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1-4 召喚術式

「メイですら、知らないこと――?」


まさか、そんなことがあるものなのか。召喚者すら知り得ない真実とは一体なんなのだ。


「はい。私があなたについて知っていることは、八十六人目の勇者であるということくらいよ。多分だけれど、私の知らないことの方が山ほどある気がするわ」


確か、それはメイが召喚した勇者の数ほどしかないと。浜野は気づいた。


「――ま、待てよ! メイが召喚者である前には、勇者召喚は行われていなかったというのか?」


メイは静かに頷いた。


「そうよ、そもそも召喚術が確立されたのは今から十年程前でしかない、ごく最近のことなのね。この術は高位の――それも最高位に極めて近い位階の――時空魔法を複雑に組み合わせて成り立っていて、それに加えて、召喚においては《選定》をしなければならないの」


選定とは、恐らく勇者足る素質があるかの審査か何かだろう。強大な魔力があれど、人外の英知があれど、それを受け入れられる器がなければ話にならない。世界を守るには、相当の素質が要されるのだろう。


「なるほど。よく分かったが、使用者はメイだけなのか?」


――ここで、浜野はある出来事を思い出していた。それは、『幻想迷宮』中層でのことだ。

男女混合の四人パーティが、疾走狼(ウィンドウルフ)と戦っていた。それを浜野とメイは傍観していた。手出しは、しない。


そもそも原則、迷宮内では共闘は行わない。倒す難度は格段に下がるのだけれど、戦利品の分配などの面倒事が多く存在するためである。通貨だけならまだ分けられる余地もあるが、獲物の身体は、武器の生成や薬品の製造、果ては衣服や食糧にすら姿を変える便利な素材(アイテム)である。公平に分配することなど、不可能極まりない。極論、(とど)めを刺しただけの輩にも分配しなければならないことになってしまう。だから、共闘は行われない。ただ一つ例外があるとすれば、それは冒険者側が瀕死であったりする場合だ。やはり、命あっての物種ということだ。しかしその際にもいざこざが起こってしまうことも頻繁にあるために、はじめからいついかなるときであろうと手助けをしない冒険者たちも、多くいる。


「《聖なる炎の祝福》――ッ!!」


劣勢に陥っていたけれど。女の、絶叫にもとれる技能行使によって四人の体が橙色(オレンジ)の光を纏う。先程より、目に見えて動きが変わった。基礎能力の底上げもあるが、それだけではない。連携行動が鋭さを増していく。まるで、状況を俯瞰(ふかん)しているかのような鮮やかな連携である。連携というものは、足し算ではない。四人対一体では物量以上に優位性(アドバンテージ)が存在する。今の状況を見たものは皆、「連携は掛け算である」と、そう言われても十中八九素直に信じるに違いない。劣勢だった状況は、瞬く間に優勢へと移り行く。


そこまでは。そこまでは上手くいっていたのだ。


物陰から、ぞろぞろと疾走狼の群れが現れる。

――まるでずっと観戦していたかのように。

浜野は知っていた。狼が助太刀を頼む合図(ヘルプ)をしたのを、確かに見た。


――これは、駄目だ。もう勝ち目などない。

浜野も、戦闘の最中である四人もそう思っただろう。そして、その通りであるはずだ。


前に述べたとおり、冒険者にはいざこざを避けるために何時如何なるときであろうと手助けしない者も多くいる。おおよそ、半々だ。自己防衛の観点からそれは全く恥ずべきことではないとされる。冒険者は人命救助を目的とする職業ではないのだ。一攫千金を狙い迷宮の最奥へと手を伸ばす者どもの集団、それが冒険者というものなのだ。


浜野はそうではなかった。力を持ちながら、目の前で黙って眺めていられるほどに冷徹ではいられない。


「《不思議の刃》――ァ!」


一瞬にして狼共を足止めする。地面から突き出た無数の刃の前には、狼と言えど八つ裂きになるだけである。


――直撃すればの話であるが。

見ると、大方の狼はそれを上手くかわしていた。

疾走狼の一番の長所は、その速度であろう。単純な移動速度だけでなく敏捷性も極めて優れている。聖剣の加護がある浜野でさえ五分五分であるところからすると、少なくとも速さは相当のものである。浜野の攻撃手段は――道中は一撃で薙いできたけれど――本当は素早さを活かした連撃である。その長所を活かせないのは、あまりに苦しいと言わざるを得ない。

このままでは埒が明かない。剣を振るいながら打開策を模索するがあまり良い選択肢が浮かばない。気は引けるが、技を使うしかないだろう。


《全視の魔瞳》


浜野は技を使う。全てを捉える魔の瞳は、狼の弱点を、性能を、現状を、曝け出してゆく。

相手は並の魔物であって、人のような知能を持たない。

既に勝利は浜野の掌中にあった。

洗練された剣技で狼を斬り捨てていくと、すぐに決着がついた。


しかし、浜野の疲労は深まる一方だ。にも拘らず引き返し休養する暇はない。やはり進むしか――

突如乱暴に投げつけられた薬瓶を受け取った。――魔瞳のおかげで――それが何か確認することもせずに一口で飲み干した。その効能に目を見張る。何だ、これは。まるでゲームの回復薬が一瞬でHPを回復するかのように疲労は霧散した。少し気味は悪いけれど、今はその恩恵に(あずか)らせてもらうこととする。


「賢者の聖滴……」


確かそのような名前だった。城一つは買える値段の水薬だ。こんなものを、易々と渡してよかったのだろうか。


それを投げた男は手を差し出した。握手か。


「ありがとう、助かったよ。なあに、その道具(アイテム)なら、遺骸からとってきたものだ。それに僕らでは持て余すしね。安心してくれ」


迷宮内で死亡すると持ち物は持っていかれるのが常識だ。浜野はほとんどしたことがないが、皆分かった上で迷宮に挑み、していることである。咎める者などどこにもいない。


「ではな。あんた達に幸あらんことを」



歩きはじめて、数分が経った。浜野はメイをみた。


「気づいていないとは言わないぞ。数体漏れがあったのに、メイ、お前は」


――一撃で狼を刈るお前は、もしかして俺より強いのではないか。

それを言わせずに、メイは(かぶり)を振った。


「私は時空魔法で頭部を刈っただけよ。剣で斬るのと、大差ないわ」


そんなわけがない。時空魔法なら視界内全域でそれができるだろう。剣技を極めることは重要ではあるが、剣を極めし者が十人いたところで熟練の魔法使いには敵わないこともよくある話だというほど、二つの差ははっきりとしている。幸い聖剣の補正で補える範囲であるが、魔法を使えるに越したことはない。



――けれど先程の(あれ)を使えるのはやはり、メイだけだろうと予想する。

極限の殺傷性と、無限の可能性を秘めたる時空魔法がおいそれと使われているようであるならば、まず間違いなく勇者など必要ないだろうとも言えた。


「今から、『黄昏の街』へ行こうと思っていたんだけれどな、『賢者遺跡』に寄ってから行くことにする。構わないな?」


間髪いれず、メイの肯定。


浜野はメイの心を読み切れない。他人の心を読み切ることなど(はな)からできはしないことでああるが。それでも、十分に読めているとはいえなかった。

メイの態度が(いびつ)であることも大きな要因の一つであったけれど、加えて浜野自身が他人の想いを察せる余裕すらないことの表れでもあった。


……やがて二人は歩きだす。

――賢者の住処、英知の結晶。この世界のすべてが集うとまで称される、『悪夢神殿』に次ぐ最高難易度の遺跡へと。

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