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鉄錆戦機セコハンウォーカー  作者: どくとるフランキ
1. アウトバック・スターツ・ヒア
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1-4 ガラクタ山の頂上で

 アレクシス達が向かったジャンクヤードは、ブロークンヒルの中心部からかなり外れたところにある。二人はトレーラーに積んであった伝令用の自転車に跨り、15分ほどかけてようやくここまでたどり着いた。鉄柵に囲まれた敷地は野球ができそうな程の広さなのだが、バラバラにされてそこかしこに積み上げられたウォーカーのせいで全く広いとは感じられない。敷地の中に入ると、残骸の山の隙間に出来た獣道を歩いているといった風情だ。紫色をした薄暮の空と相まって実に不気味な場所だが、アレクシスはここが好きだった。ウォーカー乗りにとって、この鉄屑は宝の山だからだ。

「は、早く帰りましょうよ……」

 コクピットブロックを貫く弾痕に、爆発で千切れ飛んだ四肢。明らかに戦闘で撃破された痕跡のある有象無象のウォーカーの残骸たちをキョロキョロと見やりつつ、ウィルが不安げに呟いた。

「まあ待てって、おっちゃんに挨拶して貰うもん貰ったらすぐ行くからさ」

 因みに、ここオーストラリアにこれほどまでにウォーカーが溢れているのには理由がある。世界は戦争の真っ只中であり、南米大陸に中枢を持つ「エスタンジア帝国」と、北米から東ヨーロッパまでを勢力圏に置く「ローラシア連邦」の二大勢力が今この瞬間も睨み合い、西欧、アフリカ、アジア、そしてここオーストラリアをピザのように切り分けている。だが両陣営の正規軍がオーストラリアにまで出張ってくることは殆どなく、戦場の主役となるのは土地勘のある現地の傭兵達だ。

 正規軍で近代化改修を重ねながら何十年という時を掛けて使い潰される戦車や戦闘機と違い、日進月歩で技術革新が進んでいるウォーカーは、開発から5年も経てば完全に時代から取り残された旧型機になる。そうして正規軍を退役した旧型ウォーカーは解体され、表向きは廃棄物として、政府と取引のある廃品業者に引き渡される。そしてその自称「廃品業者」の船で傭兵達の最前線へと運ばれたウォーカー部品は、現地の中古ウォーカー商の手でもう一度兵器として組み上げられ、二大勢力に雇われた傭兵組織による代理戦争の尖兵となるのだ。これこそ、22世紀流のリサイクルの形である。

 ガラクタの隙間をかき分け、乾いた地面に転がる鉄屑を踏みしめながら、やがて二人はジャンクヤードの最奥部にたどり着いた。ここに建つ小さな掘っ建て小屋こそが二人の目的地だ。

「おっちゃーん! いるかー?」

 アレクシスは扉の前で声を張り上げるが、返事はない。インターホンのボタンを連打してみたり、ペンキが半分剥がれた扉をガンガンと叩いてみたりもしたが、やはり留守のようだ。

「外出中、なんですかね……?」

 カーテンの隙間からそっと中を覗いてみるアレクシスだが、明かりも点いていない室内には人の気配はない。

「なんだよ、せっかく久しぶりに会いに来たってのに……」

 アレクシスはそう呟いて、足元に落ちていた錆まみれのボルトを蹴飛ばした。

「なぁウィル、おっちゃん居ないなら俺達だけでパーツ漁って持って帰っちまうか?」

「さ、さすがにそれはマズいんじゃないですかね先輩……」

 おっちゃんは良い人だから許してくれるって、などと相方の説得を試みつつ、アレクシスはガラクタ山を睥睨していた。焼け付いた関節モーター、銃身が破裂した20mmマシンガン、レンズにヒビの入ったカメラセンサー──海に沈めて漁礁にする以外に役立てる方法が思いつかないようなゴミが大部分を占めているが、この中のどこかに使えるパーツが残っているかもしれない。

「なぁ、こういうのってなんか宝探しみたいでワクワクしないか?」

 残骸の山に登頂し、両手でガサガサとジャンクパーツを掘り返しながらアレクシスは問う。

「管理人さんいないんですから、早く今夜の宿探しに戻りましょうよぉ……!」

 二人は、まだペーペーだった頃にも、こうしてジャンクパーツ漁りに来たことがある。目に見える損傷が殆どない、ジャンク品にしては随分と小奇麗なウォーカーが敷地の隅に捨てられていて、掘り出し物だと喜び勇んで飛び付いたものだ。だが、今でもその時の事はあまり思い出したくないというのが二人の共通見解だ。二人が訪れる数週間前に戦闘区域から回収されたというそのウォーカーには、まだパイロットが乗っていたのだ。胸部上面ハッチをこじ開け、ろくに中の確認もせずにコクピットに飛び込んだウィルは、機内で人知れず名誉の二階級特進を遂げていたパイロットと至近距離でご対面するに至ってしまった。ウィルがジャンクヤードに行くのを嫌がるようになったのはその日からだ。

「……お?」

 と、その時、ガラクタ山を徘徊していたアレクシスの視界が何かを捉えた。残骸の山に半分ほど埋没していたが、見間違えようのないシルエット。

「見ろよウィル! この機体、手足が全部揃ってるぞ。大して傷んでもないし、油差したらまだ動くんじゃないか?」

 アレクシスが駆け寄る先にあったのは、ほぼ完全な姿を留めたまま廃棄された第2世代ウォーカーだった。山積みになったジャンクパーツを寝床に、仰向けに寝かされた巨大な人型のシルエット。幾何学的な多面体で構成された装甲の隙間から覗く、寸分違わぬ精度で組み合わされたギアやシャフト。芸術的とまで言える工作精度が、このウォーカーがアナログ機械立国であるエスタンジア製の機体であることを如実に物語っていた。

「『ケーファー』か、こいつとは何度か戦ったっけか……中々いい機体だよな、こいつも」

 砂漠に適したダークイエロー系の迷彩が施されているということは、この近辺で最近まで使われていた機体だろうか。機体各部に取り付けられた手摺やアンテナ、対人機銃の銃身といった突起物に手をかけ、アレクシスは難なく巨人の腹の上に登頂する。

「まさか、これ持って、帰るっ、とか、言わないっ、でしょうね」

 アレクシスの後を追って機体をよじ登りつつ、ウィルは眉をひそめた。

「全部は無理でも腕1本くらいなら持って帰れるんじゃないか? 二人で担いでさ」

 ウォーカーの腕1本が何トンあると思ってるんですか、などと突っ込まれるのを期待しておどけてみせたアレクシスだが、相方はウォーカーの脇腹を登るのに忙しくてツッコミを入れる暇はないらしい。全くもってボケ殺しだ。

「ほらよ、掴まれ」

 手掛かりになる物が見つからず、登りきるまであと一歩のところで手をバタつかせていたウィルに見かねて手を差し伸べる。それほど腕っ節に自信のある方でもないアレクシスだが、大きめの男子小学生くらいしかないウィルの体重を支えるくらいは造作もない。

「ありがとうございますっ」

「よし、上げるぞ!」

 小さな手をしっかりと掴み、両腕に力を込めて一気に引き上げる。まるで一本釣りだ。

「よっ、と、っと」

 反動でよろめきながら後ずさるアレクシス。だがその数秒後、アレクシスは自らの後方不注意を深く後悔することになる──彼の真後ろ、ウォーカーの腹部中ほどに設えられた運転手用ハッチは開いていたのだ。2歩、3歩と後退し、4歩目にはもう足場が無かった。

「おわっ!?」

 たちまちバランスを崩し、ぽっかり空いた穴の中に吸い込まれる。完全に機内に落ちる寸前にハッチの縁で後頭部を強打し、アレクシスの視界に星が瞬く。

「あだっ!」

「先輩!?」

 コクピット内に転落したアレクシスの身を案じてウィルが駆け寄ってくるのが聞こえたが、アレクシスが彼の顔を見ることはなかった。元から半開きだったハッチが、アレクシス転落の衝撃でガコンと閉まってしまったのだ。


(つい昨日にも、似たような目に遭ったような気がするな……)

 エンジンすら掛かっていない廃棄ウォーカーの中は、もちろん真っ暗だ。綺麗に運転手席にはまり込む形で転落したアレクシスは、既視感とも言えない微妙な感覚を覚えていた。どうも最近のアレクシスは、電源の落ちたコクピットと頭部打撲に縁があるらしい。こんなに頭ばかり打っているとバカになりそうだ。

 少し目が慣れてきたところで、機内を見渡す。捨てられた機体にも関わらず、内装には錆も浮いていないし、古いウォーカー特有のカビ臭さもない。ローラシア製ウォーカーのようなカメラアイや大型メインモニタを持たないこの機体は、代わりに覗視孔やペリスコープといったアナログ光学機器をふんだんに装備している。それら一つ一つが明かり取りの役割を果たしてくれるお陰で、黄昏時とはいえ機内を見渡すための最低限の光量は得られていた。

 アレクシスは最初、ハッチを直接手で押し開けて脱出しようと考えていたが、シートに寝そべった状態ではどうしても手が届かなかった。体を起こそうにも、人間工学に沿って絶妙な角度でデザインされたエスタンジア製のパイロットシートが仇となり、背中が椅子から離れない。

(……焦っても仕方ないか)

 どうせウィルはすぐ外にいるのだから、機内でもがいていようが、はたまた快適角度のシートでこのまま寝ていようが、すぐに開けに来てくれるだろう。アレクシスは機内からウィルを呼ぶこともせずに、しばらく機内を物色することにした。エスタンジア機のコクピットに入るのはこれが初めてなのだ。

 狭い運転手席の壁面を埋め尽くすのはミミズのようにのたくる電線管と、エスタンジア語の表記が踊る大小様々なメータ類。いずれも、必要な情報は全てメインモニタか手元のディスプレイに表示され、コクピット内には必要最低限の計器しか搭載されないローラシア系の機体には無いものだ。フットペダルとレバーで操縦するのはこの機体も同じようだが、手元の操作盤にびっしりと並んだダイヤルやトグルスイッチは何に使うものだろう? コクピット一つとっても、ローラシア機とエスタンジア機の設計思想の違いが見て取れる。アレクシスは興奮に胸踊らせながら、何が書いてあるか分からない操作盤のスイッチをパチパチと弄んでいた。

(やっぱりウォーカーは良いな……どれ、砲手席はどうなってるんだ?)

 もうアレクシスの頭から、補修部品の調達という本来の目的は綺麗さっぱり抜け落ちていた。好奇心に行動を支配されたアレクシスはうつ伏せになり、匍匐前進の形で砲手席を目指す。

 二人乗りの一般的な第2世代ウォーカーの場合、上半身の操縦を担当する砲手席は運転手席の真上にある。砲手席にはフットペダルや足場の類はなく、すぐ下に座る運転手の両肩に足を添える形になるのが、ウォーカーのコクピットの最も基本的なレイアウトだ。戦闘中は声による指示が聞き取りづらいので、砲手は運転手の肩を蹴ることで機体の進行方向を伝えるのだ。

 アレクシスは運転手席の背もたれを腹ばいで乗り越え、先の見えない砲手席の様子を手探りで確認する。最初に手に触れたのは、運転手席と同じ作りをしたプレス鋼板製のパイロットシートだ。用途不明のボタンが密生するコンソールパネルに、マニピュレータ操作用に備えられた1対の操縦桿。それから──柔らかい肉の感触が、不意にアレクシスの指先を襲った。

(──ヤベェ、死体か!!)

 忘れていた光景がアレクシスの脳裏をよぎる。新米だったあの頃、今と同じこのジャンクヤードで起きたことだ。廃棄ウォーカーの機内に飛び込んだウィル。直後にコクピットから上がった悲鳴。そして、彼が腰を抜かして這い出てきたコクピットを確認しに行った瞬間に、それと目が合ったのだ。パイロットシートに鎮座していた先客。灰緑色に変色した顔、ブクブクに膨れ上がったWCスーツ──

(ヒイィィィ──ッ!!)

 もし機内灯が点いていたなら、アレクシスの全身の毛という毛が一斉に逆立つのが見えただろう。だがその一方で、恐慌状態の彼の脳に5グラムほど残されていた理性はこう訴えるのだ。死んだ人間の肌にこんなにハリがある訳がない。それに死体入りのコクピットなら乗った瞬間に臭いで分かるだろう、と。

 アレクシスは肘を使って砲手席の方にもう一歩這い寄り、パイロットシートに鎮座している「何か」に恐る恐る目を向けた。まず見えてきたのは、白い肌をした細い脚。先程アレクシスが手で触れたのはこれのようだ。視線をさらに奥に移すと、アレクシスの瞳はその脚の持ち主の全身像を捉えた。華奢な肩、流れるような髪先、白磁のように一点の曇りもない柔肌。顔は暗くて見えないが、ここにいるのは──

(──女!?)

 一度は死体かと思ってしまった砲手席の人物は、どうやら生きているようだ。僅かに膨らんだ胸が上下しているのが観察できる。眠っているのだろうか? だが正体が分かったからといって、アレクシスの動悸が治まることはなかった。14、5歳ほどに見える、綺麗な栗色の髪をしたその少女は、一糸纏わぬ姿でパイロットシートに横たわっていたのだから。

 アレクシスは迷っていた。今すぐハッチをぶち開けるなり、大声を張り上げてすぐ外にいるウィルを呼ぶなりするべきか。だが放棄されたウォーカーの機内で、それも全裸で寝ている女というのは何かの事件に巻き込まれたか、あるいは単に超の付く変人か、いずれにせよ相当な訳アリに違いない。ここで下手な手を打てば、何かとてつもない面倒事に巻き込まれる羽目になるだろう。少なくとも、少女の体に目に見える外傷はないし、病気や薬物のせいで眠っている様子でもないので、今すぐ行動を起こさなくてはいけない訳ではないことだけが救いだった。

 アレクシスが少女の眠り顔を覗き込みながら、取るべき行動を思案していた、まさにその時であった。

「──んぁ……?」

 眠っていた少女が、ゆっくりとその両目を開いた。

(……しまった!!)

 気配で起こしてしまったか。こういう時にはどうすればいい? 何か声をかけるべきか? それとも、機外にいるウィルを呼ぶのが先か? だが答えは出ない。ウォーカー戦に関することならコンマ1秒で的確な判断が下せると自負するアレクシスも、裸で寝ていた少女を起こしてしまった時の適切な対応に関しては経験値ゼロだ。

 だがしかし、一人パニックに陥っているアレクシスとは裏腹に、目の前の少女はただブルーグレーの寝ぼけ眼をこちらに向けるだけだった。お互いに掛けるべき言葉、取るべき行動が見つからず、沈黙だけが狭いコクピット内に流れる。しばらく経ってウィルがハッチを開けに来るまで、二人はずっとそうしていた。

 こうして二人は巡り会った。いや、巡り会ってしまったと言うべきか。これこそが、後にアレクシス・ヘインズの運命を変えることになる少女──ナトカ・ロイセウィッチとの出会いである。

ウォーカー名鑑#4

ノイバウエル・ベルケ 特殊歩行機材141番 軽駆逐歩行機ケーファーII


 21世紀末に突如として地上に現れ、圧倒的な軍事力で一度は人類史上初の世界征服を成し遂げたエスタンジア帝国。世界統一戦争のさなかにエスタンジア軍が実戦投入した「ケーファーI」は地上の人類が初めて遭遇した二足歩行兵器であり、絶対的な優位性をもって地球全土を蹂躙した。この「ケーファーII」は初代ケーファーの設計思想を受け継いだフルモデルチェンジ版であり、ロールアウトから5年が経った今でも改修を重ねつつエスタンジア正規軍のワークホースとして活躍を続けている。

 本機の最大の特徴は、軽量級ウォーカーらしからぬ武装積載量にある。軽量級機と中量級機の任務を1機種で兼任するために開発された本機は、最低限の武装だけを搭載すれば軽量級ウォーカーらしい敏捷性を発揮し、対ウォーカー武装や専用に開発された増加装甲キットを装備させることで中量級ウォーカーと同等の戦闘力を持たせることもできる。この特性は中古ウォーカーを操る傭兵にとっても有用であり、装甲や武装を無茶に盛り付けても歩行性能に支障をきたさないため、エスタンジア派の傭兵組織を中心に愛用者が多い。但し本機の生産や調整は熟練工の手作業に頼っており、中古市場に流通する数も少ないため、5年落ちの軽量級ウォーカーにしてはかなり割高な部類に入る機体である。


全高: 9.8m

全備重量: 約26.5トン

発動機: トゥーレTM3300R 水冷V型10気筒ガソリンエンジン

最高速度: 45km/h

装甲: 浸炭硬化装甲、最大50mm

固定武装: MG2042 7.92mm対人機銃(胸部上面砲手用ハッチ脇)

      フランメンヴェルファー80 火炎放射器(腰部)

      3連装白燐発煙弾投射器x2(両肩)

携行武装: 不明(放棄されていた機体のため)

乗員: 2名

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