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ふたたび

作者: 立木 見

「…」

「私の貴方と過ごした二年九ヶ月を返してよ…」

「…」

「ねぇ?なにか言ってよ!」

「…」

「貴方?何も言わないの?」

「…」

「もう…終わり…」

「…」

「……………さよなら」

電話の向こう側は静寂に包まれていた。


そして、私達の関係は終わった。


僕はただ彼女から逃げた。


無言という卑劣な行為によって自分の自我が崩壊するのを寸でのところで食い止めた。

でもそれは彼女を追い詰めた。

そして、彼女に別れの言葉を言わせた

僕は最低の男だ。

僕は結局自分で何も決められなかった。

親が幾つか経営するコンビニエンスストアの一店舗を任され、店長になった。

夜勤が多く、仕事に追われ恋愛どころではなかったし、彼女に迷惑がかかると思った。

何より自分自身、彼女との関係を本気の恋とか思っていなかった。

単なる結婚適齢期に時々発症する発作めいた何かだと決めつける事にした。

そうでもしないと心が崩れそうだったから…

自分の意志の弱さが生んだ失恋だと分かっている。

それでもその喪失感は半端なく大きかった。

結果、僕は自分自身に恋愛禁止の暗示をかけた。

その方が気が楽になれた。

こんな優柔不断な僕の事など、別れた彼女も呆れ果てて嫌いになっている事だろうから…

また、誰かを好きになって同じように傷つけたくなかった。

僕はただ黙々と仕事をこなしていく生活を選んだ。



私は久しぶりに味わう失恋の痛苦い感覚に苦しんでいた。

仕事が手につかない…

あんな奴の事は早々に忘れてしまおう…

元彼はいい意味でも悪い意味でも自分の意見をあまりはっきり言わない性格だった。

俗にいう流されるタイプだ。

私の好きなように振り回せる都合のいい奴だった。

高校時代の同級生…でも、当時付き合っていたわけではなく、単なるクラスメイトの一人でしかなかった。

あれは、二年九ヶ月前、私は大学を卒業して地元に帰って来た。

久しぶりに高校時代の友人達と連絡をとろうとしたが、地元に戻って来ていたのは、私一人だけだった。

休日、時間をもて余した私は家の近くのコンビニや本屋に行って時間を潰していた。就職先は地元のスーパーマーケットの事務職に決まっていた。

入社式まで2週間ほどできた自由な時間をただ無駄に消費していた。

そんなときに彼にあった。

本屋によったついでに、本屋の向かいのコンビニエンスストアにフラリ立ち寄った。

カゴのなかにスナック菓子やらジュースを入れて、レジに並んだ。

レジの脇にあるお弁当コーナーで淡々と商品を並べている男性がいた。

何処か見覚えのある風貌だった。

たいして冴えない雰囲気だったので、声をかけることもなく、そのままレジを済ませ帰ろうとした。

でも、少し気になり一瞬私は立ち止まった。

別に彼が私の進路を妨害している訳ではなかった。

それでも、私の行動が彼には見えていたらしく、声をかけられた。

「すいません…商品が見づらいですよね?今避けますね…」

私が立ち止まった事に気づいたのは感心できた。

でも、私の左手には白いビニール袋があった。

この男は会計を済ませた事に気づいていないようだった。

思わず苦笑してしまいそうになったが、振り向いた彼の顔を見て懐かしさについ私の方から声をかけた。

それが、彼と付き合うきっかけになった。

まぁ、付き合うと言っても男友達の延長みたいなものだった。

だから、彼とは恋人らしいことはしていなかった。

考えてみたら、手をつないだこともなかった。

まぁ、どちらにしても彼は私より仕事をとったのだから、今さら色々と考えたところで現状が変わるわけもなかった。


「稲葉さん!稲葉さん!」

突然私を呼ぶ主任の声が耳に入ってきた。

「えっ、は?はい!」

私は間の抜けた返事をしていた。

「今日は締め日なんだから、しっかりしてください!後、この間の書類に不備が有るんだけど!ちょっと、いいかしら?」

私は慌てて席を立ち上がり主任の所まで向かおうとした。

その拍子に机の上に積み上がった書類が雪崩のように床の上へと崩れ落ちていった。

その後も、細かな失敗を繰り返した。

だんだんと職場に行くのが億劫になっていった。

結局、私は仕事を辞めた。


「これ!いつまで寝てるの!」

私の部屋のドアの向こう側から母の元気な怒鳴り声が聞こえてきた。

「今、起きるから!」

負けじと私も大きな声になっていた。

「全く!大学でてニートなんて恥ずかしくないの?」

母のデリカシーのない言葉に私は怒りすら覚えた。

「うるさいわね!」

思わず怒鳴ってしまった。

「ご飯出来てるから冷めないうちに食べるのよ」

そして、母の気配はなくなっていた。

きっとリビングにでも行ったのだろう。

なんだか…何にもしたくない…

ふと、元彼の顔が頭を過った。

私は一日中部屋の中にこもった。

リビングから両親が何か話をしている様だった。



「母さん望は?」

「部屋にこもったままです」

「しかたがないなぁ…父さんが…」

「止めてください!」

「何で?」

「今はそっとしておきましょう…それに」

「それに?」

「お腹が空いたら勝手に出てきますよ…」

「だと良いんだが…」


深夜、私は空腹に耐えかねて台所にまるで泥棒のように侵入した。

手探りで冷蔵庫のドアを見つけ出しそっと開けた。

冷蔵庫の庫内を照らす灯りを頼りに私は食パンを見つけ出し手を伸ばした。


すると、突然部屋の灯りがついた。

「へっ」

「へっ?じゃないでしょ!望!何時だと思っているの!」

母がリビングの影から現れた。

父も黙ったまま一緒に立っていた。

「ごめんなさい…」

「とりあえず椅子に座って…ご飯食べるでしょ?」

「うん」

私は母に言われるがままダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。

父も椅子に座ると小さなあくびをひとつついた。

「母さん、腹へったなぁ」

「えっ?」

私は父の言葉に驚いた。

二人はどうやら私が部屋から出てくるのをずっと、待っていたようだった。

母は鍋を火にかけた。

微かに出汁の香りがする。

「今、出来るから…」

少し待っていると、母がお盆の上に丼を三つのせて、やって来た。

鶏肉と長ネギか入った雑炊だった。


三人で静かな晩餐…

そして、食後にいつもと同じように母の煎れたほうじ茶がテーブルに並ぶ…

そして、いつものように母は台所で食器を洗い始めた。


父はほうじ茶を口に運び、少し啜ると、私の顔を見て言った。

「望…いつまでも家に籠りっぱなしは良くないなぁ」

「うん…」

「仕事しろとは言わない…せめて、明日外に出てみたらどうだ…」

「うん…」

「おやすみ」

そう言って、父は寝室へと消えていった。

母はただ台所で二人の様子を黙ってみていた。


翌朝、とは言ってもまだ学生や会社員が歩いていない時間帯に私は外に出た。

父との約束を早々にこなしてしまおうという考えもあるけど、あまり人に会いたくないというのが本音だった。

久しぶりの散歩と思えば、いくらか気が楽になった。

何と無く歩いていると、元彼の働くコンビニエンスストアの前を通りかかった。

歩道から遠巻きに店内を窺うと彼は此方に気がつく訳でもなく、棚に商品を陳列しているのが見えた。

今の自分の立場を思えば、なんだか負けているように感じた。

「何か働いてみるか…」

自分に言い聞かせるように独り言を呟いた。

とりあえず、履歴書の用紙を買おうかと思い立ったが、元彼の前でそんなものを買えるはずもなかった。

仕方がないので私はしばらく歩いて別のコンビニエンスストアに立ち寄る事にした。

寒さのせいかトイレを借りた。

洗面台の脇にあるハンドドライヤーに手を伸ばした。

すると壁にパート募集のポスターが貼ってあった。

わたしは、ボールペンと履歴書を買って家に帰った。


僕はやっと、彼女のいない生活に慣れ始めていた。

コンビニエンスストアの朝の仕事は結構しんどい。

まあ、深夜からずっと仕事をしているのだから、当然と言えば当然だ。

朝のシフトのスタッフが来るまでもう少しの辛抱だった。

睡魔と格闘しながら、レジにただ立っているだけでは、そのまま深い眠りに落ちてしまいそうだった。

とにかく体を動かして眠気を紛らわせた。

商品を陳列していると店の外に人影があるのに気付いた。

何となく俯いて歩くその女性はどことなく元カノに雰囲気が似ていた。

こんな朝早くにジョギングでもないのに女性が一人で歩いているはずもないなぁなどと、考えていると、いつの間にか女性の姿はなかった。

もしかすると幻覚でも見たのかもしれない…

僕はまだ心のどこかで彼女の事を諦めきれていないのかもしれなかった。



私はコンビニエンスストアのパートを始めた。

そして、一通り仕事を覚え、少しではあるが仕事の楽しさみたいなものを感じ始めていた。

そんなある日、私はオーナーからレジ裏のスタッフルームに呼ばれた。

「稲葉です…失礼します」

「そこに座って…」

私はオーナーに促されてパイプ椅子に腰を下ろした。

「実はね…お願いというか…あっ、その前にこんなことを聞くのもなんだが…稲葉くんに…う~ん何て言うか…」

オーナーは本題を言えずに、どぎまぎしていた。

「オーナー…話が見えませんが…」

「結婚してくれないか?」

「はぇ?…ちょっとオーナーいきなりそんな…」

「いや、私とじゃなくて、そのなんだ、息子と見合いをしてほしいんだが…」

「息子さんですか?てっ見合いって…」

「まぁ見合いと言っても…そんなに硬いもんじゃなくて…そうそう息子は、仕事ばかりしていてなぁ…このままずっと独り身というのも…私がいうのもなんだが、真面目な奴なんだが…実は来週の日曜日レストランプロナードの個室を予約してあるんだが都合をつけてはくれないだろうか?」

「そんないきなり」

「まぁ、見合いというよりは食事会みたいなもんだから…ドレスコードとか気にしなくて良いから…そこのローストビーフが絶品でね」

オーナーに言われるわけでもなく、そのお店は最近オープンした人気店で予約しないと、食べられない事で有名だった。

確かにレストランプロナードは魅力的だし、私雇われの身だし、等と考えながら渋々了承をした。


「なんで貴方がいるわけ…」

私は艶のあるベージュ色のワンピースを着てすこし不機嫌になっていた。

目の前には何故か別れた元カノが居心地悪そうに座っている。

「仕方ないだろう…父さんが会ってこいって…」

「貴方とオーナー似てなかったし…」

「母さんの再婚相手でさ…」

「そうなの…それもあるんだけど…なんで私の両親まで同席してる訳…しかもオーナーと仲良くお酒なんか飲んでるワケ…」

「高校時代の親友に頼まれたとか言ってたような…」

「何その話、私聴いてないし…」

「僕たちのいない所で何だか話が盛り上がっているような」

「何だか嵌められた感じよね…」


気が付けば外堀は全て埋められていた。

気が付けば私たちは再び付き合う事となり、半年後に結婚する事になった。

どこか釈然としないけど…まぁ、こんなものか…







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