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舞踏会の夜に

 舞踏会があるのだ、と告げられた。

 2度目のお茶会の席だった。贈られた髪飾りを礼儀として身につけてきたのぞみは、エリウスがほっとしたように笑うので、また居心地悪くなった。

 世間話を軽くしたあと、そういえば、という調子で言われた。

「舞踏会は貴族の社交の場なんだが、経験はあるかい」

 あるわけがない、とは思っても言えないので

「ないです」とだけ答えた。

「もし興味があれば、参加してみるかい。君が望むなら取り計らうよ」

 舞踏会というものに興味がない訳ではなかったけれど、どう振る舞えば良いのかわからない場に飛び込むのは不安だった。

「私、踊れないので…」

「なら、私が手ほどきしようか」

 王子様に踊りを教わる。のぞみの中ではそんなことだめに決まっていた。

 思いきり首を横に振ってしまったが、特に気にされたようではなかった。

「では踊らなくても良いさ。私の隣に席を用意すればいい」

 もちろんだめに決まっている。おそらく彼の立場にとってもまずいはずだと、視界の端にいる給仕や従者たちのわずかだが眉の上がった表情を捉えて思う。

 何と断ればよいのか、言葉を探しあぐねていると、エリウスの方が先に答えた。

「無理にとは言わない。だが、余興の魔術の装飾演舞は観賞してみたらどうだろう。きっと楽しめると思うが」

 のぞみのよく分からないという顔に説明してくれたところによれば、庭園で、魔術によって空間に装飾を出現させて舞わせる見せ物をするということらしかった。

 賓客は各々夜の庭園に出て楽しむので、のぞみが紛れてもわからないだろうというので、好奇心からその誘いを了承した。こちらに来てから、異世界にしか存在しない魔術というものを、ほとんど引きこもっていたので見ていなかった。




 光を放ちながら術式が発動する。

 その光はのぞみを飲み込んだものとは違って柔らかく煌めき、空間から淡い光を纏った蝶や花、鳥や馬が次々現れて、そのまま風に乗って空をたゆたう。実際に風に乗っているのではなく浮力を持つそれらは、地に落ちることなくふわりと舞って、時に円を描いたりくるくると螺旋になったりと恣意的に動く。

 幻術でありながら実体を持つため、体に触れて舞う花や蝶には感触があり、光の小鳥が肩にとまれば温もりと息遣いを感じた。

 肩にとまった光の小鳥はのぞみから離れようとせず、愛嬌を振りまいて、頬にすり寄り髪を啄んで遊んだ。

 夜の庭園をほの明るく照らしながら、ゆったりと光の群舞は人々を楽しませた。

 術が閉じると共に、術によって具現化したものたちは揺らめいて溶けるようにそっと消えた。


 光の小鳥の温もりが消えた肩の上を見つめながら、見なければよかったと思った。




 エリウスは本当は共に観賞するつもりだったが、できるだけ人に知られず参加したいというのぞみ本人の希望があった。舞踏場から庭園に移る際にすぐに抜け出して傍へ行くつもりが、運悪く隣国の大使に捕まってしまった。

 もてなさぬ訳にはいかない相手から、余興が終わって皆、庭園から引き上げる段になってようやく離れられ、のぞみがそこで観賞しているはずの庭園の中心から離れた東屋に向かった。


 東屋の内に座った彼女は、期待した表情とは真逆の、 たった今迷子になった、そんな顔をしていた。




 現実感がなかったのだ。金髪の美しい王子様も王宮のお城も侍女に世話してもらうことも自分がここにいるということ全て、何もかも。

 夢から覚めたらいつもの日常に帰るのだろうと思っていた。いつか覚める夢なのだと思っていた。


 魔術は、幻想的な演出とは裏腹にのぞみに現実を突きつけた。

 実体を持つ光など、まるで生き物のようにじゃれてきて触れられる光の温もりなど、自分のいた世界には存在しない。

 呆気なく消えてしまった小鳥が、どこかへ帰ったのではなくただ消えてしまったのだということが、のぞみ自身も帰ることが出来ないのだという現実そのものだった。

 ――帰れないんだ、私

 すとんと胸に落ちた言葉が、実感だった。




 降って沸いた実感に打ちのめされていると、ふわりと温もりに抱きしめられた。

 そっと胸に引き寄せられて、はっとする。

 肩口に見える金糸の髪で、王子様だと気がついた。いつの間に傍にいたのか。

「なにが、君にそんな顔をさせてしまったのかな」

 耳許に落とされた声にびくりと跳ねる。彼の声に込められた気遣わしさに、余計に泣きだしそうになる。

 震えをどう取ったのか、握られた手に力が込められて、

 ――背に回された腕が、目の前の胸元が、耳許の息遣いが、肌触りが、体温が、明確な輪郭を成して、熱をもって意識される。

 急激に顔と耳に熱が上る。鼓動の音が頭に鳴り響く。元の世界でだって男性に抱きしめられたことなどない。

 畳みかけられる実感の感触にあっさりと許容量を越え、無理矢理腕の中から抜け出すと、のぞみはそこから逃げ出した。

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