1-0 プロローグ
「畜生、俺の大馬鹿野郎……!」
アレクシス・ヘインズは焦っていた。カメラフィードを絶たれ、機内灯すら落ちた狭いコクピットの中にたった独り。外界から隔絶された鉄の棺桶の中を、弁当箱ほどしかない小さなコンソール画面だけが青白く照らしている。
「仲間が危ないってのに指一本動かないなんて……このまま黙って見てろって言うのかよ!」
アレクシスは革のパイロットグローブを脱ぎ捨て、裸の拳で何度もコンソールを殴りつけた。ここは戦場。厚さ40ミリの装甲板を一枚隔てたその先は、鉛弾飛び交う死の世界だ。動きを止めた機体のシート越しに伝わる戦いの振動、何も映らないメインモニタの向こう側から漏れ聞こえる銃声。今この瞬間も、アレクシスの僚機達は苛烈な集中砲火に晒されている。仲間達の、そして相棒の命が危ない。アレクシスの五感の全てが「今はこんな事をしている場合ではない」とアラートを鳴らしている。だが今更何ができるというのか。反撃の切り札になるはずだったアレクシスの機体は最早ライフルを構えるどころか、歩くことすら出来ないただの人形と成り果ててしまったのだ。
「あともう少しだったのに、こんな事なら……こんな事になるなら……!」
フットペダルを壊れんばかりに踏み叩き、エンジンキーを折れるほどの勢いで何度も回す。だがそんな事をしても無駄だということはアレクシスにも分かっていた。この機体が動かない理由は彼の真正面、徹夜後の夜明けのように陰鬱な濃紺色でライトアップされたコンソール画面に書いてあるからだ。
「こんな事になるなら……自分の機体くらい自分で手入れしておくんだった……!」
かつて東洋の戦士達の間では、戦いの中で死期を悟ると俳句を詠む習わしがあったという。サムライの時代はとっくに過ぎ去ってしまったが、今のアレクシスに筆と短冊を手渡したなら、この機体を回してきたディーラーや整備班や製造メーカーへの恨み節、そして自分が乗る機体の事すらろくに知らないくせにベテランぶっていた自分自身への嘆きを裏表に隙間なく書き連ねてくれたことだろう。彼の目の前に鎮座する忌々しいブラウン管モニタには、腹立たしいほどに平凡なOS標準のゴシック体でこう表示されていた。
「戦闘システムをアップデートしています。完了するまで機体の電源を切らないでください……」
ああ、せめて時々でも格納庫に立ち寄って、ハードとソフトの具合を確かめていたら。あるいは、身の丈に合わないハイエンド機を衝動買いするのに使った金で、その分もっと腕の良いメカニックを雇っていたら。棒立ちのままサーバーとの交信を始めてしまった乗機の中で、アレクシスは独り噛み締めていた。彼ら傭兵達の間に伝わる「二足歩行戦機はヒト・モノ・カネを餌にして動く」という言葉の意味を。
彼の祖父や曽祖父、あるいはもっと前の時代の人々が夢見た、巨大ロボットが地上を闊歩する時代になってなお、真にメンテナンスフリーの機械などというものは存在しない。水や金、そして食べ物を必要としない人間がこの世に居ないように。その点、この全高10メートルの鋼鉄の巨人は、皮肉なまでに人間に似ていた。今から語られるのは、そんな世界の物語。
ウォーカー名鑑 #1
ナボコフ記念設計局 S-334スヴェトリャーク
ローラシア正規軍に近年配備が始まった、最新鋭の軽量級第3世代ウォーカー。機動性を重視した設計が施され、奇襲や偵察を得意とする。
これまでパイロットの勘やアナログ式のバランサーに頼っていた歩行をコンピュータによる電子制御に置き換えることで、全身の動きがシンクロし、生きた人間のような挙動を実現。旧型機とは比べ物にならないほどの機動性と反応速度を得た。被弾が予想される箇所のみに装甲を施し、その他の部位には軽金属や強化プラスチックを多用することで徹底的な軽量化が図られており、最高速度は時速80キロに達する。
ヒロイックな外見が人目を引くこともあり、ローラシア軍はこの機体を次世代の主力機として大々的に宣伝しているが、構造が複雑で生産に手間が掛かるため調達はあまり進んでいない。本機を受領したパイロットからは概ね好評だが、ところ構わずOSの自動更新を始める仕様には不満の声も多いらしい。
中古ウォーカー市場にはまず出回らないほどの最新機種であり、アレクシスが購入した機体がどんなルートから流出したものかは不明。アレクシスはこの機体に57mm高初速ライフルを装備させ、パーソナルカラーであるビビッドグリーンに塗装していた。
全高: 9.5m
全備重量: 約22.6トン
発動機: コマロフV-28水冷V型12気筒ディーゼル
最高速度: 82km/h
装甲: アルミ合金装甲、最大40mm
固定武装: ザイツェフPZM 7.62mm対人機銃x1 (側頭部)
携行武装: Zi-2000 57mm高初速APライフルx1
RGS-6 対ウォーカー手榴弾x3
乗員: 1名




