思いで眺めた。
ライネスは今森の中にいるが、ただの森ではない。街の住民から幻惑の森と呼ばれ恐れられている森だ。過去にこの幻惑の森に入って帰ってきた者はいないという噂をライネスは聞いたことがあった。何でも一度入れば磁場が狂いコンパスは意味を失くし、印をつけながら歩いていってもいつの間にか印が消え、どんなに歩いても全く同じ景色が続き、どこまでいっても出られないそうだ。それに加え幻惑の森には強力な魔物が多い。探索者は道を探して歩き回っているうちに魔物と遭遇しやられてしまうらしい。なぜこんな森が存在しているのかは謎だが、妖精が人間に侵入されないように悪戯をしているという説もある。
故に、この幻惑の森に入ることは自殺行為だ。しかしライネスは自殺するためにこの森に入ったわけではなかった。
ライネスは何時間も森を彷徨った上に魔物に襲われ、命からがら逃げてここに辿り着いた。そこは鬱蒼とした森の中で不自然に開けた空間になっていて、その中心に家が建っていた。
これも妖精が見せる幻覚なのかもしれない。こんなところに人が住んでいるわけがないのだから。
それでもライネスはその家に近づいた。幻覚でもいいと思った。どうせ死ぬのだから、最後はふかふかの布団で寝ながら死にたい、とよく分からないことを考えていた。
ライネスは家の窓から中を覗こうと思ったのだが、不思議なことにこの家は窓がなかった。ライネスは中の様子を覗くのを諦め、家の正面に回ってドアノブに手をかけた。手に汗がにじむ。もし開けた瞬間に妖精が襲い掛かってきたらどうしよう、と思い数瞬ためらったが、意を決してドアを開けた。
恐る恐る家の中を覗くと、予想に反して中には誰もおらず、家の中は家具やベッドがあり生活感に溢れていた。
もしやここは本当に人の家で、誰か住んでいるのか? と思いつつライネスは家に上がることにした。
「……おじゃましまーす」
誰もいなかったが、ライネスは一応挨拶して入った。
家の中は15畳ほどの部屋が二つあり、その奥にキッチンがあった。なかなか広い家だ。部屋には普通にソファやテーブルがあり、ところどころ散らかっている。ライネスは慎重に進みながら部屋を観察し、キッチンに着くと食料棚を確認した。そこには水とパンしかなかったが、結構な数があったのでライネスは安心した。
するとその時、後ろから「うおおおおお!」という叫び声が聞こえ、慌てて振り返ると黒いフードを深く被った奴が、部屋にあった椅子を振りかぶって迫ってきていた。
「ぎゃあああああ!?」
ライネスは叫びながら振り下ろされた椅子を避け、襲ってきた奴を思い切り蹴とばした。襲撃者は「ぐふっ」と言いながら吹き飛び、食料棚と食器棚の間の僅かな隙間に挟まった。
「…………」
両者の間に沈黙が流れる。襲撃者はどうにか出ようともがいていたが隙間が狭すぎて出られそうになかった。ライネスは腰に携えていたナイフを取り出し、油断なく構えた。
「くそっ! 薄汚い強盗め!ここは我輩の城だぞ!今すぐ出ていけ! ……いや、我輩を起こしてから速やかに出ていけ!」
「え? ……もしかして、ここの家主さん?」
「そうだ!ここは我輩の城だ! 我輩がいるからには貴様の好きにはさせんぞ、卑怯な強盗が!」
ライネスは家主から強盗だと思われているらしかった。勝手に上がり込んだので仕方ない。ライネスは誤解を解こうとしてこれまでの経緯を説明しようとした。
「すみません、許可も取らずに勝手に入り込んでしまって。実は僕、この森の近くにある街に住んでいたんですが……」
「待て待て待て!説明は後にしろ!いつまで我輩をこのままにするつもりだ!早く助けろ!!」
「あ、すみません。忘れてました」
ライネスは家主を引っ張って助け起こし、部屋の中央にあるテーブルに家主と向かい合って座った。
「先ほどはすみませんでした。まさか家主さんだとは露ほども思わず……」
「全くだ。しかと反省するがよい。まあ我輩は寛大だからな。許してやらんこともない…こともない」
「めちゃくちゃ根に持ってるじゃないですか…。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕はライネスと言います。最近までパン屋の下働きをしていました。よろしくお願いします」
「我輩は!」
家主は急に大声を出すと椅子から立ち上がり、被っていたフードを勢い良く取り、ローブの裾をばさあっと払った。ライネスはその勢いにビクっと肩を揺らした。
「我輩は黒煙の悪夢……。数多の人を漆黒の闇に引きずり込んだ恐怖の権化、第36代悪魔公爵、アルトリア・ロイド様だ!!」
家主――アルトリアは、腰に手をあて、びしっとライネスに指を突きつけながらドヤ顔で言った。ライネスは奇怪な自己紹介に多少、いやかなり顔を引きつらせた。
「えーと……。つまり、アルトリアさん、ということでいいですか?」
「うむ。貴様は特別にアルト様と呼ぶことを許そう」
「えっと、じゃあアルトさんで……」
アルトリアは様付けされなかったことに多少顔を顰めたが、すぐに気を取り直した。
「うむ。してライネス、貴様の用は我輩に弟子入りすることだったな? しかし我輩は将来有望な奴にしか秘伝の術は教えんことに……」
「ちょっとストップ! 待って下さい! 誰も弟子入りしたいなんて言ってません! 僕がここに来たのは、その…並々ならぬ事情があってですね…」
ライネスは言いにくそうに、というよりはどう言えば伝わるのかを考えていたため、歯切れが悪くなった。
「ふむ。訳ありというわけだな。よせ、皆まで言わずとも分かる。貴様は禁忌とされる魔術を専門に扱う黒魔術師だったのだろう。それが魔術協会にバレて追われている……というところか」
アルトリアは神妙な顔で顎に手を当てながら言った。それはさながら事件を解決中の名探偵のごとき雰囲気を醸し出していた。
「……全然違います。黒魔術って何ですか。魔術協会も聞いたことないし。まあ、追われているというのは当たっていますが」
「ふっ。さすが我輩。一片の隙なし」
「……もういいです。僕が追われているのはこれのせいなんです」
ライネスは左腕を掲げて腕輪を見せた。腕輪は少し幅が広く鉄製で、茨のような意匠が施されている。
アルトリアはそれをじろじろと眺めてから肩を竦めた。
「いかにも安物だな。我輩ならミスリル製で一流の細工師に依頼し……」
「あー、分かりました分かりました。それで、僕はこの近くのラストアの街でパン屋の下働きをしていたんですが、先日、道でこの腕輪を拾って。そしたら謎の黒ずくめの集団に何故か追われるようになって。必死に逃げて辿り着いたのがここだったんです」
「ふむ。因果関係は明白だな。君が追われるようになったのは腕輪を拾ってから。つまり腕輪が原因だ。そんな薄汚い腕輪なんか捨ててしまえ!そしたら万事解決だ」
アルトリアはビシっとライネスに指を突き付けて言った。むかつくほどのドヤ顔だ。
ライネスはため息をついた。
「それができれば苦労しないんですけどねえ。何故かこの腕輪、外れないんです」
「何?」
「最初拾ったときはもう少し緩かったんですけど、腕にはめた途端サイズがぴったりになって。それ以来いくら引っ張っても取れないんです」
確かに腕輪にはつなぎ目がなく、手から通していれるタイプのようだ。それにしてはライネスの腕のサイズぴったりで、手から通して外すのは無理そうだった。
「ふむ」
アルトリアは手首のところにある腕輪を引っ張ったが、腕輪はぴったりとくっついていて全く動かなかった。更に力を込めて引っ張るも、腕輪は一ミリも動かない。アルトリアはムキになり、両手で全力で引っ張るとライネスから悲鳴が上がった。
「痛い痛い痛い! 皮膚が千切れる! 止めてください!」
「ふうむ。確かに外れないな」
「だから言ってるでしょ!?」
ライネスはもう涙目だった。
「分かったぞ!」
アルトリアは目を輝かせてポンと手を打った。
「その腕輪は魔術協会が秘密裏に作った呪いの腕輪だ!その腕輪を付けたものには次々と不幸が訪れるのだ」
「ひいっ!何でそんな物騒な物を……ってほんとですか?」
「うむ。……(多分)」
「今多分って言いました!?ねえ!」
アルトリアはピューと口笛を吹いてごまかした。
「うう…。とにかくこれのせいで街に戻る訳にもいかないし、他の街に行こうにもお金ないし…」
ライネスはアルトリアの手をがし、と掴んだ。その勢いにアルトリアは鼻白んだ。
「だから!この腕輪が外れるまで、僕をここに置いてください!お願いします!」
「うーむ。しかしな、我輩ずっと一人暮らしであったし、人1人面倒見るの大変だし…。弟子ならともかく」
ライネスはぱっと顔を輝かせた。
「弟子だったらいいんですか?じゃあ僕弟子になります!お願いします師匠!」
師匠と呼ばれてアルトリアは少し口角を上げた。師匠というのは存外いい響きだった。
「うむうむ。もう一度言ってみろ」
「師匠!よっ師匠のイケメン!世界一!」
アルトリアはぷかあと鼻の穴を広げ、更に口角を上げた。
「ふはははは!そうだ!我輩は世界一だ!よし、お前を弟子として認めよう。好きなだけここにいるがよい!」
「本当ですか!?やったあ!!」
ライネスは飛び上がらんばかりに喜んだ。ここに辿り着くまで変な奴らに追いかけられ、森に逃げたら魔物に殺されそうになるわで全くついてなかったが、これで当面の生活は確保できる。
その後、とりあえず居間にあったソファをベッド代わりに与えられ、一日中歩き通しで疲れていたライネスはソファに倒れ込むようにして就寝した。