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希望

 どれ程経ったのか、しばらく抱き合ったまま、ただ温もりを分けあっていた。

 すぐ傍で匂う彼女のほのかに甘い香りが、芳しい花の香りと混ざり合って、眩暈がしそうだった。

 腕の中で、のぞみは静かにはらはらと泣き続け、時折嗚咽が漏れた。その涙を飲み干して、このまま国へ連れ戻り閉じ込めてしまえればどんなにいいだろうかと夢想する。

 だがそんなことをすれば、きっと彼女はまた壁を作り遠慮がちな表情しか向けてこなくなってしまうのだろう。

 それどころか、自分から故郷を無理矢理奪った相手を嫌悪し、憎みさえするかもしれない。

 このまま彼女を失うことの痛みとどちらの方がましかなど、測りようもない。耐え難いということだけが確かだった。

 自分の内に、これ程執着する想いが存在するとは思わなかった。立場ゆえに大抵のものは望むことができたし、そうできないものには割りきることができた。

 生まれてはじめて、こんなにもたった一人を欲する自分に驚いてさえいる。


 泣き疲れたのか、気づけば彼女はそのまま眠りの中に落ちてしまっていた。

 起こさぬように注意を払いながら、そうっと横抱きにして抱き上げる。

 離れた場所で控えていた従者の元へ戻り、馬を預けて別に馬車の用意をさせ、のぞみを抱いたままで乗り込む。

 あまり揺れないようにと御者へ伝え、馬車を発進させる。

 ゆっくりと走る馬車の内側で、眠りを覚まさないよう、振動を伝えないように膝の上に乗せてしっかりと抱きながら、彼女の寝顔を見つめる。

 そっと涙の跡を指で拭い、赤くなった目尻に口付ける。

 あどけなさの残る寝顔は、普段の緊張や遠慮で強張らせていることの多い表情と違い、気負いなく、やわらかだった。

 驚くほどに遠慮が強くて、周りに気を遣ってばかりで、却って困ってしまうような、それを自覚しているから、こちらの押し付けるような思いやりを拒否することもできない。不器用で、可愛らしくて、それでも好きだと言ってくれた、震えながら伝えてくれた、小さな少女。

 愛しいと、はじめてはっきり自覚する。


 胸を満たしてゆく、あたたかな光。のぞみ――私の希い。






 とても優しいぬくもりに包まれて、身を委ねながら、ふわりと低く意識が浮遊する。気怠さがぼんやりと霞みをかける。微睡みはまだ離れていこうとはせず、ゆらゆらとまた溶けだして深いところへ落ちてゆく。

 とても近くで、切ない吐息が零れるのを感じたような気がした。




 ***




 翌日も快晴の朝だった。宮廷魔術師の研究室では、助手たちの手によって返還術の準備が進められていた。

 この二日で順調に用意ができており、滞りなく作業が終われば、今日の午後には返還術が執り行えるはずだった。

 それもわずか二日、実質には一日半で、自分が開発したとはいえ未完成な新しい術式の対になる術式を、修正や調整まで加えて組んでしまう千年に一度の逸材たる老魔術師オズワルドによってのみ成し得る業あればこそだったが。


 着々と作業をこなしてゆく研究室に、騒々しい足音が近づく。

 けたたましく扉が開かれて、遠慮の欠片もなく少女は突撃してきた。

 何事かと顔を上げる助手たちには目もくれず、奥の作業机の前に腰かける老魔術師へかなえはずんずん近づくと、オズワルドと視線を合わせて口を開いた。

「みんなさ、勘違いしてると思うんだよね」

 オズワルドは面白そうに見返すだけで言葉を返さなかったが、かなえは構わず続ける。

「だっておじーさん、天才なんでしょ?」


 そりゃ帰りたいし、いきなり自分の世界を捨てるなんてできないけど、だからって友達を悲しませたり、諦めさせたまま放っときたくなんてない。お節介で熱血なのは性分だから仕方ない。

 外交とか政治的なこととか、難しいことは色々あるのかもしれないけど、そんなのは関係ない。自分には。


「相談なんだけど」

 そこで切って、にっこり笑って言い放つ。

「弟子、取る気ない?」


 ちょっとくらいは責任取ってよ、諸悪の根源。

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