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第五回 【凡庸さの欠片など、宇宙塵ほども見受けられない】Part2

 しばらくして、着替えを終えた青年は、透明感溢れるリビングへとやって来た。

 黒地のYシャツをピシッと着込んだ姿は、とても様になっている。

 遊乃卯が怒った様子で立ちっぱなしでいるのを見ると、「そこに座るんだ」と椅子を指差して促がした。

 近未来的な室内インテリアにマッチした、透明なガラステーブルと、カラフルで歪な形状のデザイナーズチェア。

 遊乃卯は膨れ顔で、言われたとおり椅子に腰掛ける。

 都合40分以上も立ちっ放しだった彼女の足が、ぶしつけな指図に逆らうことなどできなかった。

 ところが、青年はまたも黙って、早々にキッチンへと引き下がってしまう。

「ねぇ、いい加減話を聞いてよ!」

「慌ただしい奴だな、君は。俺があんな場所で君に立ち話をさせると思ったのか? 服も着ないで」

 と、青年はテーブルに着席した少女の前に、湯気の立つコーヒーをさしだす。

「あ……ありがと」

(っていうか、だったら最初からここで待たせてくれれば良かったのに! もしかして嫌がらせ?)

「さて……この城所銀河に、わざわざ起床前という鬼門の時刻を狙ってまで会いに来た君の……そうだな、まずは、名前を窺おうか?」

 椅子に座るなり両の腕を胸の前で組んで問う青年。

「え、名前……えーと」

 明るいセミロングの髪を揺らし、少しの動揺とともに遊乃卯はコホンと咳払いを一つ置いて、精一杯の愛らしさで返す。

「私の名前は遊乃卯なの! ゆ・の・う。良い名前ッパ? 気に入ってるんだ。ユノって呼んでね!」

 銀河と名乗った朝一番の美貌の青年は、コーヒーカップを口に含んでから、遊乃卯と名乗ったキュートでポップな少女を一瞥した。

「ユノー。ああ、ローマ神話のね。ギリシャ辺りじゃヘラとも呼ばれていたな。うん。いい名前だと思う。名付け親はセンスが良い」

「でしょー」と、遊乃卯は上機嫌に笑ったが、すぐに、「てぃあん! じゃ、じゃなくって! いいこと! 聞いて驚くなかれ! いや、驚くのだ! ユノはね、実は! なんと! 今から三十年後の未来から来たあんたの……クヮ?」

 銀河は立ち上がって、玄関の方へと向かっていった。

 どうやら、新聞を取りに行ったらしい。

「ちょっと! いい加減にしてよ! あんた、ユノの話を聞く気があるの? 馬鹿にしてるの?」

「勝手に人のウチに不法侵入しておいて、随分な言い草だな。俺から今日の世界情勢を知る権利を剥奪する気か?」

 朝刊を手に戻ってきた銀河は、再び遊乃卯の対面に腰かけ、

「そもそも、どうやって忍び入った? 施錠は昨晩、完璧にしておいたはずだが……」

 と、新聞を広げ、活字を眺めながら、ひどく関心がなさそうに訊いた。

「ふっふーん、それなら簡単! 何故なら、ユノがここの家の人間だからだもん。と、いっても、今からずーっと先の話だけどね! ほら、鍵もあるし……って、ちょっとはこっちを見てよ!」

「ふーん、そうなんだ、あそこもこんなもの作ってたのか。科学の進歩はスゴイな」

 銀河は、どちらかといえば『未来から来た』と告白した遊乃卯よりも、今朝の朝刊に掲載されていた記事の方に、感嘆しているような節であった。

「ちょっと、聞いてんの? ユノは未来から来たの! ここはビックリするところじゃないッパ?」

「ああ、そうか、なるほど……ふむふむ」

 銀河は新聞に夢中だ。

「メルドゥル! いい加減にして! こっちを見て!」

 頭にきた遊乃卯は、何やら未来のスラングを発すると、銀河が広げている新聞をバッと取り上げた。

「む……新聞を奪うな。サイバー社会化が急加速する昨今、僅かでも紙の重さを感じながら取得できる情報の有難さが、わからんのか」

「そんなのわからないッパ!」

「まったくやってられん。誰も彼もがスマホを使え、スマホを使えと俺に押し付けてくる。いいか? 一たび俺がケータイを手に持ったら、どうなることか……」

 と、数十枚の紙の束による情報媒体を奪われたことにご立腹の青年は、ポケットから嫌々そうに携帯電話を取り出してみせる。

 瞬間、彼のスマートフォンは、飼育係が目の前に現れた厩舎の家畜さながらに、元気よく勢いよく、蠕動を始めた。

「ほら見ろ、これだ」

「見せられてもなんとも思わないッパ! それよりもユノの話を……」

「あ~もしもし? おはようじゃない、朝は電話するなといつも言ってるだろう…………月曜日がどうした、そりゃイアン・カーティスも首をくくりたくなるさ…………うむ、そうだが…………繋がらんのか? …………そんなことは知らん。こっちは別案件で動いている。…………そうだ。システムは完成しているし、モノも恐らく届いてる。あとはうまいこと、抽出に成功すれば……」

 こちらが直に話しかけている面前で携帯電話を使用しての通話をされる時の屈辱感といったらない。

 ましてや世界の命運がかかった一大事という気負いを抱えてここまでやってきた遊乃卯が、この侮辱に耐えられるわけなかった。

「サレェエェェエェテェエエ! 話、聞いてよおおお!」

「む…………鶏ではない、鶏みたいにかしましいが、まあそういうことだから、連絡はまた後で、だ。切るぞ」

 さすがに至近でこう叫ばれては、ケータイ利用も控えざるをえない。

「今のは鼓膜にそこそこのダメージだったぞ。なんなんだお前は。俺に用件があるなら、もったいぶってないでさっさと言ったらどうだ?」

「そっちが言わしてくれないッパ! でもわかった! もういい加減面倒だから言っちゃうけど、ユノはあんたの娘なの! 未来で産まれる予定の、あんたの娘! それが私、城所遊乃卯! 血の繋がった、れっきとした親子なの! 未来から飛んできたから、今は同じ年頃に見えるってレゾン! どう? 驚いた? ふふん、驚くのも無理はないッパ。もちろん、こんなことを言われて、あんたは少しも信じていないだろうけど?」

 用向きを告げろと言われた遊乃卯は、堰を切ったように一方的に畳み掛ける。

「当然だもん。だって、ある朝目が覚めたら、こぉんなトレジョリな美少女が、いきなりやって来て『あなたの娘です』って告白したら、並の男の子なら、信じないの当たり前なの。これは夢なんだ、妄想なんだって、舞い上がっちゃうこと間違いなしだもん。うんうん、次にあんたが言う台詞はわかるの。それは、『だったら未来からタイムトラベルしてきたという証拠を見せろ』でしょ? もっちろん! しっかり証拠はあるもん。今から見せてあげる」

「いや、その必要はない」

「れ?」

 突然の血筋宣言をされたはずの銀河は、しかし、自分の娘であるらしい遊乃卯に取り上げられた新聞紙を回収し、再びそれを広げ、

「時間旅行の証拠なんて、いちいち見せる必要はない。俺はこの新聞の日付を見て、今が2015年3月2日であることを知れればそれでいい。お前は浅はかだな、時間旅行の証拠なんてものを過去の人間に教えることが、どれほどのリスクを伴う行為なのか、そんなことも分らないのか? 第一、そんな話よりも、俺は実の娘に、父親を『あんた』などと言わせるような、ぞんざいな躾け方はしない」

「クヮ?」

 銀河は新聞紙を半分に畳み、真っ直ぐに遊乃卯の顔を見つめて、告げる。

「親に向って『あんた』などと言うな。全部『お父様』で統一しなさい」

 ガーン!

 銀河は、いきなりの超SF展開を迫られたにも関わらず、少しの動揺も見せないどころか、平然としつけの不行き届きを是正すると、何事も無かったかのように、新聞を読むことに再度専念しだした。

「え……あの……ちょ、ちょっと……セタンクロヮ……」

「大体、何だ? ツッコミ待ちの気配がプンプンしてたから敢えてスルーしてやっていたが、 お前のその変な日本語はどういうことなのだ? 未来語なのか?」

「あ、ウィ、み、未来語……だけど、え……え?」

 遊乃卯は焦っていた。

 これはどういうこと?

 普通、未来からやって来た人物が、過去の世界の人間と接触した時、タイムトラベルの事実を告げられた相手は、まず決して信じようとせずに、与太話だと疑って未来人を嘲り笑うが、次の拍子には証拠をつきつけられて大パニックに陥る……それがセオリーである。

 はずなのに!

 遊乃卯も未来にいた時、そのように教えられていた。

 彼女の父親であるこの銀河は、どこにでもいるような凡庸な男子高校生で、きっと間違いなく、未来から来たと告白する自分をまずは疑い、そして驚き慌てふためくであろう、と。

 だが、これは何だ?

 驚き慌てふためくはずだと教えられていた当の本人は、まるで無関心に、今朝の朝刊などを読み耽っている。

 未来の娘が時間遡行してきたという非科学的事実に懐疑の反論もせず、それとは別の諫言をしてみせ、なかんずく事態の異常さに全く動じていない!

 彼には凡庸さの欠片など、宇宙塵ほども見受けられない。

 これはおかしい!



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