居候
麗らかな午後。王宮で与えられた一室で、「客人」として遇されることとなったのぞみは、穏やかな日当たりの心地好い窓際に座ってぼんやりと、浮かない顔で外を眺めていた。清潔な部屋には花が飾られ、レースのカーテンを揺らしながらそよそよと入ってくる風も気持ちよかったが、のぞみの気持ちは晴れなかった。
のぞみが異世界へ遭難して、ひと月が経った。
「君は、どうやら巻き込まれて、こちらの世界に――異世界に渡ってしまったようだ」
王太子エリウスは、出来るだけやわらかく彼女に彼女自身の状況を説明したあと、彼が責任を持って保護すると約し、降ってわいた異界者という存在にとってはこの上ない待遇を配してくれた。
異世界から何の謂れもなく巻き込まれて放り出されたのぞみには、この世界にあって目的もなければ寄る辺もない。
何一つ見知らぬ世界で、ただの女子高生であるのぞみが身一つで生きる術があるはずもなかった。エリウスの責任と善意によって保証された衣食住は、しかし信じがたい現状をなんとか認識したのぞみにとって、有難いと同時に肩身が狭く感じるものだった。
急に放り出された異世界に、現実感もなければ居場所もなかった。明らかに日本ではない場所で、帰れないのだと言われれば、身の振りを考えて戸惑いもしたが、異世界なのだという実感などなかった。どこかではそのうちに帰る方法も見つかるだろうと思っていた。ここにいることは一時的なことで、ちょっとした事故みたいなものなんだろうと感じていた。
しかし時が経つにつれ、運良く保護してもらえたはいいが、その恩に何の報いもできず帰れる目処も立たないとなれば、いつ放り出されてもおかしくない立場であることを、のぞみは強く意識しはじめていた。
エリウスはのぞみに居室を用意し、側仕えの侍女まで一人つけてくれた。通学鞄すらこちらの世界に来るときに失くしていたので、本当に身一つしかないのぞみは、当然ながら衣食も与えられたものを受け取り、帰すための方法はこちらで調査するので王宮の許可された範囲で自由に過ごして待つようにと告げられていた。
そうして何をするでもない日々を過ごして、気づけばひと月という時間だけが経っていた。ただ他人の善意に甘えるだけの身分でいるままに、安穏としていられるほど楽観的でいられず、さりとて能動的に環境を動かそうと出来るほどの能力も気丈さも、持ち合わせていなかった。
のぞみはごく平凡な家庭で育ち、内気がちで、甘えた、普通の女子高生だった。
自分に出来ることは、と考えては、何もないという答え、しかしこのままでは、という思いでのぞみの思考は同じところをぐるぐると行ったり来たりしていた。
ため息ばかりついて浮かない顔をしている。ずっとこんな調子なので、側につけられた侍女はさすがにのぞみに同情していた。
はじめの動揺っぷりから、のぞみと年の近い者が良いだろうと配慮されて任じられた侍女は、異界者という未知の存在であり特殊な立場に対し、少なからずどう接するべきなのか戸惑っていた。しかし毎日顔を合わせていると、自分からは何も要求せず人に世話されることに慣れない様子で、緊張の取れない表情の変わらない少女が、家に帰れないかわいそうな遭難した子どもなのだと思うようになっていた。
そんな訳で、侍女は善良かつ親切な心持ちの娘だったので、王太子への定期報告に、異界者の少女は気落ちしており、なんらかの配慮が必要であると申し述べたのだった。