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葛藤

「う、あ、の、」

 だめだ。まともな言葉が出てこない。

 視覚が、聴覚が、触覚が、嗅覚が、あまりにすぐ側にいる彼の存在を拾う。伝える。まざまざと突きつけられる。

 ああ、現実だ。

 鼓動が頭に鳴り響く。動悸がひどい。死にそう。変な汗が噴き出してきた。いやだ。汗臭いとか思われたら。どうしよう。離れてほしい。

 言葉を受け止めきれず、逃げるように思考が散り散りになる。


 正直に言って手放しで嬉しい、とは思えなかった。混乱もしていたし、本気で?とにわかに信じがたくもあった。


 エリウスはそんなのぞみの様子を見て何を察したのか、心持ち残念そうな顔で、それでも優しく微笑むとのぞみの手を握った。

 手汗が、とのぞみは焦る。

「戻るなり急なことを言ってすまなかった。落ち着いたら返事を聞かせてほしい」

 どうかこちらにいる間、私の国で滞在してくれないだろうか、と続けられて、断ることができるはずがなかった。

 鼻がツンとする。目の奥から涙が込み上げて来てしまいそうになって、そんな資格はないしエリウスを困らせるだけだと奥歯を噛みしめて堪える。

 こんな自分が情けなくて申し訳なかった。




 一週間、こちらの世界にいることになっていたので、かなえにエリウスの所へ行くことを説明した。求婚されたことは触れなかった。

 たった一週間だ。冬休みは短い。あまり長くはいられない。けれど春休みまでなんて待てなくて、少しだけでも来ずにはいられなかった。

 二ヶ月間で皇子と王太子はプライベートなやり取りを交わしていたので、オズワルドの魔術で行き来できるよう手筈が整うようになっているらしく、帰る際はその魔術で戻ってくれば良いらしい。かなえはそんぐらいはやっといてくれないとね、とちょっと肩をすくめて感想を漏らし、がんばれ、話聞かせてね、と送り出してくれた。


 のぞみに与えられていた部屋は、何もかもそのままの状態だった。エリウスから贈られたものも全てきちんと保管されて、室内は清潔に保たれていた。

 日当たりが良くて心地好い窓際で、のぞみはまた、深くため息をついていた。そんな部屋の主の姿まで元の状態になってしまった。


 浮かれて踊り出したいくらい、エリウスのくれた言葉を喜んでいる自分も、確かにいた。

 けれど、婚約。ましてや結婚なんて。

 一国の、紛れもなく本物の王子様と、自分が――一介の、何の取り柄もないような女子高生が?

 無理がある、と現実的な理性が告げる。

 そして、高校生ののぞみには、結婚なんてまだまだ先の現実味のない将来のことだった。むしろ彼氏がいたこともないのに、将来結婚できるのかどうかも疑わしいとさえ感じていたのだ。

 エリウスの隣には綺麗で聡明で美しい女性が立つべきだと思う。

 実際にその様を見るのはとても辛いだろうけれど、かといって、自分があの人の隣に立つのは、とても釣り合いがとれない。

 もし。もしも自分がエリウスの隣に立ったとして。苦労するのは、きっと彼ばかりなのだ。

 のぞみは役に立てないどころか、彼に負担ばかりを負わせてしまうに違いなかった。そんなのは嫌だ。


 厄介なのは、エリウスが、のぞみの気持ちを知っていることだ。

 他でもなく自分自身で、好きだと言ってしまった。

 エリウスが好きだ。好きに決まっている。

 振られたのに、気まずいかもしれなくても、会いたくて、また異世界にやってきてしまった。振られたはずだった。それでもまだ、好きで。

 だけど、なんの覚悟もなく応える訳にはいかないのだ。自分では彼に相応しくないと理解しているから、尚更。

 思えば告白できたのも、振られるのが前提だったからかもしれない。うまくいくとは考えていなかった。自分がお姫様になれるなんて思っていない。

 それでも人生ではじめての勇気を振り絞って、伝えたかった。伝えないで、二度と会えなくなるなんて後悔しないはずがないと、そう思ったから。ちゃんと伝えて、決着をつけなくてはいけなかった。

 だけど結局のところそれは、言い逃げするつもりだったことに改めて気がついて、つくづく自分が嫌になる。

 だからあの時エリウスは何も言わなかったのかもしれない。そう思うととても申し訳ない気持ちになる。

 こんな自分に、エリウスは本当にどんな時も、優しくて。


 なんとかして諦めなくてはいけないのに。


 好きという気持ちと応えられない理性と、そんな自分への自己嫌悪とエリウスへの申し訳なさで、がんじがらめになっていた。


 

 エリウスから届けられた花を生けて飾りながら、侍女のネネは、戻ってきた部屋の主の相変わらずの様子に、そっと忍び笑いを漏らした。

 王太子殿下があれ程待ち望んでいたというのに、当の彼女のあの様子。

 この子はどこまでも不器用ねと、苦笑せずにはいられなかった。もっと簡単に喜んでしまえばいいのに、難しく考えすぎているのではないかしら。そんな不器用さが、微笑ましくもあるけれど。

 早く彼女が素直に笑って、王太子を喜ばせれば良いのだけど、と見守る侍女は祈るのだった。

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