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観光

 国に戻ると片付けねばならない仕事があるらしく、エリウスにその日はもう会えなかった。

 何もかもそのままにされた自分の部屋で一人、ぐるぐると物思いにふける。

 外すこともできなくて、薬指に嵌まったままの指輪が嫌でも目に入る。彼と同じ翠が煌めく指輪が、実際以上にずっしりと重かった。


 もうひとつ、のぞみには求婚に頷けない理由があった。

 ――同情を、彼は取り違えているのではないか。

 優しすぎる彼の人柄を考えると、行き過ぎた憐憫を思慕のようなものと錯覚しているのでは、と、どうしても拭いきれない疑念を抱えて、自己嫌悪と罪悪感の海にさらに沈む。

 のぞみには自分への自信の無さ故に、その可能性は十分あり得ると思えた。こんな卑屈でめんどくさい小娘を、彼が求める理由も必要もないと、自分でもわかっている。

 戻ってきてはいけなかったのかもしれない。会わなければそれで済んだはずだったのに私のエゴのせいで、とんでもない間違いを犯させてしまっているのではと思うと苦しくなった。

 優しさや勘違いに甘えて彼に取り返しのつかない負担を抱えさせることなんてできない。だから、この気持ちは諦めなくてはいけない。

 しかし、かなえは隣国でオズワルドの弟子として修行を受けているはずなので、一週間はのぞみもこちらにいなくてはならなかった。かなえは本気で魔術を教わるつもりなのだ。


 この一週間で、諦めよう。最後の想い出にしよう。そしてきちんとエリウスに断って、精一杯、誠実に、謝ろう。そう心を固めた。

 二ヶ月ぶりに、天蓋つきのベッドに潜る。シーツから微かに、知っている良い匂いが香ったように感じて、どぎまぎした。




 翌日。街に行こう、とエリウスはのぞみを誘った。

 王都にある王家所有の苑――一般にも公開されている庭園へ、お忍びで行こうというのだった。

 落ち着いたら返事を、と言われていたので会えば話を振られるかと身構えていたが、一切触れることなく外出に誘われた。

 出かけた先でその話をするつもりかもしれなかったが、身構えていた分、少しほっとした。あと数日はこちらにいなくてはならないのだから、返事をするのは最後にしたかった。気まずい状態は避けたい。

 同時に、エリウスは忙しいのではないかと思ったが、今度こそ最後にすると決めたのだから、今だけは一緒に過ごしても良いだろうと思うことにした。


 お忍びであるため、ドレスではなく庶民に一般的な比較的質素な装いが用意された。のぞみにはこちらの方が馴染みやすく落ち着くものだったが、同様に質素な服装をして現れたエリウスの姿にはとても落ち着かない気持ちにさせられた。

 襟足の髪を束ね、フードを被ってあまり顔を晒さないようにしているが、美人は何を着ても美人で、王子様然とした普段の優雅な服装よりも、一層彼自身の端整さが際立つようだった。


 なるべく意識しないようにと思いつつ緊張しながら馬車に乗り込むが、当然のように隣に座った上に、腕を回して体を引き寄せられて驚愕する。

 以前、馬車に乗ったときは向い合わせで座ったはずなのに。そう思ったままを口にすれば返ってきたのは要領を得ない返事だった。

「フードを被っていると視界が悪くてね」

「…どういうこと?」

 覗き込むように少し上から微笑が見下ろす。

「のぞみの顔が見たいんだ」

 思考と呼吸が一時停止した。それに酸素を寄越せと文句でも言うように、遅れて心臓が暴れだす。

「は、はずせばいいと思う。馬車の中だしっ」

 あらぬところに視線をさ迷わせつつ上ずった声をなんとか絞り出すと、ふっと笑った気配がして


「口実だよ」

 内緒話するかのように耳元に囁かれて、それは、私の息の根を止めるためのだろうか、と胸を押さえて必死に深呼吸しながら思う。寿命は縮んでいる気がした。



 ほどなくして苑に着く。街中にある苑は王家の所有ではあるが一般に開放され、公園として民衆の憩いの場になっている。

 認可があれば出店も可能なため飲食などの移動販売店があちらこちらで営業している。

 目立たない路地で馬車を降り、歩いて苑に入る。降りるときに差し出されて取った手は、なぜかそのまま離してくれず、指まで絡められてしまった。

 手を繋いだまま歩く。意識してしまうと歩くこともできなくなりそうだったので、繋がれた手を無理やり意識の外へ追い出すために周りに目を向ける。王宮の外の様子を見るのは初めてだった。

 ゆったりと人々が思い思いに過ごしている。散歩したり腰を下ろして読書したり、自然に囲まれた中で長閑な時間が流れていた。

 広場になっている中央に噴水があった。水が時折魚の形になってぱしゃりと跳ねる。周りで小さな子供たちが手を差し出して戯れていた。のぞみもじっと目を離せずにいると、魔術がかけられているのだとエリウスが教えてくれる。

 触れ合う温もりが意識に戻りかけて慌てて近くの出店を指差す。

「あっ、あっちは何を売ってるのかな!」

 ひっくり返った声に死にたい、消えたいと思いながらもエリウスが行ってみよう、と手を引いて歩きだしたので半べその顔は見られずに済んだ。


 その店はちょっとした土産物とお菓子を売っていた。王都に来る観光客へ向けたもののようで、王家の膝元のイメージを推しているらしく、安価だが上品さを感じる商品が並んでいる。

 しかし店主は商魂も逞しく気さくな人柄のようで、明るく声をかけてくる。

「やあ!デートかい!お嬢さんに贈り物するのに良いもの揃ってるよ」

「どれがおすすめかな」

 笑って応えるエリウスにのぞみの方がぎょっとしてしまう。のぞみの反応を勘違いしたのか店主がお節介な笑みを浮かべて品を勧める。

「お嬢さんがまだ恋人じゃないならこのロケットだな。魔術仕掛けで贈り主の像が浮かぶんだ」

「もらおう」

 即答にますます店主は笑みを深め、反対にのぞみは狼狽える。エリウスは品物を受け取るとそのままのぞみの首に、細工の繊細な魔術仕掛けのロケットペンダントを着ける。離した手はごく自然にすぐに指を絡めて繋ぎなおされた。

 様子を見ていた店主が最後にのぞみに声をかけた。

「お嬢さん、兄さんはぞっこんみたいだから早く頷いてやんなよ」

 真っ赤になってあたふたと店主とエリウスを見比べるのぞみに、エリウスは肯定するように微笑んで店主は豪快に笑う。



 都合の良い妄想ではないかという気がしてきた。夢じゃないだろうか。現実は、向こうの世界で寝ているのではないか。だとしたら一体どこまでが夢なんだろうか。

 夢みたいだと思う。やっぱりこの世界には現実味がない。

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