茶話会
不意の異世界からの来訪者は、対面してみれば遭難者の少女で、現れた場所が場所だっただけに、保護するのは当然の成り行きだった。
帰す方法を調査させてはいるが、魔術は専門的分野であり、エリウスは魔術に関しては門外漢で、彼自身が直接手を下せるものではなかった。
ひと月経ってもその方法は判明しなかったが、彼女の保護が長期化しようとも、明らかに無力の少女が何か問題を起こすとも思えず、実際彼女はかなり大人しく過ごしていたため、別段問題はないと考えていた。
が、こちらにとって問題はなくとも、遭難という境遇にいる少女の精神面への配慮は十分でなかったらしい。侍女からの報告を受けたエリウスは、異界者の少女に今一度面会する必要があると判じた。
とはいえ、初回の対面時の様子と、帰れないことで気落ちしている様子だということを踏まえると、正式な面会の場を設けるのは、彼女を萎縮させるだけの結果になりかねない。食事の席にしてもまた同様であろうということで、茶の席を用意して同席することにした。
王子様からお茶に誘われた。
王子様には、はじめに自分を保護してくれると説明された際に会ったきりだった。
優しそうで、すごく美人だった、と思い返すが、彼の人のその容姿が、のぞみがこの世界に現実感を持てない原因の一つでもあったのだった。
――金髪緑眼の美形の王子様とか、現実味ないよなぁ。
しかし恩人であることは間違いなく、今現在も彼の善意にのみ頼る身である。文字通りに別世界の人間であろうとも、のぞみが馴染みのない人との会話を不得手としていようとも、断る権利など露ほどもなかった。
こちらは最近ようやくほんの少し気を許しはじめた侍女は、にこやかに
「よかったですね、王太子殿下とお話しされれば、きっとお気持ちも解れますよ」と言ってくれたが、のぞみには下手をすれば放り出されるかもしれない相手との会話に、緊張以外を感じられそうになかった。
のぞみが落ちたのとは別の庭園に用意されたお茶の席は、少女のために甘い茶菓子と庭園に咲く花をテーブルの上に飾り、庭園自体も花の眺めの良いところをと計らわれた。
「お招き頂きありがとうございます」
席についたのぞみは、本物の王族に対する礼儀など知らないなりに、無礼にならないよう精一杯考えてきた挨拶をした。
「堅くならないでいい、これはごく個人的な時間だからね」
のぞみの緊張を和らげようと、微笑んでゆったりと応じるエリウスは、淹れられた茶を勧めると、自分もそれに口をつけながら、そっと切り出した。
「聞くところでは、このひと月、あまり部屋から出ていないようだね」
「…あの、はい、良くしていただいていて、過ごしやすいです。ありがとうございます」
「それはよかった。なかなか君を帰してあげられる手立てが見つからないことで、ずいぶん心労をかけていたようで、すまないと思っているよ」
「いえそんな、あの…すみません」
「君が謝る必要はない。当然の義務だからね」
どこまでもぎこちないのぞみの態度に、エリウスは参ったな、と感じていた。のぞみもまた、そんなエリウスの持て余した気配を感じ取って、ますます憂鬱に沈みこんだ。
居たたまれない空気に耐えきれなくなり、口を滑らせたのはのぞみだった。
「あの…ご迷惑をおかけしてすみません。本当に、お世話になってばかりで…私。申し訳ありません」
感謝というよりもすまなそうに言う言葉に、自分の存在がこちらにとって迷惑であると彼女が認識していることに、エリウスは気づいた。驚くほど少女の遠慮が強いのだと悟った。
「私は、君に感謝はしてもらったとしても、謝罪を受ける理由はないと思っているよ。謝らなければいけないのはこちらの方だ。君がそれほど気づかってくれていたことに思い至らなかった。申し訳ない」
「すみませ…」
「謝らないで。私は感謝の言葉をもらう方が嬉しい」
はっとした顔をすると、やはり申し訳なさを表情に浮かべていたが、彼の意図を汲み取って、感謝をきちんと述べた。
「ありがとうございます。…私、とても感謝しています」
エリウスはにっこり笑ってありがとう、と応え、それからは少女のために用意された茶菓子を勧めて、どんな茶菓子が好きか、花は好きかともてなしに尽くした。
終わりに、二人の茶会を定期的に行おう、と取り付けられて、のぞみはその気遣いに複雑な気持ちになったのだった。