未練
そう私が佐山に呼びかけると同時に、佐山はよいしょ、とベッドに腰掛けた。それから、ん?と私の方に顔を向ける。
「なに?」
ああ。佐山だ。いつもの佐山だ。
どうしよう。分からないことだらけで、聞きたいことや話したいことが山ほどある。
さっき、頭はなんとかついていってる、なんて言ったけど、ここにきて情報が顕著な交通渋滞を起こし始めたようだ。
訳が分からないのと、佐山がここにいるという安堵感、また会えた嬉しさで涙がぽろぽろとこぼれてきた。
「泣かれても困るんですが…」
「じゃあこれ止めてよおおおお」
泣きたくないのに涙でちゃうことってあるよね。職員室で怒られた時勝手に涙でて先生困らせちゃったりするよね。
別にこっちだって物理的に涙出したい訳じゃないのにね。怒られることは正直そこまでショックじゃないはずなのにね。止めようとしても止まらないよね。
一向に止まりそうもないダムの崩壊をしばらくながめる佐山。んー…と、二の腕のあたりをワシワシと掻きながら周囲を見回し、ひょいとティッシュペーパーを取って、まるでお母さんが子供の顔を拭うように、私の涙を優しく拭ってくれた。
「……スンッ」
「……止んだ?」
だめだ、佐山が動いて声を発するとまた涙が出そうになる。これ佐山いなくならないと無理じゃない?いや、いなくなってもガチ泣きするけど。
今は、とりあえずしゃべらないでほしい。涙をこらえながら言葉を発する。
「……ぅぐ……だまれ」
えっ、あっ、ハイ。と佐山は大人しく私の指示に従い口をつぐむ。私は必死に、涙もう出ないで……と涙を引っ込めることに集中する。沈黙が流れ、時計の針だけがちっ、ちっ、と音を刻む。
そんな空間の中で、お互い向き合ったまま鎮と座って神妙にしていた。秒針が約45回を数えた。
あれ、今思ったけど流れで佐山ベッドの上じゃん。え、待って、つまり佐山が今私の部屋にいて、2人きりでベッドの上、とな?え、なにそれ、なんか急に恥ずかしくなってきた。え、なんで佐山黙ってずっとこっち見てんの。え、待って待ってこの状況普通に分からない。部屋の温度がグンと上がった気がした。ちょまままちょっと待って。
「なっ、なんかしゃべれよお!!」
「ぅわ、っくりしたー。黙れって言うから黙ってたんスけど…?」
「あああとなんでずっとこっち見てるんスか!?」
「え、いつ落ち着くかな思って。あんま部屋ジロジロ見んのもなと」
「ああそうですか!部屋汚くてごめんねごめんねー!!」
「や、そうじゃなくてっ!!女の子の部屋だから!!」
「おっ、…………んなの子…」
「……えっ、そ、そう……でしょ?」
男だったの?って聞くテメーは天然なんですか?それともポーカーフェイスでわざとネタとして流しにかかってるのか?
びっくりしたのは、言葉のチョイスと佐山が私のことを女の子って認識してたことなんだよ…。こっちとしてはめちゃくちゃ照れる場面なんですけど。恥ずかしい気持ちでいっぱいなんですけど。
君から一切照れを感じないのは無自覚紳士だからなの?それともボクテンネンダヨ〜って恥ずかしさの天然流しをしたいの?そういう分からないところが!!すっ……良かったりする!!!!って思ってる。これのろけかもしれない!!ごっ、ごめんねごめんねー!!
「で、もう平気?」
「……うん、多分。」
違う意味で全然平気じゃないけど。あとまだ質問を一つも消化できていない。そろそろ本題に入ろう、と仕切り直すと、誰のせいだよ…という呆れた目を向けられた。
「あと4週間ほど、この世、にいれるんだよね?その期間って何するの?」
「この世にいるというか、この世とあの世を彷徨ってるって言う方が近いと思う。普通は3週間経った今頃に死んだこと自覚してあの世に行くみたいなんだけど...」
未練でもあるのか、俺まだここにいるんだ。
まあ宗派によって色々だし詳しいことは知らんからググって。と佐山は付け足した。彼の口から出たその未練という単語は妙に生々しく、鉛のようにのしかかる。
「未練、て。何か、思い当たること、あるの?」
「あるから、ここに来た。」