32.落とし穴を抜けて
どれぐらいだろうか??
俺はしばらく放心していた。
ふと、視界の焦点が合い始める。
そこには彼女が立っていた。
先程の怯えていた表情ではない。
多少緊張してはいるようだが、
猿の一件の前に見せてくれていた、
そんな笑顔に見えた。
そして、更にその手前に目の焦点が合う。
そこには彼女から差し出された
小さな手があった。
それを見て、また少し思考が停止する。
そんな自分を見て、
彼女は何かを伝えて来る。
ゆっくりと発せられるその言葉。
それは、彼女としばらく過ごした間で、
一番良く言われた言葉だ。
それを彼女は、もう一度ゆっくりと発し、
更にその小さな手を更に此方に近づけて差し出す。
「ありがとう」
そうかどうかはわからないが、
彼女が感謝を述べているのだろうと思う時に、
彼女から発せられる言葉だった。
彼女の顔に焦点を戻す。
先程よりも、緊張の解けた、
自然に近い笑顔で彼女が立っている。
その手をゆっくり取る。
握り潰してしまわないよう。
体重を掛けないよう。
その手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
彼女と視線の高さが同じになり、
やがて、彼女を見下ろすような高さになる。
自分が立ち上がったことで、
お互いの手をゆっくりと離す。
どうやら、彼女は大丈夫らしい。
その彼女からお礼の言葉をもらい、
自分も立ち直ることができた。
オーバーなやり方だったとは言え、
彼女を守れた。
その事実を彼女も理解してくれたのだろう。
それに対する彼女の言葉が、
なによりその笑顔が、
自分の心を落ち着かせてくれた。
以前から危険だと思っていたが、
やはり、この体の本能に身を任せるのは、
かなり危ない事だと実感した。
感情的な面が一切無い、
作業的に相手を駆逐してしまう。
その事を改めて認識し、
以後、それに屈しないように
良く肝に命じてから、トーチカを出る。
トーチカから出ると、死臭に呼び寄せられて、
不気味な掃除屋のようなモンスター達が、
近くにかなりの数で寄ってきていた。
大きな黒い鳥が周囲の木々から此方の様子を伺っている。
穴の周囲には、
動きの遅そうな巨大芋虫がダラダラとヨダレを垂らし、
その巨体を縫うように、ゴワゴワとした毛並みの汚ならしい大ネズミや、
派手な警戒色の百足、
今朝倒した足の長い蜘蛛などが、穴を取り巻いていた。
自分の罪悪感の軽減と
せめてもの弔いにと思い、
猿のモンスター達を土葬してやろうと思っていたが、
既に状況がそれを許さなくなっていた、、、。
無理に土葬すれば、モンスター達の矛先が彼女に変わり兼ねない。
足元の土を変形と硬質化で穴の対岸へと道を作る。
トーチカから出てきた彼女の顔が、
上下左右のおぞましい状況を確認して、
また恐怖の底へと落とされる、、、。
ズキッ!!心が痛い、、、。
作った道を堂々と通る。
彼女に離れないように示唆する。
モンスター達も、この惨劇を作った者が本能的にわかるのだろう。
視線が自分に集中し、
道の対岸の部分のモンスター達が、モゾモゾと道を譲り始める。
そこを堂々と通り、
モンスター達の輪を抜けた辺りで、
彼女を進行方向に庇うように先に行かせる。
一部のモンスター達の視線が此方にまだ向けられる中、
足からバクテリア達を伸ばして、
トーチカから作った道を崩す。
序でに渡りきった所の地面の硬質化を弱めると、
その部分の土が穴の中へと崩れて行き、穴への傾斜ができる。
その音と穴へと通路の登場に
その場のモンスターの視線が穴の中へと集中する。
雄叫びのような不快音をそれぞれ大きく上げながら、
穴の中へと雪崩れ込み、争うような鳴き声と
肉骨を貪る嫌な音がその場を支配する。
その場を後に、暗くなり始めた密林を
川沿いに小走りに上って行く。
辺りが完全に暗くなった所で足を止める。
穴からはだいぶ離れた。
穴に誘き出されたせいか、
ここまで来るのにモンスターには
遭遇しなかった。
何の変哲も無いこの場所にトーチカを作る。
ふと、穴から離れて初めて彼女を見る。
それに気が付いた彼女は、
此方に今までのような自然な笑顔を送ってくれた。
その笑顔が、とても痛く、だが、とてもありがたかった。
その優しさに感謝し、気持ちをそろそろ切り替える。
先程、彼女には少しワニモドキの肉を食べてもらったので、
軽い夕食にする。
小さめの鍋で、
ワニモドキの肉を小量小さく切り、油で軽く炒める。
そこに、アロエ風の葉も小さく切って、
出てくる汁ごと鍋に入れる。
少し煮詰めてとろみが出たら、
水と軽く塩を降ってスープを作る。
それを少し大きめのカップに注いでから、
彼女に渡す。
自分もそれをカップに注ぎ、
ゆっくりと口へ流し込んで行く。
旨みととろみを感じる美味しいスープで、
優しい味だったが、どこか寂しさを感じる味にも思えた。
いつも会話の無い食卓だが、
今日はやけに静かに感じる。
ぎこちない、という事では無いのだが、
あんな事の後だ、仕方ないだろう。
気持ちもある程度切り替えられているのだが、
それをうまく表現出来ないこの体がもどかしい。
ふと、彼女を見ると、
浮かない表情で焚き火を眺めている。
まぁ、こんな日も有っても仕方ないだろう!!
自分の中だけで、気持ちを完全に入れ替えた!!
そのうちに彼女にもそれが伝わるだろう!!
軽い夕食を済ませて、二人で後片付けをする。
その後、また焚き火の前で座る。
少し手持ちぶさただと思い、昼の続きを行ってみる。
魔法の練習だ。
ゆっくりと、
慎重に、
小さく、
手のひらに力を溜めて行く。
一応彼女が左前に座っているので、
右手を外側に向けて行う。
それに彼女も気が付き顔を上げる。
自分の作業を見ていた彼女から、
両の手のひらで抱えた物を、
縮めるようなジェスチャーが来る。
圧縮か?
と思いエネルギーを凝縮し始めると、
彼女が慌てて両手を横に振って、止めるようにジェスチャーしてくる。
ってことは、小さくか?
手のひらに溜めるエネルギーを小さくしていく。
それを見て彼女も頷き始める。
、
、
、
それからどうするの??
彼女に首を傾げると、
彼女も「えっ?」っと言うような声を上げて、
自分の力を込めた手を見て少し考え込み、
首を傾げる、、、。
あれ??
普通はこれで出来るって事なのか??
ゆっくりと手の平の先を覗くが、
何も無い。
熱くも冷たくもない、、、。
魔法の仕組みがまだわからないし、
人とゴーレムではかなり違いが有るのかもしれない。
彼女の指導に従い、
何度か試みるが、結局結果は同じ。
その度に彼女も首を傾けるだけだった。
俺には魔法が使えないのか?
それとも彼女と同じやり方ではだめなのか?
原因はわからないが、
現段階では、自分に魔法の行使は難しいらしい。
彼女に指導のお礼に頭を下げる。
彼女も上手くいかなかったことに
納得行かなかった用だが、
俺のお礼に応えた後、
トーチカの中で休むようだった。
最後に魔法のお陰で、
彼女と良い雰囲気に戻れた。
まさに魔法だな。
これで明日からは、また問題無いだろう。
トーチカの入り口を背中で半分塞ぎ、
火の番をしながら、合間で魔法の練習をする。
だが、やはり結果は変わらなかった、、、。
昼の大爆発は、圧縮を行ったらなったような気がするが、
あれは危険で使い道が難しそうだ、、、。
そんなことを考えながら、
夜が明けるまで、ゆっくりと焚き火の前で過ごす。
ーー暗転ーー




