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1-3 対をなす者

『幻想迷宮』を後にする浜野。その後を追うメイ。


行動を共にする二人であったけれど、その心は別々の方向へ歩んでいるようにもみえた。

早歩きになりそうであるのを抑えながら、今は余計なことを考えるのはよすべきだと浜野は思考を頭の外へと振り払う。

万全の状態になるまで休養して、次の戦闘へ備えておくのだ。

メイが隠し事をしているのはきっと理由があってのことだろうから、浜野にはまだ待つほかない。

あまり整備のされていない道だからだろうか。茫々と生えている雑草を踏む音が、耳触りで酷く鬱陶しい。


今は近場で夜を越せる場所を探して歩いているが、次の目的地はもう決めてある。

「黄昏の街」

その夕暮れの名を冠する最寄りの街で、情報収集することにしている。

浜野は一度も訪れたことはないけれど、美しい街だとほかの冒険者から聞いている。

規模も大きく、人も行き交うこの街ならば、情報収集という目的は十分に果たされるだろう。

そういえば。黄昏の街がその名で呼ばれる所以は、ただその景色の綺麗さだけによるものではない。

とある一つの伝承がある。夕暮れ、その街を歩いていたある男はふと光り輝く塔を見つけた。

その街に住んでいなかった男は、それに興味が湧き、見に行くことにした。

しかし男がその場へ赴き、見たものは。

血に塗れた亡者の群れを率いる一人の少女だった。

以後それを見た者はおらず、ただの白昼夢か何かだったのだろうとの結論になったが。

美しき黄昏に恐怖と戒めを込めて、街の名はつけられたという。


やがて日は沈み、あたりを闇が覆い尽くしてしばらく経った。

そこは草原である。邪魔となる障害物は一切存在しない。

二人はそこで野宿して睡眠をとっていた。

テントすらないこの劣悪な状況下であっても、寝ている間でさえどんな微かな物音にも気づくことができる浜野の技術のおかげで、二人の安眠は成り立っている。



ところかわって、その頃『闇夜神殿』は血に溢れていた。

十数人の人間の骸がある。どれも一撃でこの姿に成り果てたようだ。

その山の上に立つ暗い影が笑ったのを暗殺者の一人は確かに見た。

そして、その禍々しさに顔を青ざめた。その姿は一片の慈悲もない死神か、優しさを捨てた神のようでしかなかったからだろう。


「アンタたちは、絶望を知っているか?」


知っているとも。今この状況こそ類稀なる強烈な絶望であろう。この世のものではない非現実的なこの光景は神話の上ですら拝むことなど敵わない。暗殺者二十七名は、もはや逃れることの許されない無力な死刑囚と化していた。既に散っていった者たちの悲惨な末路から、一ミリでも足を踏み出せば物言わぬ骸になるだろうことを知っていた。こんなことならば、きっと一番最初に何も知らずに死んでいったほうが遥かに幸せだったのだろうけれど、気の毒だがその望みももう叶わない。


「喋んねえなあ、なんとつまらない」


剣閃一筋。たったそれだけで三体の死体が生じた。

この怪物の前には、界隈屈指の暗殺者ですらこのザマだ。それほどまでに強いのだ。

そう、まるで「勇者」のような絶対的な力だ。しかも、それを持ちながらその眼の先は殺戮にしか向いていない。

これほどまでの災厄をこの場から解き放ってしまった末にはと、暗殺者の首領は顔を青ざめる。

青白い顔がこれでもかと蒼白になり、死人と間違ってもおかしくないほどにその顔色は悪かった。


「もういいだろう、何を望んでいるというんだ」


絶望の淵で足掻きながら、必死に紡いだその言葉に影は動きを止めた。

これが為すのは幸か不幸か。首領は冷や汗を垂れ流しながら返答を待つ。


「ほう……それを聞いてくれるとはありがたいことだ。今から君の返答が全てを分かつだろう」


一体。全てを分かつとは。どんな質問をするというのか。全く見当がつかないままに続きを促した。

影は真剣さを増して、死骸の山から降りて、首領に尋ねる。

全てを分かつ質問を。


「聖剣は、ここにあるか」


聖剣とは勇者の持つ、伝説の武器のことであろうか。何に使うのだろう。

首領には分からなかった。聖剣は「選ばれし者にしか扱えない」。

その事実から考える上で、使うにせよ売るにせよ利点がない。

まさか魔王の手先でもないだろう。隠す必要もない。


「ない……と、思われます……」


自然と敬語が出てしまう。それほどまでに心から恐れているのだろう。

途端。影から魔力が漏れた。これは怒りで漏れたのだ。怒りと、等しい。

二十数人の大多数がその濃度に気絶した。残る数人のみが、耐えたのだ。

尋常でない魔力濃度と同程度に凄まじい覇気による衝撃であったにもかかわらず、だ。

しかし、それでも。全員の顔が恐怖に歪んでいるのは、仕方のないことだろう。


「ない、だと? 一体幾つの神殿を訪れたと思っている! ……まさか」


真実に辿りつく。殺戮の限りを尽くす影、ユウマは誰もが知っている真実に。今。辿りつく。


「――勇者が召喚されたというのか」


首領は肯定した。すると。ユウマは愉快ではないはずなのに。何かおかしなものが宿ってしまったかのように、狂ったかのように。嗤いは止まらない。

ただの笑いだったけれど。残る人達にとっては、それは、それ自体だけですら災厄のように感じられた。

やがて笑い声は収束していく。ユウマは剣を夜空へ突きあげて。


「もう俺は、止まらないぞ。この世界を思うままに、蹂躙し尽くすまではだ」


剣は姿を変えていく。その禍々しい剣姿はなぜか神聖の象徴である聖剣を思わせる。

剣を持つその者は、殺戮の限りを尽くしていたというのに、神々しい。

しかし、その佇まいは勇者のそれではない。勇者のそれとは大きく異なっていた。

勇者が聖の象徴であるならば、これは邪の象徴であるのだろうか。

昇りつつある朝日を背に、その男、ユウマは持つ剣を――邪剣セルメアを掲げたまま、こう宣言したのである。


「待っていろ、勇者よ。俺は、止まらない」



朝日が昇って少しした後。胸騒ぎとともに浜野は目を覚ました。妙な胸騒ぎに悶々としながらも、川へと向かう。

水浴びでもして気分を晴らそうという魂胆だ。目覚めの良い方ではないので、それに対しても効果はあるだろう。

水を汲んで、かけた。澄んだ水で体が芯まで清められていくかのように感じる。


「こんな時間に起きるなんて」


声の主はメイだ。彼女も目が覚めたようだ。

彼女の方が早起きであるため、今日は少しいつもと違ってはいるが。

彼女も何かを感じて起きてきたのだろうか。聞こうか迷ったがやめておこうと思いなおす。

その話は頭の隅へと追いやって、今は今後の予定を考えなければならない。


……駄目だ、メイから全てを話してもらわなければ、うまく計画が立てられない。

やみくもに魔王を狩っていても、それはただの時間の浪費にしかならないのだ。


メイはこちらへと目を向けた。一瞬だったが、視線が重なった。

浜野は、決心する。


「やっぱりこのままじゃ駄目だ、話してくれ。何か秘密にしていることがあるんだろう?」


「あります。でもまだ駄目なんです。」


なんで話してくれないんだ。頭の中のもやもやが苛々に変わるのを感じる。

少し、落ち着かねば。


「なんでだ。なんで、黙ってる」


何も言わずに、眼前の少女は目を伏せた。

僅か数十センチの間で向かい合っているはずなのに、そこにはどうしようもなく大きな壁が立ちふさがっているようにしか思えなかった。


するとメイは、一言だけ、こう言った。


「私が知っている全てと、私も知らない真相は、『賢者遺跡』にあるのです。」

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