告白
エリウスの提案で皇家所有の猟場へ遠乗りすることになった。景色が良く、花畑が美しいという。
相変わらず、花が好きと思われているのかな、とのぞみは思う。
本当はシンプルなドレスを選ぶのも、着て汚すのが恐ろしかったからだったけど、こんな風に些細なことを気にかけてくれていることを示してくれるから、胸をあたたかくするのだ。困ったことに。なんだか拗ねたくなる。
「予定がなくなったってことは、接待役のアレックスも一応空いてるんでしょう?」
かなえはアレックスのところへ行くからと断って、二人で行ってらっしゃい、と手を振って見送られた。
こちらの国へ来る際に馬車を使ったため、てっきり馬車で行くものだとのぞみは思っていた。しかし、用意されていたのは栗毛の、佇まいの優美な馬だった。
「おいで、のぞみ」
えっ、と小さく声を上げながら、手を引かれたかと思うと抱き上げられていた。
そのまま馬上へ横向きに乗せられたが、体に触れた腕の感触と近づいた距離に、一瞬にして心臓が大暴れしていた。
目を白黒させているのぞみに構うこともなく、ひらりとエリウスが後ろに跨がり手綱を取る。
抱き込まれる形になって、既に暴れまわっている心臓が落ち着くはずもなかった。
並足でゆったりと進みだす。
これから往くのは反対方向だけれど、あちらには街の中心部があり、聖堂の屋根が見えるとエリウスが教えてくれるが、あまりに近い頭上から降りてくる声と背のぬくもりに、ちっとも内容が頭に入ってこなかった。
揺れる馬上で、のぞみのバランスが危うくなりそうになる度、エリウスの力強い腕が腰に回されて安定させる。情けないほど頬に熱が昇る。
ふと、エリウスが手綱から片手を離して、のぞみの髪にそっと触れる。
のぞみはずっと身を固くしたまま、動けなかった。
「最初に贈った髪飾りだね」
優しい声音が、先程よりさらに近い距離で聴こえる。鼓動が跳ねる。
それを選んだのは、初めてもらった髪飾りを身につけたとき、エリウスが笑ってくれたからだ。
なんでもいいから彼を喜ばせたかった。優しさを返したくて、少しでいいから素直になりたかった。
だけど。
――なんでこんなに距離が近いの!
エリウスの表情を窺うことなどできるはずもない。
うるさいままの心臓を宥めすかすことに必死で、周りの景色すら目に入ってこない。
しかし、次に降ってきたエリウスの言葉に、冷や水をかけられたような心地がした。
「気に入ってくれたなら、持って帰っておくれ。……この世界の、記念に」
くしゃり、と自分の顔が歪むのがわかった。
花畑は見事だった。辺り一面に白く可愛らしい花が咲き誇り、そよそよと穏やかな風に花弁が揺れる。陽の光に輝いてすらいるようだった。
馬を降り、エリウスに手を取られて歩く。しっかりと握られた指先が熱い。
横顔を見上げると、気づいて柔らかい微笑みを、どうしたのかというように返してくれる。
金の髪が陽に透けて輝いて、触れあった手の感触が確かなその存在を伝える。
ずっとこの時間が続けばいいのに、と沸き上がった想いに、思わず胸が詰まる。
本音を言おうと思った。せめてきちんとお礼の想いを伝えなくてはと。
先程のエリウスの言葉が頭の中で反響して繰り返す。
――この世界の、記念に。
二人には時間がなかった。こんなに急に、あっさりと帰れることになるなんて思っていなかった。
のぞみは、この恋を、記念になんてしたくなかった。
王子様に優しくされて、夢みたいな体験ができてよかった、なんて、そんな風に。目の前のこの人を、掌のこの体温を、好きだと想う、この気持ちを。
それならば、きちんとケリを、つけなくては。
――帰れない。
意を決して、彼の手を握り返す。
ぐっと力を込めて、翠の瞳から目を逸らさずに口を開く。声は少し震えた。
「エリウス。聞いてほしいことが、あるの」