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帰還と

「じゃ、そういうことで!」

 パン、と手を打ってかなえが声を張る。

 それを合図にしたように、二人の足元の陣が光を発する。――かなえと打ち合わせていたオズワルドが、知らぬ間に術の発動を終えていた。

「じゃあね、へたれ皇子ども ――また二ヶ月後!」

 陣から溢れ出す光に照らされながら、突然の術の発動に驚く彼らに、いたずらを成功させたように笑ってかなえは告げる。

 やっぱりほんの少しだけ拗ねていたかなえの、ちょっとした意趣返しだった。

 かなえの隣に立つのぞみも驚いて動揺し、無意識に彼を振り返っていた。

 翠の瞳と視線が正面からぶつかる。

 視線を交わらせたまま、僅かに唇を震わせて、けれどのぞみは声を出せなかった。

 急速に光は強さを増してゆく。エリウスは一歩踏み出していた。

「のぞみ――待っている」

 その声と瞳に籠もった熱量に、縫い止められたように動けないのぞみの瞳が揺れる。

 光に飲み込まれる寸前、小さく頷いた。

 膨らんだ光が室内を満たし、一瞬後、二人の異界の少女の姿は消えていた。


 置き去りにされた皇子と王太子は、しばらく無言で立ち尽くした。




 ***




 吐く息が白い。指先が冷たい。秋が過ぎて、季節は冬になった。

 いつもはとても短く感じる秋の二ヶ月間が、信じられないほど長く感じた。

 戻ってきて、二ヶ月。少しだけ髪が伸びた。あの人はどうしているだろうか。もう、忘れられただろうか。

 待っていると言ってくれたけれど、どんな顔をして会えばいいのか、未だに整理できなくて、わからなかった。

 それでも脳裏に思い浮かんで離れない、金の髪、翠の瞳、いつだって向けてくれた優しくて柔らかい微笑み。落ち着いた深みのある声。少しだけ触れたぬくもりの熱に、飾らない表情。最後に見た眼差し。

 ――会いたいな

 きゅっと胸が締め付けられて、沸き上がるのはただ、会いたいという気持ちだった。

 もしかしたら夢か、それとも妄想だったのではないかと思いそうになりながら、進まない時間をじりじりと指折り数えて二ヶ月を過ごした。


 終業式を終えて冬休みがはじまるその日、のぞみはかなえとの待ち合わせ場所に、逸る気持ちを抑えきれずに駆け足で向かった。

 不安や葛藤がない混ぜになりながらも、ようやく会えるという期待に胸が高鳴った。

 マンホールの上に立ち、二人で手を繋ぐ。光が溢れ出す。再度、膨らむ光に飲み込まれた。




 そして、再び訪れた異世界。

 のぞみは追い詰められていた。

 背には壁。眼前には麗しの王子様という物理的にも精神的にも逃げ場のない状態だった。


 ――顔が、距離が、ちかい、近すぎる。


 ちかい。むり。だめ。の三つの単語しか考えられなくなっているのぞみは遠くなりそうな意識を必死に掴む。

 良い匂いがする、とうっかり気づいてしまってエリウスの匂いだと理解した瞬間、熱がさらに一度上がる。

 これ以上は沸騰する。今にも倒れそうだった。どうしてこんなことに。


 目を開くと、儀式の間に描かれた陣の上だった。

 こちらに来ても、エリウスに会うのは、時間を要すると思っていた。彼は隣国の王太子であり、それなりに手順を踏まなくては、すぐに会えるわけではないはずだと。

 それでも世界が異なるわけではない。同じ世界にいて、会いに行ける。

 そう思っていたのぞみは、目を開いて真っ先に自分の手を取ったその人の姿にぽかんとしてしまった。


 予期せぬ姿とその行動に思考停止している間に、エリウスはのぞみを儀式の間から連れて出ると、そのまま手近な部屋に入った。

「いきなり連れてきてすまない」

 至近距離で手を握ったまま振り向くとエリウスは言った。

「二ヶ月、君を待っている間考えていた。どうしても、二人で話したかったんだ」

 部屋の中には誰も居らず、二人きりだった。

「あ、の、」

 上手く声が出せず、驚きが抜けきらないのぞみは、彼の真剣な表情に気圧されて、思わず一歩下がっていた。

「のぞみ」

 しかし少しでも離れることを嫌がるかのように距離を詰めるエリウスに、じりじりと後退りするうち、背に壁が当たる。

「…のぞみ」

 繰り返し名を呼ぶ声に、急に視線が合わせられなくなって俯く。覗きこむように屈まれて、ただでさえ近い距離にいる顔が近づく。

 目を合わせられないのに、見つめられているのがわかる。痛いくらいに真摯で、熱がこもった視線が突き刺さる。

 顔に血が上る。鼓動が跳ねすぎて、意識が飛びそうだった。

 二ヶ月間、数えきれぬ程に記憶の中の彼の姿を反芻していたけれど、実物の衝撃と威力はただ事ではなかった。


「のぞみ。君が、私の望みなんだ。どうか、私の側にいて。笑顔を見せてほしい」


 告げられた言葉にも、理解が追いつかなかった。


「私の、妃になってくれないだろうか。……すぐにはこちらに来れないとしても、婚約してほしいんだ」


 指にそっと嵌められた冷たい感触に目を落として、輝く小さな翠の宝石に、眩暈がした。

 こくりと唾を飲み込んで、プロポーズなのだと、理解した瞬間に――気絶したい、と思った。

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