第一回 【あやまったりしない】Part 1
「なくなよ! あと、ゴメンて言うなよ!」
夕景の中、二人の幼い少年がいた。
片方は痩せ細った体躯に、癖毛だらけの髪をしていて、何だか頼りなさそうで、いつもいつまでも、メソメソすすり泣いていた。
それを叱咤するもう一人の少年は、腕力が強く、言葉遣いが荒く、勇壮とも粗暴ともとれる覇気があったが、その勇ましさにはどこか、未来では通用しくなってしまうであろう危うさが内含されていた。
「うぇ……えぐ、だって、らって……」
「いつまでないてんだよ! あいつらがやってきたから、やりかえしたんだろ!」
「で、でも……パパも、ママも、ごめんなさい、しなさいって……おこってたよぉ」
細身の少年は幼き相貌をぐしゃぐしゃにしてむせび泣いている。
いじめられた悲しみ。
それを、傍らの友人と一緒に仕返ししただけなのに、当然の報いを与えてやっただけなのに、その正当なる反撃行為を両親より咎められたという、追い打ちの悲しみ。
「おれはあやまらない! なんで、あいつら、なかせたこと……先に、おれたちにやってきたの、あいつらじゃん」
一方、強気の少年はどこまでも強気だった。
攻撃を受けたことに対する報復が度を過ぎて、保護者間で揉めるほどのちょっとした問題になったというのに、是が非でもいじめっ子たちに頭を下げる心算はないと言い切っている。
「うふぇ……なんで、いつもみんな、おれたちのこと、いじめるの?」
「知らね! でもこないだ、あの子の人形、さがしたからじゃないの?」
「なんで……おれたち、わるいこと、なんにもしてないよ。なんにも、してないよ」
まだ光を見出していないほんの幼年期に過ぎない二人には、自分たちが迫害される理由も、些細なことが引き金となって非難される理不尽さも、この世界を覆う不条理という名の果てない暗闇も、何にもわからない。
二人は幼すぎた。この時は、まだ。
「おれはあやまらない! あやまったりしないからな、ぜったい!」
「で、でも……あれやりすぎだよ。あやまらなかたら、パパ、おうちに入れてくれないて、いってた」
拙い喋り方しかできない矮躯の少年は、断固として詫びを入れる気はないと言い張る友人に、ひどく困惑しきった泣き顔を向ける。
「お前がおうち帰れないなら、おれんちこい。おれんちが、お前のうちだろ?」
黄昏を背にして、力の強い少年が、力の弱い少年に向かって命じた。
「お前は、おれの家来だったろ!」
この一言が思い出させたのは、これよりもずっと昔、未就学児だった頃の二人が交わした、ほとんど原初の記憶に近い戯れの契りであった。
彼らは出会った時からいつも一緒で、いつも二人で遊んでいて、いつも揃って周りの子ども達からからかいの標的となることが顕著だった。
そんな時いつも、負けず嫌いの少年が、痩せぎすの少年の助けに入っていた。
勿論、その日も同じであった。
片方の少年が、もう片方の少年を庇い、守り、救っていた。
だから弱々しい方の少年は、いつも自分を助けてくれる逞しい友に、心より感謝をし、友情を感じ、いつか彼が困った時には、どんなことがあっても自分が助けてあげよう、助けられるような大人になってみせよう、そう、密かに誓ったのであった。
そうして、誓約は誰の目にも留まることなく、長い、長い年月が、経過していった。