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魔法と夢

 「弟子、取る気ない?」


 確かに弟子にしろと持ちかけたのはかなえだ。しかし取引としての条件を出したのは老師の方だった。


 私たちの世界には、魔法がない。だけど、私たちがここにいるということは、私たちの世界でも魔法が発動できないわけではないはず。自分でこちらの世界に来れるようになればそれでいいし、できなくても、コネを作ってこっちに呼んでもらおう。弟子にすると言質を取ってゴリ押そう。そういう考えだった。

「術式の計測実験に協力してくれる弟子ならほしいのお」

 実際交渉してみれば、発明した術式を完成させたい老魔術師が実験に協力してくれればよいと実にあっさり了承したので、その条件をさっさと飲んで師弟関係は成立した。こちらへと再び召喚する事であるその条件は望むところであり、かなえの意図は微妙に目算とはズレて達成された。


「そちらの世界での発動にはこちらとは違う条件もあろうし作用の結果も変わるじゃろうなあ」

 実に研究し甲斐がある、と嬉々として良い弟子を拾ったと満足げに師は頷く。

 結局のところ、自分の望みを一番叶えているのは原因たるその人物だと思うと、主人のアレックスがやたら苦労しているのが少しわかる気がした。しかしアレックスの抱える頭痛は、本人の性分もあるだろうなとかなえは思う。師匠程でなくてもいいからもう少し素直になればいいものを。

 翻って自身の欲求に忠実かつ従順なこの師匠は、優先順位が明確過ぎる。最優先される研究欲の前にこちらの思惑などさして顧みないから、術式が完成した後のことはあまり当てにならない。

 かなえを弟子にしたことであちらの世界での魔術の発動の研究をしたがっている探求心の方向性によっては、かなえとのぞみをこちらへ喚び続けてくれるとも限らない。なら、当初の予定通り、取引の条件を最大限に活用しなくては。

 あの二人にはまだ時間が必要な気がするし。手のかかる友人は放っとけないし。なにより。

 かなえだって、会いたいのだ。

 そんな風な経緯で、自力で世界を渡る術を身につけるべく、魔法使いの弟子となった女子高生は学校の授業よりも真剣に魔術の講義を受けているのだった。


「なるほどさっぱりわかんないわ!」

「ま、せいぜい励むんじゃな」




***




 一方のぞみは早々に音を上げかけていた。



 ひとしきり手を繋いで苑内を散策し、少し喉が乾いたな、と思ったところでエリウスが休憩しようとベンチに座らせて飲み物を買ってきてくれた。

 目で見えるくらいのすぐ近くの距離を離れただけなのに、「絶対に動かないように」と言い含められてしまい、振り返って確認するので追いかけることもできなかった。買いに行かせるつもりなんてなかったのに、子供じゃないんだからそんなに心配する必要もないだろうに。

 ペンダントにしろ飲み物にしろ、王子様にとっては些細な金額だろうけれど、こちらの世界のお金を持っていないことが心苦しい。世話になりっぱなしで今さらとはいえ。

 冷たいジュースを受け取りながら微妙な気持ちが顔に出ていたのか、エリウスの空いた手が頭を撫でる。

 大人しく待っていたのを褒めるみたいで、益々微妙な心境になる。


 隣に座ったエリウスが自然な動きで体を引き寄せる。びくりと反応してしまう。

「のぞみに見せたい、のぞみと行きたいところが色々あるんだ。この国には美しい場所がたくさんあるんだよ」

 少し遠い場所もあるし、今回は回りきれないかなとのぞみの髪に触れながら呟く。のぞみは飲み物に口をつけた姿勢でガチガチになりながら心を落ち着けようとジュースをちびちび飲む。

 どうも今日はエリウスのスキンシップが過剰な気がする。なんだか、こんな、恋人にするみたいな。そこまで思って慌てて違うと自分の思考を否定する。

「次はいつ、来れる?」

 その問いに、困り果ててしまう。次はないのだ、これで最後だと今答えるわけにはいかない。

 答えられず黙ってしまったのぞみの左手をそっとエリウスが取る。

 指を絡めると、指輪の嵌まった指にそっと口づける。

「約束が欲しいな」

 身体が沸騰しそうだった。少し切なげなその綺麗な表情がまともに見れなくて俯く。エリウスの翠の瞳に熱が宿っている気がする。


 こんなの、こんなの。

 どうやって諦めれば良いの。


 都合の良い夢から、醒める方法がわからなくて途方に暮れた。

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